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パラパラ・・・ジョン・レノン『ビートルズ革命』の出版社が、倒産っ。
text by うぇ〜ん!久 保AB-ST元宏 (2008年1月11日 3:39Am)
草思社、民事再生法の適用申請

1968年創業で、社員33人の中堅出版社、「草思社」
(木谷東男=はるお=社長、東京都文京区)が2008年1月9日(水曜日)、
東京地裁に民事再生法の適用を申請、事実上倒産した。
負債総額は22億4789万円。
数々のベストセラーを出したものの、ここ数年は業績が悪化し、自力での再建を断念した。

しかし、すでに出版社数社が支援を表明しており、今後も営業は継続し、
2月には再建計画を提出し、3〜4月に再スタートを目指すとしている。

出版界では自費出版大手の新風舎が7日に破綻(はたん)したばかり。
倒産!?

うぇ〜ん!うーむ。
びっくり。
ここ、かなり商売上手だったハズだよね?

『平気でうそをつく人たち』(モーガン・スコット・ペック著) 印象的なタイトルの付け方に定評があり、
『平気でうそをつく人たち』(モーガン・スコット・ペック著)、
『他人をほめる人、けなす人』(フランチェスコ・アルベローニ著)
などの翻訳書も含め、
次々にヒットを飛ばした。
『他人をほめる人、けなす人』(フランチェスコ・アルベローニ著)


うぇ〜ん!やっ ぱ、書店で売れるのは、雑誌&新書が中心なのか?
単行本だけの出版社がベストセラーに頼るのは、ヤバイ水商売なのか!?
まぁ、私にとってココ最近の草思社の本は、
斎藤孝『声に出して読みたい日本語』斎藤孝『声に出して読みたい日本語』には、食指は動かんし、
徳大寺有恒『間違いだらけのクルマ選び』徳大寺有恒『間違いだらけのクルマ選び』は、立ち読み(が くっ。)したいなー・とは思ってたけど、
中野孝次『清貧の思想』中野孝 次『清貧の思想』は、触るのもイヤ(笑)でございました。
差出人: かえで嬢
2008年1月11日 00:08Am

>単行本だけの出版社が
>ベストセラーに頼るのは、
>ヤバイ水商売なのか!?

ベストセラーって、
ヤバイと思いますよ。
何がやばいかというと、
「どれだけ売れたか?」
じゃなくて
「どれだけ出版したか?」ですよね。
売れるから出版出来るんでしょうけど。

では、たくさん本を印刷すれば
ベストセラーになるのか?
いえいえ、そういう事ではないんです。
出版部数は取次ぎさんが決めますから。

それに売れた数より
返本多いと相殺されて、
利益が出ないんです。
そして定期的に出版物を出し続けないと
精算してくれないし、
出し続けても
返本が多いと精算してくれない。
売れなければ、
発行部数を取り次ぎに減らされるでしょ?
減らされれば、
お店に並ばないから売れないでしょ?

ちゃんと本の内容を考えて、
お店で買ってもらうには
どうしたらいいか考えて、
努力する事が大事だし、
やり続ける事も大事ですよね。

中堅出版社には、
特に企業努力を惜しまず
頑張って欲しいです。

うぇ〜ん!んが、そんな中、忘れら れない本があるのよ。
ジョン・レノン『ビートルズ革命』(草思社、片岡義男・訳、1972年)だ!

これ1冊を世の中に出しただけでも、『共犯新聞』は草思社に哀悼を捧げます。
Is war over? ジョン・レノン『ビートルズ革命』(草思社、片岡義男・訳、1972年)
・・・ロック雑誌『ローリング・ ストーン』編集長ヤーン・ウェナーによるインタビュー。
1970年12月、アルバム『ジョンの魂』発 売直後。
ものごとがおこりつつあるニューヨーク

ヤーン アメリカについては、どう思いますか。

ジョン 愛していますし、同時に嫌悪しています。
ものごとの中心地はアメリカです。
私は、ニューヨーク に生まれるべきだったですね。
ニューヨークのグリニジ・ヴィレジに生まれるべきだったのです。
私にふさわしいのは、グリニジ・ヴィレジなのです。私はなぜ、そこで生まれなかったのでしょう。
18世紀には、パリが、すべての中心でした。
ロンドンは、オスカー・ワイルドやバーナード・ショーなどの人たちがいたときの文学的な局面をのぞいては、
なんの中心にもなったことはないと思います。ニューヨークは、いろんなことの中心でした。

