<内容>
「奇商クラブ」 (The Club of Queer Trades:1905)
「背信の塔」 (The Tower of Treason)
「驕りの木」 (「The Man Who Knew Too Much」:1922 に収録 The Trees of Pride)
<感想>
「奇商クラブ」
これはミステリーというような感覚は受けないものであった。では、どういった内容であったのかというと、一言で言えば“大人のいたずら”を描いた作品とでもいうべきか。通常ではしえないようなことを大の大人が大真面目にやるからこそ奇妙で謎めいた出来事のように感じられる。そしてふたをあけてみると、そこでは大の大人が腹をかかえてゲラゲラと笑っているというわけだ。その行為に対して怒らずに一緒に笑い転げることのできる人、さらには自分もいたずらする側にまわろうと思う人は“奇商クラブ”に入会することができるかもしれない。
「背信の塔」
こちらはブラウン神父の走りかとも思える作品(どちらが先かはよくわからないが)。途中、わかりづらく感じられたところもあったが、最後まで読みとおすことによってわかる、奇妙な現場の状態が明らかになったときの様相には思わず感心してしまう。
「驕りの木」
これぞチェスタトンらしい逆説の物語となっている。人々が騙し、騙されて、そして結局は1人の男のある目的の中で踊らされていたにすぎなかったという結末が圧巻。
<内容>
無政府主義者の秘密結社を支配する委員長「日曜日」の不気味な影。その委員会に単身のりこむ主人公の前に、つぎつぎと暴露される委員たちの意外な正体とは!?
<感想>
チェスタトン唯一の長編ということで、どのようなものなのかと読んでみてびっくり! ミステリーというよりは、007ばりのスパイもののようであり、日本風にいうのであれば、“チェスタントン忍法帖”とでもいいたくなる。なにしろ、怪しげな人物が“月曜日”から“土曜日”まで勢ぞろい。さらには謎の黒幕“日曜日”。そして彼らが使うのは忍法ではなく、これぞチェスタトン流の逆説、論理、哲学。他の作品群とは趣は違うものの、それでもやはりこれはチェスタトンの作品であるとしかいえない仕上がり。
ただし、細かいことを考えてしまうと不条理極まりないような気がどうしてもしてしまう。まぁ、ここではそんなことは考えずにチェスタトンにより繰り広げられる滑稽無類の世界を楽しんでもらいたい作品。
<内容>
「青い十字架」
「秘密の庭」
「奇妙な足音」
「飛ぶ星」
「見えない男」
「イズレイル・ガウの誉れ」
「狂った形」
「サラディン公の罪」
「神の鉄槌」
「アポロの眼」
「折れた剣」
「三つの兇器」
<感想>2001年8月
あまりにも有名な作品群。これを読むのは二度目になるのだが、色あせるどころか、いかに優れた短編集であるかということを思い知らされる。なんといっても最初から「青い十字架」から「秘密の庭」への流れによって度肝を抜かれてしまう。
さらにあまりにも有名な「見えない男」。木の葉問答の「折れた剣」。一見わけの分からないようで、実は無駄のない「イズレイル・ガウの誉れ」。独特の作風で見事な解決が持ち出される。
この作品群は問答無用というしかない。
<内容>
台風のなか、帽子を追いかけて突如塀を乗り越えて来た謎の男イノセント・スミス。突然現われたスミスにより、小さな下宿は大騒ぎに。そのスミスが下宿に落ち着き、ひとりの女性に結婚を申し込んだとき、スミスの行動に待ったをかけるものが現われた。その男が言うにはスミスは重犯罪人であるというのだ。謎の男イノセント・スミスを巡って下宿内で検察側と弁護側にわかれ仮想裁判が進められることに!!
