<内容>
京都にある大学の文芸サークル“オンザロック”。彼らは元の病院を改装した“泥濘荘”に一緒に住み、学生生活を満喫していた。しかし、年末が差し迫ったころ、仲間のひとりが部屋のなかで首を吊った状態で発見され、さらには別の者が電車内で刺殺体として発見される。ひょっとすると首を吊ったのは、自殺ではなく誰かが殺人を偽装したのでは!? 小説家を目指す十沼京一は、事件の真相を突き止めようとするのであったが、“泥濘荘”で次々と殺人事件が起こることとなる。そして、事件が終幕へと迫る中、旅に出ていた森江春策が帰ってきて・・・・・・
<感想>
芦部氏のデビュー作。ひょっとしたら読んでいながら忘れているのかと思い込んでいたのだが、どうやら全く未読であったようだ。
大学生たちが共同で暮らすアパートのなかで起こる連続殺人事件。しかも語り手はミステリマニアで、ミステリ関連の薀蓄なども多々披露される。いかにもデビュー作らしい、若手が書いた新本格ミステリという世界に浸ることができる作品。
実は読んでいる時は、わちゃわちゃし過ぎているというか、オフビートとでも表現したらよいのか、真面目な感じで進行してくれないところに微妙さを感じていた。ごまかしているというわけではないのだろうか、どうもノリが軽いというか、しかもその軽いノリでどんどんと殺人事件が進行してしまってゆき、これでこの話は大丈夫なのかと心配までした次第。ところが終盤、探偵・森江春策が登場し、解決編へと入ると、これがしっかりとした解決がなされてゆくのだから驚かされてしまった。
正直、事件が進行している時は、これはきっちりとした動機とかそういったものは語られないのではないかと思い込んでしまった。それが思いもよらぬしっかりとした動機・犯行方法が語られてゆき、きちんとした本格ミステリとして完成されていることには、もはや脱帽。事件進行中のノリの軽さに、うっかりと騙されてしまったという感じである。これは予想外のミステリ作品であった。芦部氏の数ある作品のなかでもベスト3に入るくらいのできなのでは!? 未読の方は創元推理文庫から出たばかり(といっても1年前)の今のうちに是非とも読んでおいてもらいたい作品。
<内容>
慌てて乗ったバスの車内で殺人事件に遭遇した女学生・鶴子。探偵小説かぶれの鶴子は新聞記者とコンビを組んで犯人探しに乗り出すが、彼らの行く手に奇々怪々な連続殺人が待ち受ける!密室トリックに時刻表のアリバイ崩し、あらゆる仕掛けをちりばめた傑作エンターテイメント。
<感想>
史実と虚実が入り混じるなか事件が起こってゆくのだが、その史実を理解していないと歴史上の人物と作中人物がごちゃごちゃになり混乱を招く。自分はこの時代のことに詳しくないために、どれがこの事件のために書かれたことで、どれが史実として起きたものなのかを判別することができなくなり、混乱したまま読み進めることになってしまった。そのために所々に仕掛けられたトリックが解決にいたっても未消化のままであった。
なかにはトリックとして感心した部分もあったのだが、史実の紹介と入り混じり事件自体があまり強調されなかったように思えたために解決に至ってもハテ・・・・・・という感じになった。このごちゃごちゃとした文字で構成されたモダンシティの雰囲気を味わえる人であればそれなりにおもしろいのかもしれないけど、自分には肌があわなかったようである。
<内容>
大阪府知事候補の娘が誘拐され、身代金運搬役には無関係の青年が指名される。歯人は水の都市の構造を利用し捜査陣を翻弄。青年には殺人容疑の濡れ衣が・・・・・・。彼を救うために乗り出した森江は「もう一つの警視庁」の存在を知り、当時の連続怪死事件の解明をも背負い込む!