 

久保元宏の、この本の読後直後の感想。
えーと、今も同じような汚い字しか書けません。がくっ。
「ビートルズに関する本は星の数と競うほどあるが、
この本はその中で最もヘビーなものだ。」
(1980年7月28日 月曜日 札幌・桑園・上野 下宿にて)

私 がこの本を読み終わってから130日後、レノンは、ダコタ・アパートで射殺される。


うぇ〜ん!と ころで、この本は4回、装丁と書名が変わっている。
『ビートルズ革命』
定価:800円
初版刊行日:1972年4月15日
1972年『ビートルズ革命』  まだビートルズが解散して2年。書名が「ジョン・レノン」では本は売れなかった?
『ビートルズ革命』 新装版
定価:1,300円
初版刊行日:1974年6月16日
1974年『ビートルズ革命』 オイル・ショックで値上げしたついでに表紙のデザインを変えたのかな?
『回想するジョン・レノン』
定価:1,890円(本体:1,800円)
初版刊行日:1980年12月25日
回想するジョン・レノン ジョンが死んで、17日後。書名も、きちんと、「ジョン・レノン」。すげー商売 上手!見習わなければ(笑)。
『レノン・リメンバーズ』
定価:1,890円(本体:1,800円)
初版刊行日:2001年08月01日
レノン・リメンバーズ 「リメンバー」という単語はビートルズのファンならば「ヘイ・ジュード」以降、 暗記済み?

うぇ〜ん!それにしても、この 重要な書物がなぜ大手出版社ではなくて、草思社という当時まだ弱小だった出版社から出たのだろうか?
実は草思社は、1968年2月22日に株式会社となって創業する以前、1961年、加瀬昌男に よって創業される。
加瀬は2002年4月1日に社長職を退き会長に就任するまで社長を続けた。この時に、専務取締役の木谷東男が社長に就任し、現在に至ってい る。

うぇ〜ん!『共犯新聞』は、こ の加瀬昌男に注目したい。
『ウィキペディア(Wikipedia)』で申し訳ないが、こーゆー人物である。

加瀬 昌男(かせ まさお 1931年 - )は神奈川県出身の実業家。草思社創業者。

横浜市にて洋服店経営者の息子として生まれる。1945年5月29日、中学2年生のとき、空襲 で実家を失う。

早稲田大学文学部演劇科の同期に中村八大89・リメンバーズや宇津井健宇津井・リメンバーズ、一級上には和田勉和田・リメンバーズがいた。
1950年、レッドパージに絡むイールズ事件で警視庁渋谷署に逮捕勾留され、在学1年目にして大学を除籍とな るも、のち復学を許され、1年遅れで大学を卒業。
卒業時「早稲田演劇」誌に一幕物の戯曲を応募して入選。
就職が決まらなかったため、卒業後3年間は工員などの職を転々とする。この間、「早稲田演劇」誌に二幕物の戯曲を応募して再 び入選。

1958年、「現代詩」誌の編集者となる。1960年、自作の脚本による「不発弾」が劇団青俳で上演される。

1961年、友人の世話でヤマハのPR誌「ヤマハニュース」の編集長となる。1969年、「ヤマハニュース」が8月号で休刊 になることが決まったため、草思社を創業。
初めての刊行物として小笠原豊樹訳のビートルズの伝記を出したところ、 10万部のヒットとなり、同社の礎を築いた。
以後、谷川俊太郎訳の「マザー・グースのうた」(全5巻)を上梓して総計110万部の売上を記録するなどの成功を収めた。

