ジャンヌ・ダルク　序／目次　アナトオル・フランス／著、吉江孤雁／譯（大正６年）

ジャンヌ・ダルク　（アナトオル・フランス著，吉江孤雁訳、早稲田大学出版部，大正６）

　序　及び　目次　　　　　　（本文へは、目次から各章番号（漢数字）をクリックして下さい。）

吉　江　孤　雁　譯

　　ジャンヌ・ダルク

　　　　　　　　　早稻田大學出版部臧版


序

　今日英佛聯合軍が獨逸を相手に兵を進めているムーズ河畔はジャンヌ・ダルクの生れ故鄕である。今日の佛蘭西がヴエルダンの運命にどれほどの喜憂を繋いでゐたか知れない如くに、當時この地方に居住してゐた人々には英軍の侵入が非常なる恐懼と憤怒とを引き起こしたものであつた。
　傳説が生命を持ち、自然が靈妙の働きをなすのは非常な場合においてである、いな、常は鄕土のなかに眠り、人身の根柢に潛み入つてゐる傳説自然が非常の場合に當つて目を醒まして來るのである。人は傳説自然によつて動かされ、傳説自然は人を通じて微妙な働きを現じて來るのである。
　仏蘭西國民を構成してゐる民族の根本は大半ゴオル種族である。大體仏蘭西國民はゴオルの血とラティンの敎養とを併有してゐるものと見て差支へないであらう。ゴオル種族とは卽ちケルト民族の一分派である。彼等にもケルトの特色たる「克く戰ひ、克く談じる」氣質が備はつてゐる、また自然の神祕を感知し、體得し、表現し、自然の心に從つて流動して止まない性情も備へてゐる。傳説が生命を持ち、自然が人間の中に生きて働くには最も適したる民族である。

　オルレアンの少女ジャンヌは、非常時に際してこのゴオルの血の凝結して生れ出たるものである。非常時に於てこそ日本民族の所謂「天佑」も感ぜられる。非常時に於てこそ奇蹟も見られる。つまり日常凡庸の表面意識的生活が破れて、更に深き、更に強き生活意識が人間の中に現じ出される時、常時は目を閉ぢて眠つてゐる潛在自然力が豁前目を醒まして、人間の中に超自然と思はるゝ働きをするのである。
　ジャンヌの働きが卽ちそれであつた。彼女は十三歳にして初めて「野の聲」を耳にした。自然の聲を聞いた。神の聲を聽いた。彼女は常時野の鳥と戯れ、鳥共が來て彼女の背に肩に止つて鳴き戯るゝ間に、自然の聲が彼女の内心の命を徐々として目醒ましめつゝあるのに氣付いた。「立てよ、立つて國の爲に敵軍を防禦せよ」と。彼女にとつては、夫それは無上命令であつた。大地の中より湧き出づる聲であると同時に、天上より降下する響きであつた。
　彼女は劍をとつて立たずにはゐられなかつた。常人の眼には狂人としか寫らないのは當然のことである。併し超俗の力は何物をも壓倒あつたふして、所謂馬上の彼女の姿は天子の過ぐる如くに迎へられた。彼女を單なる愛國の女丈夫とのみ見たらば不足である。一時情に激し、我を忘れて立つたものとみるならば、盲目の批評者である。
　併し佛蘭西本國においてもこの盲目の批評家が、知見の不足な者が、少なからずあつた。彼女が「聖徒サント」として承認せられたるは未だ遠い以前ではない。今や佛蘭西はジャンヌの出現當時に劣らぬ緊張狀態を呈してゐる。ゴオルの血にして涸れざる限り、流動の本性にして失せざる限り、かの感知性と表現性との滅ぜざる限り、幾多のジャンヌが佛蘭西の到處に於て見られることであらう。
　この書は歷史の硏究者、批評家、創作家たるアナトオル・フランスのジャンヌ・ダルク傳に依つて、その大體を述べたのである。フランスのジャンヌ・ダルク傳は從來世に現はれたる有ゆる同種の書籍を參酌し、その上に彼が獨特の創作力を加味したものなるが故に、オルレアンの少女の傳としては、これ以上完全なものは今日に於て求められないといつても大体差支なからうと思ふ。この書は日本人として見る上に餘り必要とも思はれない原文の個處を抄略して、大體の經過、骨子、及び描寫の場處をそのまゝ日本文に移し得らるゝ限りを移した積りである。「聖徒」ジャンヌの面影を髣髴し得れば幸ひである。

　　大正五年九月　　　　　　　　　　吉　江　孤　雁


底本：　ジャンヌ・ダルク　1917年　早稻田大學出版部
譯者：　吉江 孤雁 （喬松たかまつ）(1880.09.05 - 1940.03.26)

