Happy Birthday to Mr. Hiroaki Murakoshi ! He was born in 26 January 1959. Just 51 age ! 歴史から飛び出せ! ★たとえば→1月26日の歴史★ Happy Birthday to Mr.Hiroaki Murakoshi (ex.THE STREET SLIDERS) ! |
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THE STREET SLIDERS 蜃気楼
乾ききった歩道の上に 5分先の未来なんて 誰も信じちゃいやしない お前の微笑みは どんなドアも開ける だけど背を向けたのさ So Long Bye Bye 俺を凍らせた 真夜中に呼ぶ声は もう聞こえちゃこないぜ 崩れ落ちた蜃気楼 いつも missing missing この夢から覚めるまで いつも nothing nothing 使い切れない一人のときが アスファルトにうずくまってる いくつ約束 空にやぶった 間抜けなたわごと くりかえして 光と影で始まった俺たちの夜 そんな俺しかまだ見せてないぜ だからもう一度 のぼろうぜ螺旋階段 夜が途切れるまで 崩れ落ちた蜃気楼 いつも missing missing この夢から覚めるまで いつも nothing nothing さび付いた線路の上で いつまでも踊っている 通りひとつ隔ててた 俺たちの夢 少し手を伸ばせば 同じ景色見てた同じ窓から 言葉はバラバラさ ただ立ち尽くしてた 崩れ落ちた蜃気楼 いつも missing missing この夢から覚めるまで いつも nothing nothing 村越弘明 = HARRY |
螺旋階段の先にあるもの
Text by 久保AB-ST元宏 (2005.1.21記) ザ・ストリート・スライダーズのことを語る時、 つい「彼らは解散すべきではなかった。」という結論の同心円を 近づいたり離れたりするだけの思考のパターンに陥ってしまう。 それは純粋なファン心理と、 彼らが埋めてきた日本のロック・シーンの穴の巨大さへの未練かもしれない。 しかし、彼らの解散は2000年10月19日の日本武道館公演であり、 もう前世紀の大昔のことだ。 だから、今日からの私は「スライダーズは解散してよかった。」という結論を 同心円に置いて、その周辺をちょろ&ちょろ、うろついてみたい。 スライダーズが1983年にデビューする前から作られていて、 解散ライブでも演奏された曲が3曲ある。 「すれちがい」、「ソー・ヘヴィー」、「のら犬にさえなれない」だ。 特に後の2曲は解散ライブの最後の最後、終わりの2曲でもあり、 彼らにとって重要な曲であったことが再確認できる。 彼らはデビュー前から成長していなかったのか? それとも、デビュー前からすでに完成していたのか? いずれにせよ、当人たちにしか分らない巨大なループがあったと思う。 デビュー前の彼らのライブの方を多く観ている私にとっては、 他の曲よりもこの3曲のほうが身近に感じてしまう。 「すれちがい」で和製ブルーズを腰に感じ、 「ソー・ヘヴィー」で客席から飛び出して踊り、 「のら犬にさえなれない」で歌詞を見つめた。 ブルーズと、ダンスと、詩。 それだけがあれば、OKだった。 しかも、それが最高のグルーブで目の前にあった。 それが、ザ・ストリート・スライダーズ。 解散ライブでは演奏されなかったデビュー前からの彼らの曲に、 「おかかえ運転手にはなりたくない」という長いタイトルのものがある。 こんな歌詞だ ↓ ♪おかかえの運転手になんてなりたくないんだ
気のきいた友だちになんてなりたくないんだ 少しだけわかってくれよ マヌケなピエロの気持ち これ以上話してもどうにもなりゃしないよ Ah Baby どこへでも Ah Baby 誰とでも 糸の切れた風船みたいに いつもいつも飛んでっちまう 流行のステップよりも好きなダンス踊りたい 誰だってそうなのさ本当は あんただってそうだろ この歌詞を解散宣言と「誤読」できないこともない。
