N通りで





小さな下り坂があるN通り
まだ早い夕刻の灯りが
ビルの窓硝子に程よく映しこまれて
西側の壁面が
モザイク模様の夕陽になっている

横断歩道を渡り
そのゆるやかな坂を下りて行くと
ショーウインドウの前で
髪の毛をいじっている女を
こちらへ歩いてくる男が
さりげなく盗み見ている
男の後ろを歩く老婆が
そのしぐさに気付いて
同じように
女へ目をやった

   かつて この通りには気弱で時間に飢えた自意識過剰
   な男たちや気丈で言葉に飢えた自信過度な女たちがい
   た オープンカフェでレスカを飲みながら本を読み
   ぎこちない口調で背伸びした世界を語り
   歩いてゆく人たちを横目で追っていた 

   美しい時代
   と思うこと
   と
   虚しい記憶
   との
   隔たり

私には
女も
男も
老婆も
見えていた
しっかりと見ていたが
すれ違うとき
男も
老婆も
私を見ることはなく
女は
もう
通りにはいない

やがて
女が立ち止まっていたあたり
ショーウインドウの前を
ゆっくりと通過しながら
さりげなく
そこに映る自分の姿を確認する
しかし
列をなし流れる車の
テールランプの揺れが反射して
私の姿は
飽和する時間に弾かれて
歪み
屈折し
消されて
そこに
ない



「海市」第7号掲載