詩集 橋上譚 (抜粋)





秋田大橋の下で

川面に絡みつく日だまり
反射し
解体途中の橋脚で
揺れている

両岸の堤防に囲まれた逆円錐台の
小宇宙
の底
河川敷は
三月の遅すぎた雪に覆われ
平面的になっていた

  (その中で私は一つの点)

  そがれた橋脚の先 その隙間から射す斜光
  が楕円状になって届くあたりでたっぷりと
  時間を含んだ記憶や埋もれてしまった感情
  または地の虫たちが うごめく

いつものとおり流れる川に
解体途中の剥き出しになった橋と
新しい橋が並び
橋脚は
立ち尽くす
河床に踏ん張り
川面を割きながら
行き交う人々の思いを繋げるために
ただ
立ちつくしている
たちつくしてきた

  (その下で私の記憶は繋がる)

  河川敷を駆けまわる幼子たちの声に似た
  風切る音ザオザオと耳元で鳴りはじめると
  陽が翳り出し斜光が淡く消えていった






河口

雄物川の河口は
三月の
季節に似合わない陽射しに温められて
うみ風
かろやかに舞いあがる
砂に埋もれかけた布の切れ端が
ばたつき
流されてきた木片が
川と海がぶつかり合うあたりで
揉まれ
海へ出ることを躊躇している


  何度ここに立っただろうか
  少年のようにもがいていたとき
  であったか
  少女のように夕陽に憧れていたとき
  であったか
  今の自分の  
   始まりの位置を決めたとき
  であったか

  河床を這うように
  私の時間は流されて来た
  凝固する過去形の
  此処とか何処かが絡み合って
  言葉に出来なかったもの
  見えなかったものたち

  あの木片のようだ

  海になれず川になれず

  そんなものさ

ゆっくり廻る風力発電の風車を背に
釣り人の影が弧を描いて伸びる
私の影ももう一つの影も
河口の向こう岸へ伸びる






橋上譚 -秋田大橋-

たそがれの橋を
淡く滲んだテールランプの光が
歩道の脇を流れてゆく
向こうの岸へ何を急ぐのか

  人びとは この橋を渡れば何かがある
  と信じていたのかも知れない 今の橋
  が出来る前の元の橋の頃から 橋が架
  かっていなかった時代から 川を越え
  て行かなければならないと意思を強く
  していたのかも知れない 渡ることで
  迷いを振り切ろうとしていたのか 
               何からの

  その先に生があったということはこち
  ら側でも生きてきたということだ 朗
  々とした声音のようにか 翳を抱えて
  か 生を生きてきた 無意識の中で人
  であり続けた      そして今も

  あちらこちらの時間に仕舞い込んで
  行方知らずになっていた数々の記憶が
  どうということのない日常的な繰り返
  しの中に沈潜してしまったものたちと
  溶け込んで その先から逃げ出せない
  でいる 例えば向こうの岸 あるいは
  振り向いた時にあるはずのわずかな時
  間の私の原野とか その原野が無けれ
  ば悲しすぎると思ったことに嫌悪した
  時代 そのもの        たち

妙に懐かしい雄物川河口の
かすかな潮の香りを巻き込んで
次から次へと車が向こうの岸へ向かい
ひとつひとつのテールランプが
水銀灯の影と重なり流れて消える
それを
歩きながら
見やる






河川敷

湿気の多い朝であった
川向こうの街は霞み
橋の先も
鉄橋を渡る貨物列車の音も
霧に中に消えてゆく
河川敷には
いつも居るであろう犬も人も無く
お地蔵さんがぽつんと昔のまま
居る


  あの頃
  と君が言ったのは
  いつの頃のことであったのか
  聞き返すこともなく電話は終わり
  事案は過ぎ
  そのことさえ忘れた

  お地蔵さんと
  片方の耳が欠けた兎の遊具
  陽を遮る木もないただ広いだけの草はら
  ここで遊んでいた頃からの時間が
  そのまま君の中で
  ずっと続いていたのかもしれない
  壊れた兎のままだったか
  お地蔵さんは色の褪めた赤い頭巾を被っ
  ていたか
  君の中で
  
