ラジオ・エチオピア / 蓮見圭一
今年の3月頃、青春18切符を使って夜行列車で東北に行った。とりあえずの目標は、青森県の青荷温泉というところ。新宿を24時頃出発して、弘前に翌日の14時頃到着。そこから、ローカル線や路線バスを乗り継いで、山奥にある一軒宿「青荷温泉」に向かう。ストーンズのForty Licksを聞きながら、のどかで白い風景をぼんやり眺めていた。青森県とローリングストーンズは、いかにも相性が悪そうだけど、案外そんなことはなく、Gimme Shelterなんて青森の風景にぴったりだった。
路線バスの終着地からは宿の用意したマイクロバスに乗り込み、さらに山奥へ。3月の青森はまだまだ雪の中で、マイクロバスでも先に進めなくなると、今度は雪上車に分乗。キャタピラの振動はがたがたと乗り心地悪いながら、ようやく雪に埋もれた宿へ到着。その宿には、電気がなく(実際はあるのだと思うけど。だって電話とかあったし)、宿の明かりは全てランプ。部屋にテレビなど当然ない。会社の同期と二人で行ったのだけど、飯を食い終わった後、部屋に戻るとそこにはただひとつのランプと無音しかなかった。耳を澄ましてようやく聞こえるのは、となりの部屋の親娘の話し声と、雪が降る音。そんな、のんびりした旅に持っていった本は「月刊文學界」という固い文芸誌だった。
その月の文學界の特集は、村上春樹がその当時の新作「海辺のカフカ」を語るというもの。この3泊4日の青森旅行は、上記のとおり移動時間だけはたくさんあったので、その特集を読み終わると他のページの小説に目を通していた。その中にあったのが、この「ラジオ・エチオピア」だった。何となく読みはじめたのだけど、すっかり物語の中に吸い込まれてしまった。
この物語には「はるか」という女性が登場する。確か東大卒の才女で、言葉は5か国語ほど話せて、音楽や文学、あらゆる知識はおそろしく豊かで、料理は信じられないくらいうまい。出来過ぎる女性の設定。もちろん、桁外れの美人だったと思う。そのはるかと主人公が知人を通して出会うところから物語は始まる。二人の関係は近くなるけれども主人公は妻子持ちという、設定はありがちなもの。しかし、この小説の特筆はストーリーではなく、このはるかが主人公に送るE-mailの内容。
そのメールには、はるかがいかに主人公に会いたいかという想いが、彼女の持つ桁外れの知識や才能を総動員して書かれている。読んでいて恥ずかしくなるくらいだけど、その強い想いがすごくうまく書かれていて、もし自分がこれをもらってしまったらと想像すると、、、、。主人公ははるかから送られてくるメールを捨てられず、パソコンのなかの秘密のフォルダにため込んでいく。そのフォルダの名前が「ラジオ・エチオピア」。(確かラジオ・エチオピアってパティ・スミスのアルバムの名前だよね。)
なんか、こうやって書くとただの下世話な恋愛小説みたいだけど、物語自体は日韓ワールドカップの時期を舞台に、淡々と進んでいく。文体も冷静でとても好きだし、はるかという女性像がとても僕の好みだったことが、この小説への思い入れを強くしているのかも。(アマゾンの評価とか★みっつだったしなぁ。)デビュー作の「水曜の朝、午前三時」は大阪万博が舞台だったし、この人は国全体に蔓延する、ひとつの空気感の中で物語を描くことに、ひとつの世界観を見いだしているのかもしれない。その気持ちって分かるよね。その時代に生きた人がそれぞれに持つ、それ独特の雰囲気。ノスタルジーっていうのかな、そういうの。わかんないけど。
まあ、とにかく7月くらいに単行本されてたから、一度読んだというのに買ってしまいました。ローリングストーンズとこの小説は、僕に青森を思い出させる。へんなの・・・。