『つぐな い』
監督；ジョー・ライト
出演；キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ、
ヴァネッサ・レッドグレイヴ、ロモーラ・ガライ、
シアーシャ・ローナン、ブレンダ・ブレッシン

■告 白は、いつも幾重にも汚れた苦く重たい扉を
必要としている。だからと言って全ての告白が汚れ
ているわけではない。ただ告白は閉じた物語でな
ければならない、とゆーゆがんだ身の上が義務付
けられているため、管理する扉が汚れているのだ。
閉じられた扉の内側で、むりやり「物語」にされちま
った告白は、ゆがんだ熟成をしてしまいやすい。だ
からいざ告白の本番になった時に、「人生を取り戻
したい」欲望に真実が追い抜かれてゆく場合があ
るのだ。ましてや、それが物語のプロである作家の
場合には、なおさらで、「つぐない」を演じただけの
エゴへと苦く熟成されていても不思議ではない。
■なにしろ 現実や真実は不可解で複雑なのだし、
それを素材に熟成した告白という物語は単純で分
りやすく整理されたものにすぎないのだ。一見、複
雑なこの映画も「物語」を裸にすれば、単純なソー
プ・ドラマだ。しかし告白というあいまいで捏造され
やすい記憶の物語を描く手法が鮮やかで、映画的
魅力に溢れている。特に前半は複数の登場人物
ごとの視線を時間を前後させて重ねたり、強く記憶
に残ったディティールを象徴的にクローズ・アップ
させて豊かなモンタージュを織ってゆき、きわめて
美しい映像美を構築している。それらの手法とは、
前半だけを観ていた時には監督の実験精神を満
足させるためかと思っていたが、全体がつかめてく
ると、過去を描いた前半を極めて多義的かつ象徴
的に描いたのは、記憶の中の過去という告白の持
つあいまいな身の上ゆえだと気がつかされる。
■さらにこ の映画を豊かにしているのは、あいまい
でも許される個人史に、けっしてあいまいであって
はいけない現代史の代表としての戦争を垂直に
刺し込む中盤だ。主人公の姉妹を従軍看護婦に
して、彼女らに挟まれる恋愛の対象の青年を過酷
な戦場をさまよわせる兵士にした設定は絶妙だ。
ここで個人史の抽象的な傷は、歴史の暴力によっ
て、現代史の具体的な傷と重ね合わされる。傷を
癒すために姉は恋愛を取り戻そうとし、妹は隠れて
タイプライターを叩きつつ小説を書く。その両方とも
が、「物語」の再生なのだ。
■なぜ我々 には「物語」が必要なのだろうか。それ
は不可解で複雑な現実を自分のものに取り戻した
いから。「物語」を求めるほどに人は孤独なのだ。
しかし、「物語」はけっして優しいばかりではない。
「うそ」も「罠」も「戦争」も「恋愛」も、「物語」なのだ
から。それらは美しい肌に傷を作るであろう。しかし
また遠い日にその傷を見つめることが、別の傷を
癒すことになるのだ。つぐないとは身勝手な押し
売りなのかもしれない。しかし、いつかつぐなうこと
を目的に死なないで生きようとする孤独な力がある
ことを責めることはだれにもできやしない。

『イー スタン・プロミス』
監督；デヴィッド・クローネンバーグ
出演；ヴィゴ・ モーテンセン、ナオミ・ワッツ、
ヴァンサン・カッセル

■思 えば、2008年の映画は「悪役」の年のようだ。
『ダークナイト』がそうだったし、日本映画でも『２０
世紀少年』もそうだし、『連合赤軍』も含めてもいい
かもしれない。それに、なんてたってアカデミー賞
候補作の多くがそうだったのだ。『ノーカントリー』と
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』が作品賞を争ったの
がその典型だろう。そしてまた、この『イースタン・
プロミス』も、ひんやりとした「悪役」の魅力を描いて
いる。そも＆そも「悪役」とは、物語における強力な
磁場であるから、いかに「悪役」を描くかが物語の
質とまっすぐ結びつく。ただし、物語の歴史は勧善
懲悪の歴史でもあるぐらいなので、「悪役」のあらゆ
るパターンはすでに先人が描いてきており、今ごろ
安易な紋切り型の悪役を描いてしまっては、それだ
けで物語の失敗が約束されるというもの。そんな意
味からも、今年の映画界には新鮮で多様な悪役が
多く登場した「悪役」豊作（？）の年と記憶したい。
■そうベタ ボメしておきながら、この映画の欠点も
実はその悪役の描き方にある。物語のもう一つの
磁場である「どんでん返し」で、悪役である主人公
の魅力が一気にダウンしてしまうのだ。確かに物語
に見事な着地をさせるのであれば、この「どんでん
返し」がいいのだろうが、これでは得たいの知れな
い深い暗さを持っていた悪役も、単なる演技でしか
ない、とゆー薄っぺらい「悪」に収束してしまう。
せっかく構築した魅力的な「悪」を捨ててまで物語
を説明的にしたいのであれば、なぜそこまで主人
公は悪を演じ、ロシアン・マフィアの一番奥にまで
たどり着かねばならなかったのか、の説明が無い。
そのどっちつかずが、この映画を名作からあと一
歩にしてしまったと思う。
■クローネ ンバーグらしい映画的映像の連続で、
ファンをぞくぞくさせる作品だけに、あまりにもＯ・ヘ
ンリーの短編みたい（？）こじんまりとしたまとまりが
残念だったと、悪には悪を徹してほしい私も、悪？