原著：　Vie de Jeanne d'Arc　　ジャンヌ・ダルク　の　生涯　1908
著者：　Anatole France　アナトール・フランス (1844.04.16 - 1924.10.12)

　（『強』は底本の活字では、强［　弓へん　に　口虫　]）
　（『述』は底本の活字では、［　二点しんにょう＋朮　］
　（『鄕』は底本の活字では、［　幺へん　＋　皀　＋　阝　］

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
ジャンヌ・ダルク　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

目次　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　上篇　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　一　幼年時代　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 1
　　二　ジヤンヌの聲こゑ　　　　　　　　　　　　　　　　　 20
　　三　出鄕の前後　　　　　　　　　　　　　　　　　　 47
　　四　ジヤンヌの首途かどで　　　　　　　　　　　　　　　　 71
　　五　オルレアンの包圍はうゐ　　　　　　　　　　　　　　　 79
　　六　シイノンに於ける少女——豫言よ　げん　　　　　　　　　 97
　　七　ポワテイエに於ける少女（上）　　　　　　　　　119
　　八　ポワテイエに於ける少女（下）　　　　　　　　　131
　　九　トールに於ける少女　　　　　　　　　　　　　　137
　　十　オルレアンの包圍　　　　　　　　　　　　　　　144
　十一　ブロワに於ける少女——イギリス軍に送れる書翰　153
　　　　　　——オルレアンへの出發　　　　　　　　　　
　十二　オルレアンに於ける少女　　　　　　　　　　　　162
　十三　レ・トウーレルの奪取とオルレアンの救助　　　　189
　十四　トール及びシエール・ザン・ブリイに於ける少女　204
　　　　　　——ジヤツク・ジエリユ及び　　　　　　　　
　　　　　　　　　　ジアン・ヂエルソンの論文　　　　　
　十五　ジヤルヂオーの奪取——ミユンの橋　　　　　　　216
　　　　　　　——ボジヤンシイ　　　　　　　　　　　　
　十六　パテーの戰——イタリー及び　　　　　　　　　　230
　　　　　　ドイツ宗敎家の意見——ヂイアン軍　　　　　
　十七　オーゼルの略式條約——托鉢僧そうリシヤール　　　　249
　　　　　　——トロワの降伏　　　　　　　　　　　　　
　十八　シヤローン及びレームズの降伏——戴冠式　　　　272
　十九　傳説の誕生　　（※　吉江孤雁譯には未収錄）


　下篇　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　一　仏蘭西王軍ソワツソンよりコンピエニユへ進む　　286
　　　　　　　——詩と豫言と　　　　　　　　　　　　　
　　二　處女をとめ初めてのコンビエニユ訪問——三人の法王　　310
　　　　　　　——聖ドニイ——休戰　　　　　　　　　　
　　三　パリイ攻擊　　　　　　　　　　　　　　　　　　324
　　四　サン・ピエル・ル・ムスチエー略取　　　　　　　339
　　　　　　　——托鉢僧リシヤールの靈性上の娘たち　　
　　　　　　　　　　——ラ・シヤリテ攻圍　　　　　　　
　　五　オルレアンの處女の家——レームズ市民への書翰　357
　　　　　——フツス黨たうへの書翰——シユリイ出發のこと　
　　六　ラニイ市外の激戰——敵の隊長を斬罪に處す　　　373
　　　　　　　——死兒の復活　　　　　　　　　　　　　
　　七　聖マルガレツトの社やしろ——コムピエニユの守り　　　382
　　　　　　　——痛快なる奇襲——處女、敵手に落つ　　
　　八　宗敎裁判とパリイ大學——囹圄れいごの裡のジヤンヌ　　395
　　　　　　　——新しき豫言者　　　　　　　　　　　　
　　九　ジヤンヌに對たいする抗告状——イギリス方の　　　　407
　　　　　　　奸策惡計——ジヤンヌの自殺未遂　　　　　
　　　　　　　——或る女豫言者の焚刑　　　　　　　　　
　　十　ボオルヴオワールの獄　——處女をとめアルラスの獄へ　422
　　　　　　　移る——コムピエニユの敵敗退す——處女
　　　　　　　イギリス方に買取らる——ルーアンに移る
　　　　　　　——宗敎裁判——無法の裁判
　　　　　　　——淸 淨 無垢しやうじやうむ　くの處女の第一審　　　
　十一　無法の裁判　——第二審——第三審　　　　　　　455
　　　　　　　——第四審——第五審——第六審　　　　　
　十二　監房内の審問——第二日——第三日——第四日　　491
　　　　　　　——第五日——所謂正式裁判　　　　　　　
　　　　　　　——拷問と背敎者と　　　　　　　　　　　
　十三　ジヤンヌに對する十二箇條の宣告文　　　　　　　525
　十四　再發の異敎者——再度の定罪　　　　　　　　　　548
　　　　　　　——ジヤンヌ焚殺の刑に處せらる　　　　　