バンドのスタート時点からこんなことを歌っていたのだから、 村越さんのダンディズムはニヒリズムのどん底で養われた、と私は感じる。 ニヒリズムのどん底で周囲を切り詰めた結果が、 4人の狭い世間=バンドであった・のか? であれば、「狭い世間」を解体した時にこそ、 作家は独自のニヒリズムの本質を書くのではないのか? いずれにせよ、村越さんの書く詩の比喩は分り易いからこそ、 聞き手が理解を終えた先で、ひっそりと濃い意味をもたげている。 「のら犬」よりも下等だが、「おかかえの運転手」よりもなりたいものが 「螺旋階段」の上にあるのであれば、それが何なのか? 今の私は、それなのか? 今の村越さんは、それなのか? 私は村越さんを聴き続けたい。 |
Sun, 23 Jan 2005 00:20Am
テラダヤです。 スライダースのレビュー非常によかった。 坂田は自分はスライダースにとってあまりいいファンではなかった。 と言っていたが、僕らはデビュー前にすでに完成された姿を安価で見てしまったの で、 その後あまり熱心に見る気がしなかった。レコードを買ったりすることもなく、たま にテ レビでその安定した演奏を確認していたにすぎない。 でもいい曲が出るとやっぱり うれしかったね。ろくにレコードやCDも買わないのに解散はやっぱり寂しかった。 レノンはデビュー時に完成されていてその後宇宙並みに才能を開花させたけど、 無口な村越さんはそうはいかなかった。ソロアルバムは実は買ったんですよ。 思ったとおりの出来で、びっくりするものはないけど全然OKだったよ。 | |
Harry’s Bar の「BBS2」より Taxt by りほ様(書き込み;2005年 1月13日(木) 7:59Pm)
行って来ました新潟。吹雪&除雪渋滞&道に迷って(←これは自業自得)。 《演奏曲》 1.マスターベイション 2.WASTIN' TIME 3.BABY BLUE 4.You Can't Be Serious 5.Sweet Pain (6以下14までは曲順滅茶苦茶です、すみません。) 6.Harry:「ちょっと古い曲をスローにして(だったかな?)」 鉛の夜 7.Harry:「お行儀よくしてなくていいんだぜ」「ブギをやろうぜ」 放蕩息子 途中にHarry:「どうだい、のらないかい?(会場大喜び)」 8.Harry:「それじゃブルースをやろうか」 カメレオン 終わってHarry:「皆良く聴いてくれてありがとう!」(会場またまた大喜び) 9.道 10.Midnight Sun 11.PERSIAN BLUE 12.しらけちまった空なら 13.落陽 14.のら犬にさえなれない 15.風が強い日 アンコール1 16. タバコくわえて登場Harry:「今日はマジで最高だぜ(皆さん大歓声)」 HOME WORK 17.Boys Jump The Midnight アンコール2 18.グッズのTシャツを着て登場 YOU GOTTA MOVE 19.Pain In My Heart 終止ご機嫌なHarryさんでした。 「ハリーかっこいい(男性)」には、「ありがとう」 「ハリー最高(女性)」には、「そうだろ?(会場大喜び)」 また、1人1人の呼び掛けに「Hi!」「Yeah!」って応えてました。ピックも3回まきました。 スライダーズの名曲はやっぱり大歓声でした。 お客の雰囲気も暖かく、アンコールを求める時も仕切る人がいたりして(笑)。 行帰りは想像を絶する大変さでしたが、行って本当に良かったです。 バンドのハリーが聴きたいよ〜って最初は思っていたのですが、 1人でもかっこよかったし迫力ありましたよ〜。大阪も楽しみです。 | |
「あなたが選ぶ日本のロックベストアルバムを作るなら!」 ↑ これは私の2007年の誕生日スペシャルだった(笑)わけで、 2008年の私の誕生日スペシャルはサカタ@カナダ投稿のYouTubeアブノーマル・ストリッパーで、 2009年の私の誕生日スペシャルは、私のヌード特集(がくっ。)だったわけで、 2010年の私の誕生日スペシャル、何にしよーか(笑)?アイディア募集。 こんなの発見しちゃって ↑ ・・・・・・びっくり。・・・あぜん。 1983年の新宿『ACB』でのデビュー・ライブ動画にも、1983年5月 |
螺旋にも 中心はあり 扇(おうぎ)開(あ)く (久保元宏 2001年8月) |
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