  私の中で


河川敷は何回かの大雨で冠水し
時間が過ぎ
遊具は取り替えられ
時間も過ぎ
お地蔵さんはそこに居る






渡る

長い橋であった

形も
かすかに揺れる様も
雄物川にある橋と似ていた
川の形
河口側にも架かる橋のあり方さえ
似ていた

  橋のたもとに住み始めたころ
  初めて歩いて通った橋は
  鉄骨の塗装が剥がれ錆が見えていた
  溶接部
  繋ぎ止め重ねあう筋交いあたり
  塗り重ねられて溜まった塗料コブが
  奇妙な色に光り
  車が通るたび
  かすかに揺れた

  記憶

  幾年か渡ったあと橋は架け替えられ
  経路も変わり
  堤防の中を行くサイクリングロードも
  河川敷の遊び場も
  姿を変えた
  橋の両側の家並は街になり
  国道は県道になった

  そのことを君達は知らない

  繰り返されてきた日常や
  思い出せない事柄
  他人事のように思えていた時間経過

長い橋であった








この日も
雄物川に朝霧がたった
幾時間か
川面を這って湧き
横切る風の流れに巻き上がり
人々の朝を閉じ込めるように
あるいは華やかに映えるように
細い小路の奥まで
白く淡く覆った

  また一日が始まったと思うことへの
  軽い後ろめたさと自省を意識しながら
  起きる
  今日だって

  朝はこんなにも時間に圧され
  押されて
  物憂く重なっている

  川の淵に引っかかっている脱色したビニール屑

  垣根に絡みついたカラスウリの枯れた蔓

  と

鳥の声に気付いて見上げると
六羽の白鳥が飛んでいた
物悲しく二度三度鳴いて
向かいの小路から旋回し
商店街の屋根を横切って飛んで行った
後追いでぐるりと廻って見送る私を
バス停に並ぶ子供たちが遠慮がちに笑う
笑っている
朝霧も白鳥も見慣れている子供たちは
はしゃぎまわるわけでもなく
バサバサと思いのほか大きい羽音にも
さして気にならないふうに
ちょっとだけ首を傾けて見るだけだ

この日も
当たり前のように朝が始まり
また一日が始まったと思うことへの
軽い後ろめたさと自省を意識しながら
六十回目の歳の朝の
一万数百回目の足を仕事先へ向ける
今日が特別な日でもなく一万数百回目のいつもの物憂い朝でしかないと
少しばかり思うことさえすれば
それはそれで特別な日になり得てどこかで身構えている
もしかして今日は
何か特別な日なのかもしれない

しれない






花輪沿線

待つ
待っている
十九時四十八分着
花輪線の
とある駅の改札口で列車を待っている

  吹雪やまず

  渦巻き舞い上がり踊る雪の粉
  街灯の輪を浮きあがらせて
  なお狂う
  狂う
  その輪の端から端へ
  背中を丸めた酔い人が
  すり抜けて行った
   車のライトも影を作りながら
  闇へ後追いして行った

不意に待合室の扉が開いて
待っている人の目がその方向に揃うと
入ってきた老婆が
申し訳なさそうに目礼をしながら
静かに扉を閉める
一昨年
この地で亡くなった叔母の
きりりとした横顔と品の良い物腰に
似ていた

  吹雪やまず

待つ
待っている
乗ってゆく人 列車を
列車を待つ人 人を
住みはじめたばかりの花輪線の沿線で
いつの間にか私も
列車の時刻表に組み込まれて
そう在る
そう居る






花輪沿線(2)

起伏のある
坂道の多い街であった


  坂の上に住む人々が毎日往来する坂道
  
  足元に広がる街並みを見ながら下り
  道端の草を見ながら上る
  一日
  七日
  三十日
  一年
  嫁いできてから五十二年
  毎日がこの繰り返しだよ
  と
  市場の老婆が豪快に笑った
  下りることで一日が始まり
  上ることで一日が終わる
  ほおかぶりをした隣りの老婆も
  そう言って頷いた


