春の夢(2)





シルクのベールと
青空の浮雲を鮮やかに記憶させた日
ストローハットを結えた
水色のスカーフを春風に揺らせて
モネの『日傘をさす女』が
土手の上から
私を見ている

  いつかからの夢を抱え込んで
  吸気が咽頭を刺激するあたり
  誰も気に留めない忘れ去られた谷間の
  独居
  で
  余韻も音質も消したまま
  軽く
  小さく
  なりながら
  私が
  放置されていた

  谷間の
  無響室で
  しゃがんでいる

  そこにあったのは
  陶器西洋人形の貴婦人がかぶっている
  ストローハットの縁の
  金色の飾り
  ではなく
  陶器のかけら

  もう抗うことはしない
  肯定も否定もしていない曖昧さが
  唯一確定しているような
  そんな馬鹿らしいシナリオにそって
  酔い続ける過去形への決別を
  宣言しようとしていた 
  膿んでしまった戸惑いへ
  決別しようとしていた
 
  華やかに高揚し
  酔い続けてきた時間
  途切れて
  振り向くと
  張り付いていたはずの影
  地べたを這って長く伸び
  原野の先で
  揺れた若草色の葉の濃淡に紛れ込んで
  消える
  所在不明な時刻の陽ざしに
  消えた

シルクのベールと青空の浮雲が
鮮やかに輝いている日
背後から射す陽に『日傘さす女』が
私を見ている
その傍らで
ストローハットをかぶった少年も
こちらを見ている



詩誌「密造者」第90号