その他「理想の探偵小説」「探偵小説の書き方」の二編の評論を収録。
<感想>
まだチェスタトンの作品で、このような未訳作があるとは知らなかった。とはいえ、チェスタトンはミステリ以外にも色々と書いていそうなので、ただ単に著書というものを並べればかなりの数になるのかもしれない。この作品が今まで取りざたされなかったのは、単純にミステリとは割り切りにくい作品であるからだろう。
本書は、チェスタトンの作品のいくつかに触れた事のある人ならば、すんなりと読むことができるだろう。そこには、従来どおりの逆説があふれており、不可解な事象を逆説によって表し、それに対して異なる観点から見ることによって新たな解釈をするという内容。ただ、この作品で初めてチェスタトンに触れるという人には話の構造がわかりにくいだろうと思われ、決して初心者向きの作品ではないといえよう。
この作品の内容はイノセント・スミスという人物の正体について、変わった方法で言及していくというもの。下宿の中で(外から加わった者もいるのだが)検察側と弁護側に分かれて、イノセント・スミスの裁判が行われる。ただ、全体を通して考えてみると、これはミステリや法廷ものというよりは、下宿人たちと一人の謎の人物を巡る青春小説のようにもとれなくもない。ただし、青春小説といっても、そこはチェスタトンが描くもの故にやや難解でとっつきにくい作品であるという事も確かである。
最後まで読み通してみれば、この話全体がどのようなものなのかが極めて明らかになるのだが、そこへ到達するまでは読み通すのが大変かもしれない。また、本書はある種ミステリとはいえないかもしれないが、それを巻末の二編の編集によって、この「マンアライヴ」はミステリである、とチェスタトンが断言しているようにも感じられなかなか興味深い。
<内容>
「グラス氏の失踪」
「泥棒天国」
「ヒルシュ博士の決闘」
「通路の人影」
「器械のあやまち」
「シーザーの頭」
「紫の鬘」
「ペンドラゴン一族の滅亡」
「銅鑼の神」
「クレイ大佐のサラダ」
「ジョン・ブルノワの珍犯罪」
「ブラウン神父のお伽噺」
<感想>
“童心”に比べると陰惨さや暗さが欠け、妙な明るさがある作品がいくつかある。そのぶん迫力が欠けてしまった感じも見受けられる。作品群になにか統一的なものを感じることができればそれだけしまった感じになったのではとも思うのだが。
それでも個々の作品には見事な作品もあり、前作にはなかった「グラス氏の失踪」のような雰囲気のものなどには違った楽しみ方ができる。また「ヒルシュ博士の決闘」などはチェスタトンならではの悪意に満ちている。一番のお気に入りは、「通路の人影」、これは皮肉が利いてて痛快である。
<内容>
「標的の顔」
「消えたプリンス」
「少年の心」
「底なしの井戸」
「塀の穴」
「釣り人のこだわり」
「一家の馬鹿息子」
「像の復讐」
「煙の庭」
「剣の五」
<感想>
内容がかなり難しい。ミステリというより、風刺がかった社会小説になっている。主人公のホーン・フィッシャーという人物が首相の身近にいる政治的な人物。ミステリ的な解決というよりも、政治的な解決を図り、そこにさまざまな風刺が表現されている。
と、風刺風刺と言いつつも、時代背景や当時のイギリスの様子についても詳しくないので、どこまで皮肉がかった内容なのかもよくわからなかったりする。ゆえに物語として決して楽しめる内容というものではない。チェスタトンのファンのみが作品のコンプリートのために読むべき作品といったところ。
ノン・シリーズものの「煙の庭」と「剣の五」のほうが、ミステリとしては楽しめる内容になっている。
ついでに付け加えておくと、実際の作品には4作のノン・シリーズ短編が掲載されているのだが、ここに掲載されていない2編は「奇商クラブ」に収録されているとのこと(「背信の塔」「驕りの樹」)。
<内容>
「法螺吹き友の会」
帽子の代わりに頭にキャベツをのせる元大佐、テムズ川に火を放つ弁護士、豚を飛ばそうとする飛行士、そんな変わった面々が集う“法螺吹き友の会”。やがて、彼らはイギリスという国家に影響を与える存在となり・・・・・・
「キツネを撃った男」(1921)
とある相手を銃殺した男の言い分とは!?
「白柱荘の殺人」(1925)
探偵見習いのコンビが館で起きた殺人事件を調査するのだが・・・・・・
「ミダスの仮面」(1936)
捜査令状を手にした大佐の不可解な行動を見て、ブラウン神父が出した結論とは!?
