前田勉 「窓枠大の空」
鬼女の憂い 〜地唄舞「鉄輪」〜
そこへ行かねばならぬ
何としてもそのもとで怨みを
と
女は強く念じ
貴船の神から情念を得て
鬼女になることが叶った
沈鬱な三味線の音(ね)が鳴り始めると
その響きに合わせて
呼気を殺し現(うつつ)を隠し
両手の指先を鷲口(わしぐち)の形に整えながら
構えの所作へと感情を納める
ここが原初であるという位置づけの
確認
を
するために
≪忘らるる 身はいつしかに 浮草の根
から思いのないならほんに誰をうらみん
鬼女の憂い
うら菊の・・・≫
舞い手は阿修羅像のような
美しくも憂いのある眉のあたりへ
ゆっくりと左手をかざし
頭(かぶり)を傾けながら
恋慕と嫉妬が交錯する女を
邪鬼へと変貌させてゆく
彼方へ突き出した扇の
もの哀しくかすかに揺れる先
そこに見えていたのは
怨念だけであったか
果たせぬまま
陰陽師に調伏され
女は
自らの蔭を追いながら
顔を隠した扇を裏返し
鬼
をあらわにする
※≪ ≫内は「鉄輪」の詞章より
秋田魁新聞「あきたの賦」2016.12.19掲載