<感想>
本書は人によってかなり好き嫌いが分かれそうな内容である。といってもあくが強いとか、変な内容だというわけではない。小説として社会派の要素がかなり強いのである。話の内容は面白く、筋もきっちりしているのだがあまり謎を解くといった要素が強いようには思えない。“身代金の受け渡しはどのように行われるのか?”、“実行犯は誰なのか?”、“過去の連続殺人の謎は?”、“過去と現在がどこでつながるのか?”といったようなことがミステリーとしての焦点なのだが、どちらかといえばそれらも話の流れでしかないという感触である。であるからして本格ミステリといった内容を期待して読むものではないと思う。
ただ興味深かったのは“大阪府にあった警視庁”という存在について詳しく書かれている点については必見である。そのへんを中心に過去の大阪について詳しく書かれおり、なおかつ読みやすいので興味のある方はぜひとも読んでみるべきであろう。それでももう少し、華々しく派手な内容にしてもいいと思うんだけどなぁ。芦辺氏らしいといえばらしい作風なのだろうけれど。
<内容>
1930年代。創世記の伝説を探るためアララト山を目指した<ノアの箱舟探検隊>の飛行船。奇人学者や美人秘書、新聞記者ら一行を待ち受けていたのは絶滅したはずの恐竜と謎の部族、そしてスパイに連続殺人。
<感想>
話自体もなかなか面白く、楽しく読むことができた。「殺人喜劇のモダン・シティ」の場合は史実と小説の中での出来事の境界がよく分からなく、あやふやな感じで読み進めることになってしまったので面白さが半減してしまった。しかし、本書はある意味トンデモ本みたいなところがあって、非現実のことであるという前程で全編読み進めることができたので面白さを堪能できた。ちなみに、本編には史実も多々含まれているのだろうが、それも非現実のことだと流して読んだ。結果として自分的にはその読み方が正解だったような気もする。
単なる冒険物のような構成をとりながら、最後にはドーンと本格推理的なラストを迎えてくれる。その解決事態にも感心でき、なかなかあなどれない面白いミステリーに仕上がっている。ただ、最初に盛り上げたはずの死体消失事件があっさりと受け流されてしまったのには拍子抜けしたのだが・・・・・・。また、どうしても全体の背景というか基盤自体が偶像の産物であり、それにともなう事件などもふらふらしてしまいがちな感覚も全編に受けてしまう。まぁそれでもこんな作品があってもいいのかもしれないとも思う。
<内容>
「殺人喜劇の時計塔」
「殺人喜劇の不思議町」
「殺人喜劇の鳥人伝説」
「殺人喜劇の迷い家伝説」
「殺人喜劇のXY」
「殺人喜劇のC6H5NO2」
「殺人喜劇の森江春策」
<感想>
古い作品の再読。この辺の作品を読むと、昔は芦部氏も結構新本格ミステリ作家らしいものを書いていたんだなと感じられる。芦部氏の全体的な作品傾向を見ると、やや本格推理小説から外れていたり、社会派ミステリ色が強かったりというものが多いような気がするので、こういった作品は珍しく感じてしまう。
本書は副題にある“森江春策の事件簿”の通り、森江春策が経験する数々の事件が集められている。しかも、高校時代から大学時代、新聞記者時代を経て、弁護士となるまでのさまざまな時期の事件を取り扱っているゆえに、森江春策年代記といってもよいような作品集である。
「殺人喜劇の時計塔」は、森江春策の高校時代の事件。学校にある時計塔をメインに据えたアリバイトリックが描かれている。そのトリックそのものより、どうしてそのような状況になったかという過程が楽しめる内容。
「殺人喜劇の不思議町」は、森江春策が大学生のころ放浪をしていたとき、とある町で出会った事件。蒐集家による事件を扱ったものであるのだが、メインとなるのはその動機。本格ミステリというよりも、弁護士チックに事件を解決しているという感じの作品。
「殺人喜劇の鳥人伝説」 本格ミステリといえば、“死体は飛ばすのがロマン”と言われているが(言われてない?)、ここで飛ばすのは何も死体とは限らない。この作品でも見事な飛びっぷりが描かれている。
「殺人喜劇の迷い家伝説」はクイーンの「神の灯」をモチーフとしたような事件。ただ、メインはそこではなく、ちょっとしたところにあるという小ぶりな内容のような。