<感想>
“何故、帽子の代わりに頭にキャベツをのせるのか?”といったような謎を連作形式で解いていくという構成。ただし、謎と言ってもあらかじめ提示されるというよりは、各章の最後で謎と真相がいっぺんに明らかになるというもので、推理小説という感じはしなかった。むしろ奇譚集という感じである。
最初の方で語られる話の内容はわかりやすかったのだが、徐々に政治的な話へと変わって行き、内容はやや難しい方へといってしまう。最終的にもすっきりとしたオチが付けられているわけでもなく、チェスタトンならではの政治と情勢に対する風刺と皮肉が加えられた作品として収束している。
「キツネを撃った男」は、“ハトとキツネ”の例に例えて犯行動機を説明するという変わった内容。それでもミステリ小説らしく話が最初から最後までうまくまとめられている。
「白柱荘の殺人」は、チェスタトン流の逆説が出てくるのだが、それが連発されることにより、あいまいな内容になってしまったように思われる。探偵小説というよりは、チェスタトンなりの探偵小説への皮肉のように感じられる。
「ミダスの仮面」はブラウン神父が登場する作品。張り巡らされた伏線をうまく回収している内容。やや微妙に思われるところもあったのだが、それでも十分意表を突く内容。
<内容>
「ブラウン神父の復活」
「天の矢」
「犬のお告げ」
「ムーン・クレセントの奇跡」
「金の十字架の呪い」
「翼ある剣」
「ダーナウェイ家の呪い」
「ギデオン・ワイズの亡霊」
<感想>
ブラウン神父シリーズは再読となるのだが、“不信”以降の作品がHPに感想がきちんと書かれていなかったので、あらためて読みなおしてみた。ただ、どうにも前作“知恵”の後半あたりから読みずらくなっているのが悩ましい。
チェスタトンというと逆説を用いた推理が展開されるというのが有名なところだが、それだけでなく社会風刺を描くというのもまた特徴のひとつ。その特徴がブラウン神父のシリーズにも表れ始め、作品が進むにつれてミステリ的な部分に力を入れるよりも、社会風刺的な面が徐々に色濃くなって行く。ゆえに、謎とかよりも登場人物や大衆の反応に対してブラウン神父が痛烈な皮肉をかましたりと、そういったところが強調されているため、内容が難しく感じられてしまうのである。
最初の短編「ブラウン神父の復活」は短編3作目ということもあり、どこか「シャーロック・ホームズの生還」を意識しているのではないかと感じられる内容。その名の通り、ブラウン神父が蘇えりを果たしつつ、自分に向けられた陰謀の謎を解き明かす。
面白いと思えたのは「ムーン・クレセントの奇跡」。これは消失を描いた作品なのだが、それよりも犯人の正体の方が驚くべきものとなっている。
また、「翼ある剣」の犯人の心情の異常性も見るべきものがあると言えよう。
他の作品もそれぞれ興味深くはあるものの、ポイントがミステリ的なところにおかれていないので、それぞれが難しい内容になっている。こうして見ていくとどうもブラウン神父のシリーズというのは一般的ではないと感じられる。最初の作品でる“童心”はここまで難しいとは思わなかったのだけれど。
<内容>
「ブラウン神父の秘密」
「大法律家の鏡」
「顎ひげの二つある男」
「飛び魚の歌」
「俳優とアリバイ」
「ヴォードリーの失踪」
「世の中で一番重い罪」
「メルーの赤い月」
「マーン城の喪主」
「フランボウの秘密」
<感想>
作風としては「不信」と変わらず、ミステリというよりは逸話というような何やら難しげな話になっている。それでも「不信」から「秘密」へと同様の話が続けられてゆくことにより、なんとなく深みが増してきたように感じられた。
今作では「大法律家の鏡」と「ヴォードリーの失踪」がよかった。どちらも単純なミステリというわけではないので小難しく感じられてしまうのだが、熟読するとそういった難しさを超えて熟練した小説書きとしての手腕を感じ取ることができる。
「大法律家の鏡」では“詩人”という人間性に対してのアプローチが非常にうまくとらえられている。
「ヴォードリーの失踪」ではチェスタトン得意の“逆説”がうまくはまっており、恐喝する者とされる者の意外な関係性を描いている。
さらに「マーン城の喪主」も味わい深かった。これはミステリとしては実にわかりやすいものであるのだが、ブラウン神父のとる行動が印象的。このシリーズは“神父”という名がつくにしても、さほど宗教的ではないと感じられるのだが、この一編については宗教的なものをからめつつ味わい深いドラマに仕立て上げている。最後のブラウン神父の退場ぶりは圧巻とさえ感じられた。
<内容>
「おかしな二人連れ」
「黄色い鳥」
「鱶の影」