この街
坂の下で生活を始めてから

坂を上って
薄暮
街へ下りる
曲がりくねった道を辿り橋を渡り花輪線の踏切を渡り
時には大通りを越えた向かいの坂道を上る

名前のある坂ない坂
季節の区切りに埋もれることなく日常そのままの坂



立ち止まって
あらためて振り返ると
街はどの坂道からも見えていた






花輪沿線(3)

角を曲がって小路に入る

間口わずか二間
奥行きの長い町家が
この町にも連なっていた
隙間のない互いの側壁が
降る雨
屋根から滑る雪を拒み
人々の生を囲んで
几帳面に時間を刻んできた
のか


  その小路を
  流れの速い大堰が横切る
  酒酔い人の顔を映しながら
  どこから流れこんで
  どこへ流れてゆくのか
  そんなことを
  聞く人もいないから
  誰も語ろうとしない
  おとぎ話のように
  望んだ時間が流れてくる訳でもないから
  そこに造られた歴史も
  時間も
  黙し
  流れているだけだ


角を曲がって通りに出る

柔らかい抑揚の
鹿角なまりが飛び交う一角
今日は市日であった
こみせ跡の
細い柱にもたれかかった売り子も
品定めする客も
あちらこちらの顔も声も
共に老人で
ここもまた
今日を重ねている






帰り道

帰りぎわ
小路を繋ぎ足すように
町を歩く
降り注ぐ大きな雪片を浴びながら
巡り


裏手の
米代川から発生した冷気が
細い路地を覆っていた
崖地
坂道
行き止まり
の地形に沿って建ち並んだ家々は
降りつむ雪抱え
時間の隙間に季節を挟み入れて
静かに
在った


そういえば
外壁の板にヘばりついて
きぜわしく揺れる
鱗のようなペンキのめくれ
あるいは
時として風切る音が耳につくときの
妙な気恥ずかしさのような
そんな
遠い昔の記憶に似ている街並み
分岐するあたりで立ち止まる
立ち止まることで
いや
立ち止まることの意味合いなど
何もないのだが
背中から射す
街灯の輪に舞う雪の影に
惹かれていた
流されてゆく時間の不安定な位置とか
重さ長さ広さ形など
賑々しく思い巡るものたちから逃れて
見ていたかった
まるで7
空回り
しているかのように
帰り路
継ぎ足す小路を見つけ
佇む






盆の踊り

心を沈め
踊りが終わったことを確認している
ふっ と
時間が切り替わる合い間で
うつつに戻れるかのように

  祖母が着付け
  母も着たであろう端縫いの着物
  赤いしごき
  鳥追い笠に似た編み笠を被り
  限られた視野から
  別世界を追うように
  輪踊りが続く
  揺れるかがり火と
  地面を擦る乾いた草履の音
  笛と三味線が
  哀しげに
  響き続ける

  遠くから流れ続けてきた血が
  優雅に指の先を動かすのか
  心躍らすのか
  左足に右足を交差させ
  左回りに身を廻すと
  長く垂れたしごきの端が
  腰の周りを後追いし
  時間は流れ

  そうして
  今があることと
  当たり前であることが
  継承される

何事も無かったように
足早に帰ってゆく人々の
長く伸びる影
小路に響く嬌声と摺り鉦の余韻
みんな
ゆらりゆれて
私の影に重なる






鎮魂 -石巻城址で-

言葉は無かった

そう

言葉は無かった

城址から見下ろす情景は
道路と家屋の基礎だけで
それが街であったことをあらわしていた
八ヶ月前のあの日
何度も何度も見た画像の

あの日の街

押し寄せる怒涛に流され消える家
棺の並んだ映像と積み上げられた車が
ネガフィルムの中で反転し続けて
交錯する

   言葉を吐くことはなかった
   吐けずにいた

   そのことに苛立っていたが そんな苛立ちは
   直面した事実の前では些細で貧弱でちっ
   ぽけで何の役にも立たない感情でしかな
   かった
   重すぎて あの日 生きてきた時間と止
   まってしまった時間とのわずかな狭間で
   人びとが言葉を発しあるいは恐怖で凍り
   ついたまま叫び 全身全霊まさに力の限
   り声を張り上げてもかなわず自然の力に
   飲まれてしまったのであれば ここに立
   っているだけの自分はどうであったか
   (何をしていたのか) 背中合わせの日本
   海側の地で激しい揺れに怯え慌て身の回
   りの範疇で 生 震えて我意に添っていた
   あの惨めな”確信”をどこに位置づけようか