（※　以下、吉江孤雁譯には未収錄）
　十五　乙女の死後　——羊飼いの末路　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　——デ・ザルモワーズ夫人　　　
　十六　乙女の死後（続）——バーゼル公会議に於ける　　
　　　　　ルーアンの判事たちと國本勅諚——復権裁判　　
　　　　　　——サルメーズの乙女——ル・マンの乙女　　


底本：　ジャンヌ・ダルク　1917年　早稻田大學出版部
譯者：　吉江 孤雁 （喬松たかまつ）(1880.09.05 - 1940.03.26)

原著：　Vie de Jeanne d'Arc　　ジャンヌ・ダルク　の　生涯　1908
著者：　Anatole France　アナトール・フランス (1844.04.16 - 1924.10.12)

［　目次　］

> > 一、幼年時代　

底本：国立国会図書館近代デジタルライブラリー所収／
ジャンヌ・ダルク　（アナトオル・フランス著，吉江孤雁訳、早稲田大学出版部，大正６）　

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　　（Ａ）　IPAフォントのダウンロード頁　
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　　（Ｂ）　MS 明朝フォント ver.5 のダウンロード頁　
　　　　　　　　⇒　 Windows XP 向けJIS2004 対応 MS ゴシック & MS 明朝フォントパッケージについて

（ 2012-02-11 cygnus_odile ）

履歴：
2013-08-31 : 目次の下篇16章へのリンク誤記を修正。（rev. 1.06 ）
2013-02-09 : 上篇 12章誤記を修正。（rev. 1.05 ）
2012-09-01 : 下篇拾陸章、ブログ連載の「孤雁譯補完畫　其ノ参」（拙訳）を縦書き化して掲載。これにて、本文全章掲載完。
2012-08-30 : 下篇拾肆章掲載。
2012-08-17 : 下篇拾参章掲載。
2012-08-01 : 下篇拾弐章掲載。
2012-07-15 : 下篇拾伍章、ブログ連載の「孤雁譯補完畫　其ノ貳」（拙訳）を縦書き化して先行掲載。
2012-07-08 : 下篇拾壱章掲載。
2012-06-14 : 目次頁に下篇十四章、十五章の副題（小見出し）の誤記を訂正。（婦人→夫人）
2012-06-13 : 目次頁に下篇十章の副題（小見出し）を追記。
2012-06-10 : 下篇十章掲載。
2012-05-18 : 下篇九章掲載。
2012-05-12 : 下篇八章掲載。下篇六章微修正。
2012-05-11 : 上篇十九章（吉江孤雁訳では省かれている）の拙訳掲載。
2012-05-11 : 下篇七章掲載。
2012-05-09 : 下篇六章掲載。
2012-05-06 : 下篇五章掲載。
2012-05-04 : 下篇四章掲載。
2012-04-26 : 下篇三章掲載。
2012-04-07 : 下篇二章掲載。
2012-04-07 : 下篇一章掲載。
2012-03-31 : 上篇 18章掲載。
2012-03-25 : 上篇 17章掲載。
2012-03-24 : 目次に、上篇 19章、下篇 15章及び16章の章題付加（：これらは、底本の吉江孤雁訳では省略されている）。
2012-03-21 : 上篇 16章本文中の日付（月）の誤訳修正。
2012-03-20 : 上篇 16章掲載。
2012-03-17 : 上篇 15章掲載。
2012-03-13 : html タグ打ちミス修正
2012-03-10 : 上篇 14章掲載。
2012-03-07 : 上篇 1, 3, 11, 13章漢字のミスタイプ修正『伝ふ』⇒『云ふ』
2012-03-03 : 上篇 13章掲載。
2012-02-28 : 序文中の漢字を底本に従い旧字体へ『研』⇒『硏』（硏）（（u784f / 硏）
2012-02-28 : 序文、２、４、10 章中の漢字を底本に従い旧字体へ『歴』⇒『歷』（歷）（（u6b77 / 歷）
2012-02-25 : 上篇 11章及び 12章掲載。
2012-02-22 : 上篇一章から七章、微修正。
2012-02-19 : 上篇十章掲載。
2012-02-18 : 上篇八章及び九章掲載、目次の頁番号の表示位置を訂正。
2012-02-11 : 縦書き組版エンジン：涅槃２（Nehan2）を利用して縦書き化。序＆目次、上篇一章から七章まで公開。