草思社経営の傍ら、1973年から、同社と同じビルにアパレル会社を経営。この会社の利益で草思社の赤字を補填し たこともあった。

うぇ〜ん!横 浜の洋服店で育ったオッシャレーな、左翼演劇人!と、単純化しちゃっていーか&どーか、分らんが、どーやら、 かなり面白そうなオジ(イ)サンだ。
「洋服」、「アパレル」と言えば、草思社は、久保は高校時代に買った。がくっ。おしゃれ、リメンバーズ。と か、1980・リメンバーズと かも出版している。・・・私、両方とも持っています(笑)。
やっぱ、♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieゴー ルデン・カップスを持ち出すまでも無く、横浜のモダン・ボーイはカッコよかったんだろーな、たぶん♪
久保元宏は、中学1年の時に買った。 うぇ〜ん!そ してなによりも、草思社が最初に出版した本が、
ハンター・デヴィス『ビートルズ -その誕生から現在まで-』とゆー驚き!
1962年生れの私の世代にロック・ファンは多いが、こんな風に分類できる。

ミー ハー派;ベイ・シティ・ローラーズで入 り、クィーン、ジャパンと美少年系に進み、『ミュージック・ライフ』を愛読する。
男 派;ディープ・パープルのギター・コピー で入り、ヴァン・ヘイレンの速や弾きで終わる(?)。
ツッ パリ派;キャロルでリーゼントにして、横 浜銀蝿に青春を代弁していただき、修学旅行はクリーム・ソーダでお買い物♪
ヲ タク派;やたら、くわしい。

うぇ〜ん!ロッ クを聴き始めた早い時期に、このハンター・デヴィス『ビートルズ』を読むと、「ヲタク派」になる(←ホント か!?)。
私も、中学2年生の夏に買って読んだ(笑)。
この厚さ2cm4mm、上下段びっちり字で埋まっている本を読み終えたとき、
ロックを言葉で考える習慣が身についてしまうのだ。
私は読み終えた瞬間、
世界中でこの本を読んだであろう少年&少女たちと語り合いたい気持ちになったのを憶えている。
しかし、1975年の世界にはまだインターネットは普及しておらず、沼田町は今と同じ北海道のイナカだった。
うぇ〜ん!さ らに、この本の翻訳者が小笠原豊樹(1932年、北海道倶知安生れ)であることも、 すごい。
彼は岩田宏の名で「頭脳の戦争」などを書いている有名な詩人でもある。
すごいメンバーの青春。Wow! ★Yeah! 1962年の前衛たち♪
久保が生れる1ヶ月前の、1962年2月。
左から、
谷川俊太郎、
清水浩二(人形劇団『人形の家』の演出家)、
岩田宏(=小笠原豊樹が本名。)
寺山修司。
うぇ〜ん!私 が生れた1962年、
岩田宏(=小笠原豊樹が本名。)は詩人3人で、『俊英三詩人の書下しによる人形劇』を講演した。
作品は、岩田宏が『脳味噌』、谷川俊太郎は『モマン・グランギニョレスク』、寺山修司は『狂人教育』である。

『共犯新聞』のテーマが、「脳味噌の解放は可能か?」であるので、
岩田宏が『脳味噌』という人形劇を書いていた偶然(=脳味噌共犯?)には、びびる。

脚本を依頼した立て、立つんだ場〜!ステージ、に。人形劇団『人形の家』の演出家、清 水浩二は下記のように述懐している。
若い頃(外語大在学中からしばらくの間)、
小笠原さんは鎌倉の住人で、私共の劇団の客員をやって頂いたり、
ロシヤのア・セ・フェドートフの『人形劇の技術』を未来社から出したり、私共とはかなり親しい間柄だった。
だから、『脳味噌』のゲネプロの日のお昼などは、
小笠原さんの大好物の〈そば〉を食べに赤坂まで行ったりもしている。

その道すがら、私は訊ねた。
「どうも人形の動きが少ない感じですが、『脳味噌』のポイントをどう考えてるんですか?」
すると岩田宏は一気に喋ってくれた。
人間ではバカバカしくて言えないことも、人形という物を通してなら、案外スーッと言えるでしょう。
それに、人形自体には変なユーモアがあって、勝手な動きが生きる可能性もある。
そんなところで詩人には適したジャンルだと言える、と思ってるんです。」
「なるほど!面白い見方ですね。たしかに、我々がそう考えてそういう風にしようとしても、
詩人の透徹した眼と選び抜かれたコトバがなくては、実現不能ですから、
詩人と人形劇人の共同作業が必要でしょうね。」
上演後、この岩田さんの『脳味噌』に関心を寄せ、批評してくれた人の中には、
谷川徹三先生と倉本聰さんと加藤衛さんや乾孝先生、武井昭夫さんなどがいらしたことを付記しておこう。