高台を東に歩を進めていると
消えた街に向かって
オカリナを奏でる女の人がいた

譜面台には少女の写真が留められてい






ウミネコ

三・一一の前年
女川の岸壁で
目の縁が赤いウミネコを見た

   目の縁が赤いことを初めて知ったそ
   の時から 鳴き声も歩く姿も閉じる
   眼もみんなボラードに付着し乾いた
   排泄物の白さに重なって過反応 
   嘔吐 それでいいのか キズカナイ
   ママデイレバヨカッタノカ


翌年
女川を訪れると
あの時まで蓄積されてきた日々の位置づけが
窪んだままの岸壁に刻印され
生を今を叫んできた人々の苦しみも
言葉を失うまでの哀しみも続いていた
人々の心がむき出しにされたような残骸の上に
ウミネコが止まっている
赤い縁の目で見ている
何もできない私を見ている






塑像

目深にかぶったポーラーハットの縁から垂れた
蜘蛛の糸が なびき
光を撚りこんでいる

誰もいない広場の真中


傾けた顔の頬あたりから
行方を捜しあぐねていた時刻

長い影が伸びる

  私も
  天空の下で
  枯れ枝のような線になる






時代

いつもの自分を保つことが出来た


美しく華やかに思っていた頃の
われわれ
もしくはその中の
一人


病的なまでにストイックな
自意識
いや
そこら辺に転がっていた安請け合いの
中途半端な気取り
誰もが
沈黙することや
饒舌になること
時には声高な吃音で
朗々と読み上げることも
大きな身振りで語ることも
さして苦にならずにできた
そうと気付くまでは


針金細工のオブジェに似て
束ねられた細い骨組みがむき出しであった


やがて
われわれ
もしくはその中の
一人
そして



   三月一七日
   朝のニュースで
   詩人Yの死を知る






静・その中で

そして
私の位置から
ワキ柱の厚みに隠れたあたりで
地謡方はそろって浅く息を吸い
整え
間合いの中で呼気に従って

を止めた

静かであった


座席の左後方から
しわぶきが二つ三つ重なって
周りがざわめく と
それにあわせたかのように
三間四方の舞台の端から
橋懸りへ渡るその手前で
ほんのわずか
シテのすり足が乱れた

  気付いたのは誰であったか


やがて潮騒にも似た衣擦れの音
さわさわ
揚幕の方へと遠ざかり
観客はみなその音を追いながら
数えあげられるだけの瞬きと時と
謡の言葉と余韻を
口ごもりながら確認している

静かであった


  確認していたのは私であったのかも
  しれない 観客を地謡方を静まり返
  った本舞台の空間を見ながら そこ
  に収まった自分を時間を追っていた
  のかもしれない それもまた私であ
  ったと思うことで 私はそこに居た






なつまつり

宵の口
囃子の音が
町家の軒に沿い
隣家の庭先をかすめ
地蔵尊の脇からやってくる
ちょっとした合間の風の通りのように
湧いては消え
かすかに流れてくる

ひとりよがりに組み立てられてきた
祭りの記憶が
あたり前のように過ぎていったものたち
避けてきたものたち
に混じって
修正されてゆく


山車がここに来るまでの間
例年(いつも)のように
記憶を整理しなければならない
源氏車(くるま)の軋む音や油の匂い
柳とツゲの枯れかけた匂い
武者人形のひん剥いた目玉の角度
陶酔する囃し方の顔
摺鉦の響き具合
篠笛の息遣い

