前田勉 「窓枠大の空」
時
みぞれ降る薄暮の街
信号が変わり
それまでの長い車列が切れると
人々が足早に横断歩道を横切ってゆく
傘をさしうつむいて
こちらを一瞥することもなく
急ぎ
フロントガラスに降り着く雪片も
流れ落ちる水滴に添って
流れ
融けてゆく
いつもこうして時は流れてきた
いつもこうして時は流れている
流れていることに気付いたことで
何かが足りないと思ったことは
季節の細かな襞に隠れながら
消えてしまった
何をも刻印することなく
あふれる感情もなく
黙視することで
やり過ごしてきた
のか
ひろがる思いと拡がる時間
鈍色と薄青色の交わるあたり
もしかして
いつも
そのどちらともつかない位置に描かれた
空
の
円弧
であろうとした
のか
そんなことはない
昨日から今日へとたどり着き
あまりにも曖昧な
内在され続けてきた時間の分だけ
言葉は過去形で埋まってしまった
だけだ
いつもこうして時は流れてゆく
何事もなく
思うこと意味なく
一つの欠片のように
ポツリ
と存在する
ただそれだけでしかない
それ自体が一つの在り方のように
信号が変わると
双方の車が
強く
淡く
前照灯と尾灯を混ぜて
行き交いはじめる
フロントガラスのみぞれは
余韻なくワイパーに寄せられ
視野から流れてゆく
「密造者」第92号掲載