さんぽのすすめ] 

砂糖紙 最新刊:2003/07/29


風光降り言
フ ーコ ー フ リ コ と

毎月、その季節ごとに感じる色や匂いや言葉に触れるコラムです。
一時の暇つぶしにどうぞ。

色事典:色名簿

 

睦月・如月・弥生・卯月皐月水無月・文月・葉月・長月・神無月・霜月・師走

 

- 水無月 -

 
 

 

 

時には 振り返ることもまた一興。
そんな風に、少し戻って六月を思いおこしてみましょうか。

‘水無月’と聞いて違和感があるのは、現在は丁度梅雨と重なるからでしょう。
旧暦で言うと、六月はもう夏の盛り。
今年は水よりも電力の不足の方が深刻なようですが、七月の末まで梅雨が続くとは希なことです。
水を‘み’もしくは‘みな’と読むと、とても柔らかくて透明な印象を覚えます。
水底という音も好きな響き。

梅雨に咲く花というと紫陽花。
紫の小花が球状に咲いて、雨に映えます。
青みがかったもの、赤みがかったもの、真っ白なもの…いろいろな色が見られますが、紫にもたくさんの種類があります。

古来、紫色は日本ではあらゆる色の王者とされていました。
この色は高貴な人々しか着られぬ高級品。
身分の差による色の禁制もあり、紫色は人々の憧れであったと言います。

藤色、菫色、菖蒲色、竜胆色、桔梗色…
上品で美しい紫色には花の名前も多く付けられました。

その実、太陽の光の中には紫にあたる単色光はありません。
赤と青の光が同時に視覚を刺激してはじめて見える色なのです。
また、この紫の「此」の字は、両足の揃わないという意味を持っています。
つまり紫は赤と青を混ぜた不揃いな色ということ。
基本色からはずれた特別な色だったのでしょう。

しかし、日本に古来から自生していた紫草(ムラサキ)という植物があります。
その根で染めた色が紫。
紫根色とも呼ばれています。
混色することなく染められるその色は手間も多く、高価なものでした。
これに似せてもっと安価に作られた似紫(にせむらさき)という色が出回ったため、紫草で染めた色は本紫(ほんむらさき)と呼ばれるようになったということです。

数も減り、なかなか見ることのできない植物ですが、紫草を栽培する活動が少しずつ始まっているようです。
東京の三鷹市に玉川上水にかかる「むらさき橋」という小さな橋があります。
その名にちなんで紫草を復活させようというのです。

現在は、紫というと妖しげな印象の方が強くあるようで、少し残念な気もします。
紫陽花を眺めながら紫の上品な味わいに触れることも楽しいでしょう。
雨露にぬれ、また映えるのも紫色。

六月に袖が濡れるのは雨のせいですが、歌の中では専ら涙で袖を濡らせたようです。 

百人一首にも袖を濡らせた人々がいます。
 

 見せばやな 雄島のあまの 袖だにも
     ぬれにぞぬれし 色はかはらず

                殷富門院大輔(千載集・恋四)

 
苦しい恋の歌なのですが、「見せたいわ」で歌がはじまるだなんて、なんだか可愛らしい人柄をのぞかせるようで好きです。
もうひとつ恋の歌。
 

 わが袖は 潮干にみえぬ 沖の石の
    人こそしらね かわくまもなし

                二条院讃岐(千載集・恋二)

 
偲ぶ恋の切なさは現代も同じでしょうか。
女性の涙に、今も昔も男性は弱いのでしょうね。
 

さて、それぞれにどんな六月を過ごしたのでしょう。
少しは思い出して頂けたでしょうか?
そうこうする間に、すぐ八月が迫っていますね。
月日が経つのは早いこと。
しかし時にはゆっくりと、振り返ることもまた一興。
 
 
 
 

参考図書:『評解 新小倉百人一首』三木幸信、中川浩文・著 (株)京都書房
     『田辺聖子の小倉百人一首』田辺聖子・著 (株)角川書店
     『色々な色』 近江源太郎・監修 ネイチャー・プロ編集室(三谷英生、野見山ふみこ)・構成、文 (株)光琳社出版
    『色の名前事典』福田邦夫・著 (株)主婦の友社
 

 

フーコーフリコと私。

風光:景色、ながめ。
風向:風の吹いてくる方向
フーコー:フランスの物理学者
降る:空から落ちてくる。たくさん集まる。
振り:すがた。挙動。それらしく装うこと。
言:ことば。口に出して言うこと。
振り子:重力の作用で、左右同じ距離にゆれ動くようにした装置。
フーコー振り子:国立科学博物館(本館正面階段脇)で今もずうっと回ってる。


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