「殺人喜劇のXY」は、ダイイングメッセージもの。ダイイングメッセージのみならず、ビルの上から下までを駆け抜ける、類を見ないミステリが描かれている。本書のなかでは一番のページ数を誇る作品で、読み応えがある。
「殺人喜劇のC6H5NO2」 ここからはおまけのような内容。こちらは「毒入りチョコレート事件」のオマージュのような内容。芦辺作品のシリーズキャラクターたちが入り乱れての推理披露がなされている。
「殺人喜劇の森江春策」 こちらは、最初の「〜の時計塔」に対して、締めとなる事件を描いたもの。エピローグ的な作品。
読んでいて感じられたのは、結構普通に本格ミステリがなされているものの、状況把握がしづらいということ。前に起きた事象などが、まとめて語られるのではなく、会話によって語られることにより、余計な突っ込みや邪魔が入り、全体像が把握しにくくなっている。一応、作品の中盤くらいまで進むと全体像が見えてくるのだが、そこまでがやや取っ付きにくいかなと感じられた。
<内容>
架空の殺人事件をしたて、警察とマスコミがいかにして冤罪を作り出すか告発しようという無謀な計画。この企てに参加した鷹見は、DNA鑑定すら欺き見事に容疑者になる。しかし、彼に突きつけられたのは、まったく身に覚えのない女性殺害容疑であった。誰も取り合わない被告の言い分を信じ、戦後初の陪審制で行われる法廷にのぞむ弁護士・森江春策。民主的な裁判制度の復活に反対する勢力が仕掛けた壮大なトリックに、司法の命運を託された森江と十二人の陪審員はどう挑むのか。
<感想>
内容としてはなかなか面白く、ある種の完全犯罪計画ともいえよう。その矢面にたつべき立場の鷹見の二転三転していく状況がスピーディーに展開され、この大掛かりなトリックの企ての目的は何か? というところが大きな謎の一つとして話が進められ行く。
またもう一つの本書の特徴は法廷である。本書の後半では法廷における場面となっており、弁護士である森江の本業での勇姿がここで始めて読者にあらわにされる。さらにはただの法廷劇ではなく、陪審制度が用いられる法廷となっている。その陪審員制度における、成り立ちや優位さなどが説明されていて非常に興味深く読むことができる。しかしながら、小説としては“陪審員制度による法廷”であるべきものが“陪審員制度のための法廷”になってしまっている。後半の法廷場面ではどうも前半での謎がいかされず、異なる主題の別なものという気がしてしまう。なによりも不満だったのが鷹見に対する検察側の有罪弁論が弱いと思われることである。どうみても検察側が用意したもので直接と証拠となりそうなものはDNA鑑定のみ、と思えるのだ。であるからして、あまりその法廷における駆け引きというものが感じられなかったのが評価を弱めている。
<内容>
特撮映画の復活を試みた映画「大怪獣ザラス」。その製作は難航するものの、少しずつ撮影は進んでいく。しかし、ある日この映画撮影の初期の段階でスタッフとして関わっていたものが、顔を焼かれた死体となって発見される。その男は業界ゴロであり、撮影半ばに監督をはじめスタッフの大半を別の映画へと引き抜いていった男であった。その殺人の容疑者として、撮影の後を引き継ぎ映画監督となった男が警察に逮捕された。この事件の以来を受けた森江春策は無実を証明できるのか?
<感想>
うーーん、やっぱり、アリバイものは地味なんだよなぁ。タイトルからしてもう少し奇想天外のものを期待していたのだが、結局のところ普通のアリバイものであった。「歴史街道殺人事件」でも同じように感じたのだが、芦辺氏は作風が地味なので、内容までもが地味であると普通のトラベルミステリーのような感覚のみで読み終えてしまう。よって、どうしても読み終えた時の印象というのが希薄に感じられてしまう。
しかしながら、“何ゆえ、死体の顔が焼かれていたのか”とかアリバイトリックの成り立ちとか、細部に渡って計算されている作品であるということはよくわかる。とはいいつつも芦部氏の作品であれば、このくらいの水準で書くのはあたりまえと考えて読んでしまうのでどうしても高望みしすぎてしまう。こんな意見は贅沢なのだろうか?
