前田勉 「窓枠大の空」
断章(朝)
無数の風船に全身を圧迫され
泡にまみれて
溺れていた
もがいて
追われて
這いつくばって
いる
初めて会った若者との自慢話も
行ったこともない街の一番華やかな通り
その奥にある本屋の存在も
バスからおりる無精ひげの男も
食堂の入口で寝そべっている猫でさえ
緻密に組み立てられた脚本として
小さな文字で書かれている
にちがいない
向かいのじいさんが
いつもと違う色合いの感情を比較すれば
と言う
ちょっと得意気に
君にはわからないだろうがね
とも言った
息継ぎすることに必死になっていた頃
アンニュイ
君は大人ぶってそうつぶやいた
たしか十六の若造だった
なんと優柔不断な
過ぎたことへ
か
今へ
か
どちらにも身を置けないまま
崖から足を滑らせて落ちてゆくと
また始まりの情景に戻ってしまった
そこで夢は終わり
何事もなかったように
記憶から消えてゆく
そして
いつもの朝
ささやかな
始まり
詩誌「密造者」第87号