「ガブリエル・ゲイルの犯罪」
「石の指」
「孔雀の家」
「紫の宝石」
「危険な収容所」
<感想>
画家であり詩人でもあるガブリエル・ゲイルが優れた洞察力で真実を見抜く探偵小説集・・・・・・と言いたいところだが、普通の探偵小説とはかなり趣が異なる。
ガブリエル・ゲイル本人が言う通り、犯罪を見抜くのではなく、狂人を見分け、その狂人が何を考えているのかをゲイルは理解できるという。その狂人探しというのが主題となっているため、必ずしも事件自体にスポットが当てられているわけではない。さらに言えば、きちんとした事件が必ずしも起こるというわけではない。
「鱶の影」のように足跡のない殺人事件を描いたものや、「石の指」のように死体のない事件を描いた探偵小説らしきものもちらほらと見受ける。とはいえ、単なる犯人捜しに終始するのではなく、論調主題の作品ゆえに、探偵小説として読もうとするとしっくりとこない。
チェスタトンというと風刺などをとりあげる作品もあるが、本書はそれとも異なるように思える。どちらかというと、評論にちかいような内容。ひとつの物語を通しながら、そこに表れるものに対してチェスタトンなりの論評がなされている。チェスタトンの小説の中では、かなり読みにくい部類の本と言えよう。
<内容>
特種を追って世界中を駆け巡る新聞記者ピニオン氏は、ロンドンで4人の不思議な人物に出会った。<誤解された男のクラブ>の会員である彼らは、やがてそれぞれの奇妙な体験を語り始める。
着任早々の総督はなぜ狙撃されたのか、エジプト近隣の植民地で起きた事件の意外な真相を明かす「穏和な殺人者」
芸術家の屋敷の庭の片隅に立つ奇怪な樹をめぐる恐ろしい秘密の物語「頼もしい藪医者」
大実業家の家の息子はなぜ不手際な盗みを繰り返すのか、その隠された動機を探る「不注意な泥棒」
学者に詩人、質屋に将軍 − <真の言葉>の下に集う4人の同志は何をたくらむのか、ある王国で起きた革命騒ぎの皮肉な展開「忠義な反逆者」
以上の4話がおさめられた連作中編集。奇妙な論理とパラドックスが支配するチェスタトンの不思議な世界。
<感想>
ミステリーだけにとどまらず、幻想的な雰囲気、皮肉きいたの風刺さまざまなものが集められたチェスタトンの集大成といってもいいような作品群。ただし、さまざまな要素が入った分、ミステリーとしては弱められたかもしれない。特にチェスタトンの特徴となるパラドクスの部分が、さほどひねりが利いていなく、わかりやすいものとなっているのもミステリーの部分が弱く感じられる要因となっているのかもしれない・・・・・・と感じながら読んでいたら、最後に「忠実な反逆者」で見事にやられてしまった。なるほど、この作品群も十分にミステリーである。弱まってなどいなかった。
<内容>
「ブラウン神父の醜聞」
「手早いやつ」
「古書の呪い」
「緑の人」
「《ブルー》氏の追跡」
「共産主義者の犯罪」
「ピンの意味」
「とけない問題」
「村の吸血鬼」
<感想>
わかり易い作品とわかりにくい作品の二つに分けられる。ミステリを重視しているような作品はわかり易いのだが、政治的なものや社会風刺に力をいれた作品は、なんとも内容がわかりにくい。
「古書の呪い」「《ブルー》氏の追跡」あたりは純然たるミステリ作品と言ってよいであろう。ただ、ミステリとして力が入っているように感じられる作品はなんともネタがわかりやすい。シリーズ作品を通して読んでいる人は、同じようなパターンの作品を読んでいるからだいたい想像がついてしまう。
そうしたなかでよくできていると思えたのは「緑の人」。単純に事件のみを取り扱うのではなく、二人の対照的な人物にスポットをあて、心理的な面を考察しているところが秀逸といえる作品。
また、「とけない問題」もアンチ・ミステリと言ってもおかしくないような内容になっており、意外性を感じることができた。この短編ではカーが作品としてもとりあげているエドマンド・ゴドフリーの事件に触れているという点でも興味深いものがある。
<内容>
温厚で控えめな小柄な紳士ポンド氏には穏当な筋の通った談話の最中に奇妙な発言をまじえる癖があった。“死刑執行停止令を携えた伝令が途中で死んだために囚人が釈放された”“完全に意見が一致したために二人の男の一人が相手を殺した”“影法師を一番見誤りやすいのはそれが寸分の狂いもなく実物の姿をしている時だ”・・・・・・等々。耳を疑いたくなるポンド氏の話は実はつじつまが合っているのだった!!
<感想>
著者自らが逆説集とうたっているように、推理小説というには風変わりな作品だ。どちらかというと奇妙な物語譚、という気がする。読物として楽しいというよりは、著者の楽しみを納めた作品集といった趣だ。