うぇ〜ん!小 笠原の翻訳は、ドストエフスキー、チエホフ、レイ・ブラッドベリから、
ソルジェニーツィンやパラパラ・・・エリツィンまで幅広い。
そして、トロツキーも訳しているのだ!
さらに、さ、どーする?澁澤龍彦のサドの翻訳を彰考書院に紹介し たのも彼だ。
サド 裁判に彼もかかわる。
トロツキーと澁澤。この組み合わせ・・・・・・、
姫岡玲治(=青木昌彦)青木昌彦とも関係があり そー♪
おっす、ひろみ嬢♪ 『続・ペンギンの日々』 第 50回

御礼 for Marquis de sade

2007年12月23日 1:14Am

久保元宏さまこんばんは!
月見猫でございます〜。
Oh! 佐渡&まんぞく?おっす、ひろみ嬢♪

うぇ〜ん!小笠原は1932年生ま れで、1931年生れの草思社の加瀬と同世代なので、2人は友人だったのだろう。
加瀬が演劇青年であったことと、小笠原=岩田が人形劇団とつながっていたことは、2人の出会いの間口の広さを容易に想像させる。
もしかしたら、清水浩二が2人を会わせた可能性もある。
しかし、草思社を創立する前の加瀬は1958年に、『現代詩』誌の編集者となっているので、同世代で小笠原=岩田と交流が始まっているのも不思議 ではない。
そして、時代は演劇青年であった加瀬に編集の楽しさを教え、
さらに、楽器会社のヤマハのPR誌『ヤマハ・ニュース』の編集長を1960〜1969年までやることで、音楽にどっぷりつかることとなる。
まさしく、1960〜1969年という偉大なる時代こそ、ザ・ビートルズが音楽によって世界を変えていった奇蹟の季節であった。
こんな偶然の重なりが、本来の当時の日本の出版常識であれば、ポップ・スターのアイドル本(?)の翻訳を、現代詩人がするわけはなかったのに、
草思社の会社創立、第一作の本として、ハンター・ディヴィス『ビートルズ』が、その翻訳者として、小笠原豊樹が選ばれたのである。

とにかく、こんな名訳でビートルズを言葉で考えることからロックの世界に入れた少年は幸せ、 かも。
そして、時代がビートルズを経た、ヒッピー全盛期を記録した殺される?は、もはやノンフィクションの古典だ。これも、草思 社だ(す・すげえ)。
この本は私が買ったジョン・レノン『ビートルズ革命・新装版』と同じ、1974年に翻訳&出版されている。
いってる。 ザ・ビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンとも友人だった
チャー ルズ・ミルズ・マンソン(1934年11月12日生まれ)は、
ヒッピーのカルトなリーダーとなり、残酷な事件を繰り返す。
1969年8月9日、映画監督ロマン・ポランスキーの妻で
当時妊娠8ヶ月だった女優のシャロン・テートを殺害した。
逮捕されたマンソンは、
「ビートルズの曲「ヘルター・スケルター」が命令した。」と、言った。

ポランスキーの代表作やっぱ、映画館で観たい♪『ローズマリーの赤ちゃん』 (1968年)は、
ニューヨークのダコタ・アパートで撮影された。
そう、ジョン・レノンが住み、殺されたアパートだ。
そして、この映画が公開された1968年、草思社は創業した。
白い世界。

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★たとえば→8 月9日の歴史★
Sharon Tate ! 今夜、すぐきて♪
Sharon Tate was murdered
by the followers of
Charles Manson's gang in Los Angeles !

うぇ〜ん!そして最後に、草思 社は、こんな本も出していることを紹介して、私は寝ます(笑)。

希望、だぜ。
もーすぐ午前4時だ。除雪車が、うるさい(笑)。おやすみ♪