彼はダッシュボードの上にあったビーチ・ボーイズのテープを手にとって、しばらくそれを眺めていた。
「懐かしいね」と彼は言った。「昔よく聴いたな。中学校のころだね。ビーチ・ボーイズ、何というか、特別な音だった。親密でスイートな音だ。いつも太陽が輝いていて、海の香りがして、となりにきれいな女の子が寝転んでいるような音だ。唄を聴いているとそういう世界が本当に存在しているような気持ちになった。いつまでもみんなが若く、いつまでも何もかもが輝いているようなそういう神話的世界だよ。永遠のアドレセンス。お伽噺だ」
「そう」と僕は言った、そして肯いた。「そのとおりだ、実に」
彼はまるで重さを測るように手のひらの上にテープを載せていた。
「でも、そういうのはもちろんいつまでも続かない。みんな年をとる。世の中も変わる。神話というのはみんないつか死んでしまう。永遠に存続するものなんて何もない」
「そのとおり」
「そういえば『グッド・ヴァイブレーション』からあとのビーチ・ボーイズは殆ど聴いてないね。何となく聴く気がなくなっちゃったんだ。もっとハードなものを聴くようになった。クリーム、ザ・フー、レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックス……。ハードな時代になったんだ。ビーチ・ボーイズを聴く時代じゃなくなった。でも、今でもよく覚えてるよ。『サーファー・ガール』とかね。お伽噺だ。でも悪くない」
「悪くない」と僕はいった。「でも『グッド・ヴァイブレーション』以後のビーチ・ボーイズも悪くないよ。聴く価値はある。『20/20』も『ワイルド・ハニー』も『オランダ』も『サーフズ・アップ』も悪くないLPだ。僕は好きだよ。初期のものほどの輝きはない。内容もばらばらだ。でもそこにはある確かな意志の力を感じられるんだ。ブライアン・ウィルソンがだんだん精神的に駄目になって、最後には殆どバンドに貢献しないようになって、それでも何とかみんなで力をあわせて生き残っていこうとする、そういう必死な思いが伝わってくるんだ。でも確かに時代にはあわなかった。君の言うとおりだ。でも悪くない」
「今度聴いてみるよ」と彼は言った。
「きっと気に入らないよ」と僕は言った。「ダンス・ダンス・ダンス(下)/ 村上春樹 著」より抜粋
●サンボマスター● アルバム『新しき日本語ロックの道と光』 2004年2月 ● THE BEATLES ● アルバム『LET IT BE... NAKED』 2003年11月 ● Jack Johnson ● アルバム『on and on』 2003年10月 ● Stereophonics ● アルバム 『YOU GOTTA GO THERE TO COME BACK』 2003年8月 ● Rip Slyme ● ● ACIDMAN ●
● The Rolling Stones ● |
● 素樹文生 ● クミコハウス 2003年10月 ● 高樹沙耶 ● マイブルーヘウ゛ン 2003年9月 ● 白石一文 ● ● 蓮見圭一 ● |