<内容>
「真説ルパン対ホームズ」
「大君殺人事件 またはポーランド鉛硝子の謎」
「《ホテル・ミカド》の殺人」
「黄昏の怪人たち」
「田所警部に花束を」
「七つの心を持つ探偵」
「探偵奇譚 空中の賊」
「百六十年の密室−新・モルグ街の殺人」
<内容>
謎の無差別殺人鬼“殺人喜劇王”が跳梁跋扈する。無差別に次々と犠牲者を残酷な方法で殺害してゆく。一見、それぞれ関係のない者たちが殺害されたのかと思いきや、大手広告代理店の社員である稲賀剛士に関係ある者たちを手にかけているよう・・・・・・しかし、その動機はいったい? そして弁護士・森江春策もまた事件に巻き込まれ、“殺人喜劇王”の正体を暴こうとするのであったが・・・・・・
<感想>
久しぶりの再読。講談社ノベルスでリアルタイムで読んだはずなので、17年ぶりの再読となるはず。実はこの作品、当時読んだときにすごい面白かったという思い出があったのだが、今回再読してみたところ、そこまでではなかったような・・・・・・。たぶん、ミステリをあまり読み慣れていない人のほうが楽しめる作品ではないかということで。
ミステリ的な要素は盛り込み過ぎというくらい盛り込まれている。小学6年生誘拐事件から、レンタルスペースを借りる謎の作家、そして書籍のなかに存在する探偵と少年助手、さらには数々の陰惨極まりない殺人事件。途中、この殺人事件が長らく続き、徐々に“殺人喜劇王”の目的が明らかになってゆく。
この作品を読んで思ったのが、中盤のところが少々長すぎたのではないかということ。序盤に出てきた人物が、後半終幕直前になって再登場となるのであるが、その中間部分が長すぎて、サプライズ的なものを打ち消してしまっているように感じられてしまった。最終的に明らかになる仕掛けとかは、なかなかのものと思えたので、全体的にもっと締まった構成にしてもらえればよかったのではないのかなと。
ただ、今回これを読むにあたって、日にちをかけて少しずつ少しずつ読んでいくという読書方法がよくなかったのかもしれない。昔読んだ時は一気読みしたと思われるので、そういう読み方をしたほうが序盤と後半がそのままくっつくような感じになり、作品の面白さも増すのかもしれない。
<内容>
巨大な塔時計の一風変わった文字盤が見守る中、怪事件が連続する!和時計の刻む独特の時間は、事件と関わりなく流れているようでもあり、犯罪に荷担しているようでもあり・・・・・・。邸内を和時計に埋め尽くされた田舎町の旧家・天知家で、遺言書の公開と相前後して起こる不可能殺人。遺言の内容からは、殺人を起こす動機はうかがえないのだが・・・・・・。遺言の公開に訪れた弁護士・森江春策が、複雑に絡み合った事件の深層に切り込んでいく!
