ブロンズ像と時間と  〜ある森の彫刻群で〜





程よく刈り込まれた草地を下ってゆくと
広葉樹の下
細長く続く散策路の脇に
そのブロンズ像はあった
足元には
「女・時間」
という朽ちかけたプレートが一枚

  ある日から時を越え
  森の底で
  彼女は立ちつくし
  眼も鼻も耳もない
  ブロンズの半円球の頭部を
  やや左に傾けて
  足元を見続けてきた
  
  小鳥が
  群青色に錆びた肩の端に止まり
  気ぜわしく嘴を拭ってから
  呼びかけるようにさえずる
  幾度さえずっても
  彼女は頭を上げることはなく
  遠い時間に捨ててきた生
  華やかであったころの声を
  まぶしい朝日の射す窓の明るさを
  森の小道の草いきれを
  沢からの風に揺れる木々のざわめきを
  訪れることのない人のぬくもりを
  ほんの少しだけ後悔しながら
  紡いでいるだけだ
  
  語り継がれてきたはずの意味合いが
  いつのまにか薄れてゆくように
  彼女は森の底で
  時間とともに
  ひとつの彫刻になってゆく
  
  聞きなれた音に裏切られる
  半円球頭部の
  時間
  
緑青色に錆びた肩の端に
名も知らない小鳥が二羽とまり
気ぜわしくさえずりはじめた



「密造者」第93号掲載