そして
それを見ている
私の位置

どうだったのか

確かさは
時として不要なはずなのに
流れてくる音や匂いの所在が気になって
裏小路を抜け
山車の先に出ていた
あの頃
時は過ぎ思いも過ぎ
発酵した夏が残っている
はずだ


  小雨のなか
  神明さんの鳥居を横目に
  若者たちの曳く山車が駆けてゆく
  武者人形を照らす光のすじが
  スローモーションで流れ
  残影
  やがて闇に消える

  追いかけることなく

  見送る






石畳

山道(やまみち)通りに虹が立っていた。
訪れることの少ない小さな通りは
ケヤキの枝に覆われて
昔のように湿っていた。
片側に続く寺院
幾年か前に消失し再建された寺も
昔どおりに並んでいたが
焼け残った鐘楼が時間を止めていた。


  周りにいつも大人がいて
  それが兄たちであったと気付いたのは
  いつ頃だったか。
  毎朝行商に出かける母の後ろを
  なきながら追いかけていたのは
  いつ頃だったか。
  父と汽車に乗って遠くまで行ったのは
  だれの葬儀のときだったか。


日頃
繋がることのない埋もれた記憶が
石畳に響く足音に誘発されて
湧き出す。
繋がることも
記憶の断片と結びつくことも
望んでいないのに
前を歩く兄たちや
後ろに続く甥とか姪
重なり続く血縁者の声がして
独り言のような記憶が
繋がろうとする。


  裏の畑で
  まだ若い母と写っている写真は
  どこへ行ったのだったか。


石畳を終え
母を抱く。
壊れてしまわないように
抱えた指先にだけ力を込めてみる。
何もかもが詰まっているはずの
母の遺骨は
生きてきた時間のわりに
思っていたよりも軽かった。









わずかに開けた窓の隙間から
塵が
光の帯に薄く形を整えて
輝き
上下に揺れ

舞い
風が少しだけ整うと
導かれるようにして
大気へ吸われて行った


   どこかしこの記憶をかき集め
   時間を並べ替えながら
   昨夜から探しあぐねていたもの
   無くしてしまった黄色いボタン一つ
   言おうとしたのに口だけ動いて出てこなかった声
   人ごみの中に見かけた母の顔
   兄達と連れ立って角を曲がっていく父の後ろ姿

                 私はそこに居なかった

   無くしたはずの黄色いボタンを
   左手に握り
   砂利道の先を行く誰か
   を
   追いかけていたのは
   夢であった
   夢であることは
   夢の中で気付いていた

                     黄色いボタンは
                誰の服のものであったのか
                誰を追いかけていたのか


私の周りを舞う塵の動きが
窓枠の縁あたりで勢いを増し

この始まりから逃げるように
吸われてゆく






松風ざわめいて

生家を出てから緩やかな坂を上り
左手にある境内へ入る

遊んでいる子供も語らう老人の姿もなく
近くに見えた線路は
家並みに隠れ
参道両脇の狐さんの表情も
台座に刻まれた文字も
やさしく
丸く
苔色に染みて
風化
していた

  小高い松に囲まれたこの神社へ
  君達を何回か連れてきたことがあったのを覚えているだろうか
  ざわざわとびゅうびゅんと松風がうなり
  大きな幹が揺れていた
  君達はその音に驚き
  太い幹がゆらり揺れる様を怖がった
  二人とも両手で耳をふさいで
  何かを言った
  あのとき
  君達は
  何を言ったのか
  何を叫んだのか
  ずっとずっと訊ねることが出来ないまま気になっていた

  (なぜ?)

社も鳥居も狐さんの位置も
境内を抜けて旧道へ行く道筋も
そのままであった

鳥居を背にして
参道口への階段下りる
傾斜は記憶よりも緩やかで短く
手すりも低かった
と、
後ろから駆けてきた男の子と女の子が
軽やかに階段を下りて行った

  背伸びしながら 赤いてすりに左手を乗せ 継ぎはぎズボンに
  ゴム短靴を履いた何歳かの私が 軽やかに階段を下りて行っ
  た

  何かを言っているようだが聞こえない 潮騒のような松風がざわ
  めいて聞きとれない