『最 後の初恋』
監督；ジョージ・Ｃ・ウルフ
原作；ニコラス・スパークス『 Nights in Rodanthe』
出演；リチャード・ギア、ダイアン・レイン

■ケー タイ電話を持っていない私が言う権利（？）
は無いんだろーけど、なんでケータイ使わないの
とか、なんでＥメールじゃないの？とか。まぁ、そん
な感じで、俳優の実年齢59歳と43歳のいいオトコ
と、いーオンナが遠い位置からアナログ・メールで
文通を重ねる。思えば、手紙ってのが不便に感じ
ちゃうのは我々がもーケータイやらＥメールやらを
知っているからで、もしもこの先、ケータイより便利
な通信ツールがイノヴェーションされたら、ケータ
イは不便なツールの仲間入り♪つまり、どんなに
完璧に見えようが、すべての通信ツールなんぞ、
かりそめの「とりあえず」にしかすぎない。ましてや
恋人たちにとっては。
■それで も、いつか間違いなく鈍い存在になるで
あろう「とりあえず」に価値があるのだとするならば
その鈍さそのものにある。つまり、アナログ・メール
＝手紙は、相手と一緒にいない状態で、自分の
感情を既製品としての「ことば」に置き換える鈍い
作業が求められる。この鈍い作業が、本質に触れ
る旅であったり、反対に、より熱い愚かさへと加速
させちまう疾走のセルフ・アジテーター（？）となっ
たり、さらにはその両方が同時に起こったりする。
そして、それは全ての手紙に起こることではなく、
切実なラブ・レターだけに起こることなのだろう。
■実は「鈍 さ」とは、あたりまえの日常にちりばめ
られている。造形作家になる「夢」を保留にした
主婦にとっては、傷つけあう身勝手な夫、新しい
情報にしか価値を求めない思春期の娘、ゲーム
ばかりする息子などとの日常は、まさに「鈍さ」そ
のものだ。その「鈍さ」と「夢」を直線で結んだ時
に、その線上にあらわれたものに「運命」を感じる
ことはむしろ正しいことなのかもしれない。
■長く生き るとは、「運命」の登場を待てたというこ
と。そして同時に、「鈍さ」と和解するための根気
強い「修復」をするためにさらにもう少し長く生きる
ことを決意すること。そして、恋愛とは二人でする
ものなので、ふたつの「鈍い」人生が「修復」のシ
ンメトリーを描くサイド・ストーリーを広げてゆく。
■主演の カップルの名前を見ただけで、こりゃもう
いやし系ハリウッド恋愛映画の方程式だわ、と思う
と、そのとーり（笑）。超大作ＳＦ映画が作れるだろ
う予算で、日常生活を描くぜいたく。予算の分だ
け、画面の密度は高まり、我が国の映画との決定
的な差を見せ付けられる。ただし、そー言った点
だけをあげつらい笑い飛ばしたところで、作品を
論じたことにはならない。それもまた「映画」なの
だから。
■最大の難 点は、ダイアン・レインの夫があまりに
もマンガ的に愚かに描かれ、それにともない彼だ
けが「鈍さ」の「修復」の対象にならない（＝なれ
ない？！）ところ、か。また、そー感じちゃうのは
私自身が、「身勝手な夫」だからか。・・・がくっ。

共犯Ｅ メ〜ル映 画漫談ろ〜らの部屋（笑）
2008年9月22日 月曜日 6:49Pm

上映館；蠍座　札 幌市北区北9条西3丁目 上映日；2008年9月9日〜22日 公開；1976年 監督； 長谷川和彦 （監督、第１ 作！第２作『太陽を盗んだ男』が最後だけど。がくっ。） 原作；中上健次『蛇淫』 音楽；ゴダイゴ 出演；水谷豊、原田美枝子

掛値なしにものすごく素晴らしくて もう一度でも何度でも見たいくらいだし、 当時の若者の世相風俗を 取り上げたものとしても、 同じ時に上映された（同じ監督田 中登の） 『人妻集団暴行致死事件』の方が 遥かに優れてると思う。から、やっぱり、 私が日本映画のテイスト嫌いなだけじゃない んだろーな。と、確認してみたり。

2008年9月21日（日） 8:45Pm〜10:54Pm

　ユ ナイテッド・シネマ札幌　深夜割引き \1200

出演；北野武、樋口可南子、柳憂怜

■監 督作品、通算１４作目で、そのほとんどが
オリジナル脚本だっちゅーのには、パチパチ
パチ。しかし、一方で北野武を好きになれない
私がいる。雑誌『SIGHT』など、彼が出ていな
ければ毎号、買いたいぐらいだ。なんでだべ？
■本作も、 シロートの学芸会の雰囲気ありあり
で、それは「内輪ウケ」で成り立っているテレビ
の体質の延長。アキレスと亀のパラドックスも
本質的な深みまで描かれてはおらず、題にま
でした必然性が無い。あとは、イメージの羅列。
■ただ、確 かに北野作品である、とゆー「作家
性」は、ある。「世界の北野」である、とゆーこと
は、「作家性」の確立ってことなんだろう。ただ
私が観たいのはそれから先のことなんだけど。

レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』
「第二編１１」（1878年） 訳；木村浩