その7 以前は、こ・ち・ら♪ |
■こーして、書き並べると、やっぱ、ミナサマ同様、恥ずかしい(笑)。
で、なんだか、あまりにも、「優等生」的なセレクションになっていることも、恥ずかしさを加速させている。 並べてみて改めて気がつくのは、やっぱ、「古い」(笑)。 ロックとは、ある意味、「新しい」ことも条件である、と思う。 そんなワケで、やはり、私のセレクションを補足するのは、「もときセレクション」かっ。がくっ。 ■で、何度か書いたけど、「曲順」が重要。 フランス料理でワインの順番が重要なのに、それは似ている。 つまり、ワインは後戻りできない。 料理に合わせているフリをしつつ、ワインは、だん&だん、濃くなってゆく。 前の曲よりも、次の曲が魅力的でなければいけないのだ。 それは曲の「価値」とはまた別の、曲順の世界でのターン・テーブル・マナー。 |
>こういうの、昔から好きなので、ついのっちゃいました。楽しかった。 >会社からはメールできないんだけど、この手はまだ使えることを思い出しました。以下、本文です。 今夜(2007年3月10日 2:12Am)あたりから、「ロックNippon」企画、届いた順番にUPしてゆきますね〜。
>(補欠) > 矢沢永吉 「トラベリングバス」 > ただし、ダンナと、とんねるず石橋の鼻歌でしか知らないケド。 > 矢沢大嫌いなので「時間よとまれ」以外聴いたことない。 > いんじゃない?もうここまで来たらしょうがないんじゃない?日本でロックっちゃ、この人じゃない? ↑ ■がはは。勇気のアル選曲でございます(笑)。 >沢田研二 「アメリカンバラエティ」 『LOVE−愛とは不幸をおそれないこと』 > お口直し(笑)。このアルバムをこの1曲のためだけに買った。田舎の中学生の2500円だどぉ。 この曲、ツインギターふぇちにはたまらんアレンジなのよ。これもよくまねしながら歌ったなぁ。(しみじみ) ↑ ■では、HP『共犯新聞』にUPされる日まで、待て! |
↑ ■むむむ。正直、ベンキョーになりました(笑)。 たとえば、「フジ・ロック」などの今では恒例になった夏の大型ロック・フェスには、ここに列記されている彼らが常連なんだろー。 で、大型ロック・フェスに行く世代以下にとっては、このセレクションは「ロックの常識」なんだろーし、 大型ロック・フェスを体験せずにオジサン&オバサンになっちまった世代以上にとっては、これらは「ロックの非常識(?)」なんだろー。 まぁ、そこをモトキも分っていて、「大御所系は、他の方がリストアップすると思ったので」と、ワザ&ワザ、書いてくれている。 で、そんな彼でもセレクションを3パターン用意しなければならなかったのも、通して聴いてみりゃぁ、なるほど、そのキモチよく分るぅ〜・である。 つまり、私からの「宿題」は、『所謂、rock』だったワケではあるが、 やっぱゆるい日常で手が伸びるのは、『いろいろ』セレクションであるし、 現在を無視できないジャンルとしてのロックの立場からは現在進行形であれば、『電子系、打ち込み系』も押さえておくべきなのである。 で、さらにロックとはアルバムという時間を必要とするジャンルでもあるという理由から、 最新のアルバムをそっくり&そのまま2枚、提示することにも、超、意味がある。 ■が、そんなコトを気にしていたら、他のセレクター諸君とのバランスが悪いので、 ここはCDをプレゼントしてくれた☆ありがたぁ〜いキモチを、ちょっとCDラックにしまっておいて、 彼のメインのセレクションである『所謂、rock』に集中したい。 ■ふむ。 今さらながらに、ソニック・ユースの存在の大きさを感じる。 グランジとか、ニルバーナでは無くて、 彼らに先行したアメリカのインディーズ&ユース・カルチャーのソニック・ユースが提示したのは、「音質」の重要性だ。 村八分に代表されるように、日本のロックはライブは良いが、代表的なアルバムを残せなかったという 不幸の歴史があるが、この理由を長引かせた大きな原因が、「音質」であった。 ソニック・ユースは、ノイズの積極的な意味を日本のロック「業界」に「教育」した。 で、「ノイズ」「音質」への日本オリジナルの回答のひとつが、『電子系、打ち込み系』でる。 だから、モトキは『所謂、rock』に、あわててソレを並べる必要があった、のだ・ろう。 ついでに蛇足ながら付け加えておけば、今回、モトキがそっくり&そのままアルバム全部を紹介してくれたコーネリアスと曽我部の新譜は、 見事に「ノイズ」「教育」を消化した彼岸にこそ生れた「音質」への過敏な感性の産物であることは間違いない。 ■まぁ、もときセレクションは、そのニッポンROCK「業界」の「お勉強」の功績の記録でもある。 でもありながら、通して聴けば、私が一番、強く印象に残ったのは、6曲目の、ゆらゆら帝国「午前3時のファズギター」(ミーのカー)であり、 その次が、12曲目の、Zazen Boys「MABOROSHI IN MY BLOOD」(Zazen Boys)、だ。 この2曲が持つ突出した魅力とは、ノイジーでラウドな「音質」で構築された個性的な演奏と、 その上にノッている日本語のボーカルである。 その両者の見事な有機的結合は、このセレクションの中では、この2曲に優れた形で記録されている。 確かに、ハイロウズやブルーハーツは、その点も意識的だけれど、今度は「音質」が旧型であるという「課題」が処理されていない。 ■やはり、日本のロックとは、日本語が最も魅力的な形で表現された時には、無敵なのであ〜る。 それは、「音質」が確立されていなかった黎明期の、ジャックス、頭脳警察、はっぴいえんどでも、まったく同様なのだ、し。 |
歴史から飛び出せ! ★たとえば9月15日の歴史★ |
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