夏の朝はやく





山なみの奥から
天空を染めあげ
はすかいに射す光
やや右肩後方のあたりで
射抜き
太古からの交わりを
今へ
淡い琥珀色の時間となって
西の海へ反射させる

限られた処から
届くもの
心覆われることなく
想い塞がれることなく

此処に在るもの
へと
降りそそいで

 わかっている
 そこにもここにもないことは
 わかりはじめたつもりであった

 ふりかえってはいけない
 と
 だれかがとおくでさけんでいる
 やくそくされたこと
 らしい

 ふりかえってはいけない
 ふりかえってはいけない
 じゅもんのようにあたまのなかで
 ぐるぐるとめぐらせ
 ふかくもぐるようにしずんでいくのを
 こらえる

  あぁ
  ついに
  オルフェウスは
  ふりむいてしまったか

 たてごともひけずうたうこともできず
 わたしは
 かぞえることをやめたはずの
 じかん
 に
 つかまりながら
 まだここにいる

初めて迎えた
夏の
朝はやく
庭先のヤブカンゾウの
花冠
煌めき
神々がめざめた
いちにち

始まる



             ※オルフェウス  ギリシャ神話に登場する竪琴の名手、吟遊詩人。

                                                                     「海市」第13号掲載