<感想>
金田一耕介を意識したような、田舎の邸宅に集まる一族、遺言状の公開、包帯男、そういった舞台の中で殺人事件が起きて行く。しかし前半ではあまり人物造形や人間関係の説明はなく、和時計についての説明に費やしている。そのせいか、人間関係の陰惨さなどはあまり感じられない舞台に思えた。
そして題名にもあるとおり、この話しの中心となるものは和時計。子の刻といった表現で現される、昔の時計である。興味深い部分もあるが、少々ややこしい。
そんな中殺人事件が次々と起き、森江春策の出番となる。不可能犯罪と銘打たれた密室殺人もあったが、それはあまり感銘を受けなかった。それよりも見所は、アリバイによる不可能犯罪のほうであろう。それぞれのアリバイの証言によって照らし出された時間の中から、誰がどのように犯行を行ったかを見出す部分がヤマとなる。これが今回の舞台をうまく利用しており、なかなか見事な推理が披露されている。
ただ、この作品のトリックはあまり計画的なものではないという点が不満だ。偶然性というか、
とある奇妙な空間のなかで事件が起きたために普通の犯罪が歪んで見えてしまった、
というように捉えられた。全く人の手が掛からなかったというわけではないのだがそれではちょっと・・・・・・。やはり作為的な意図があってこそ、不気味さや犯罪性が強調されると思うのでやや未消化気味の部分もあったのが残念。
<内容>
森江春策は殺人容疑をかけられた男の弁護を依頼される。その男は過去のある恨みから、被害者を殺害したいう容疑にかけられ、しかもその現場を目撃までされているというのだ。森江が事件を調べると次々とそれらに関連するような過去の事件が浮き彫りとなってくる。昔、その事件の被害者が関わっていたという河底トンネルでの殺人事件。明治時代に起きた外国人技師エッセルが遭遇した不可解な事件。そして、それらの事件は現代においてさらなる不可思議な事件へと発展していく事に!!
<感想>
芦辺氏はよく“都市”というものをテーマにしたミステリーを描いている。それは本書にもいえることであり、本書では過去から現在に到るまでの都市を社会派ミステリーと言っても良いほど色濃く描いたミステリーとして完成されている。ただ、その社会派的な部分や都市の描写などに多くのページが割かれており、いささか、その描写だけでお腹いっぱいと言う感覚にも陥らされる作品でもある。
一応は、明治時代に起きた事件や昭和40年代に起きた事件などとリンクした事件が現代に起きるようになっているが、ミステリー的なトリックとしてそれらがリンクしているというわけではない。どちらかといえば、それらは社会派的な内容に関する部分としてリンクしている(それも微妙かもしれないが)と言ったほうがよいであろう。よって、ミステリーとしてある意味別々の事件が起きているだけといえなくもない。結局それらがごったまぜになった感じで話が進行しているので、内容が濃くなっていると言うよりは話がややこしくなっていると言う風にもとることができる。
まぁ、ミステリーとしては良くできていると思わなくも無いが、もう少し整理してあっさり目に書いてもらいたかったというところ。というよりも、ミステリーであればそれに関する描写を多くしてもらいたいと言いたいところなのだが、本書の形態こそがあくまでも芦辺氏の書きたかったミステリーということなのであろうからそれはしょうがないのであろう。
と、そんなわけで読み手を選ぶミステリーといったところで。
<内容>
「赤死病の館の殺人」
奇怪な館に迷い込んだ少女、七色の部屋をさまよう怪人、黄昏時の不可能犯罪、そして振りまかれる“赤き死”。
「疾駆するジョーカー」
深夜の山荘には血に笑う道化師が出没し、不可能犯罪を繰りひろげる。
「深津警部の不吉な赴任」
田舎町の警察を唐突きわまる死体と意外すぎる犯人が騒がす。
「密室の鬼」
完全な監視下にあったはずの密室では、嫌われるものの老博士が鋼鉄製のロボットに見下ろされて息絶えていた。
<内容>
グラン・ギニョール城に集った老若男女は、所有者の親族と友人、知人たち。それぞれが腹にいちもつを抱えているかのように、アマチュア探偵ナイジェルソープには映っていた。そこへ突如と現われた謎の中国人、そしてやがて雷鳴とともに事件が・・・・・・。いっぽう、ところかわって森江春策は、たまたま乗り合わせた列車内で起こった怪死事件に巻き込まれていた。被害者は域を引き取る直前、たしかに言ったのだ。「グラン・ギニョール城の謎を解いて」と。
<感想>
西洋の城にて惨殺劇が開幕される・・・・・・という本を偶然にも森江春策が拾うことになり、その“城における物語”と“森江春策の現実における事件”とが交互に語られていく。そしてそれら二つの物語はいつしか・・・・・・
という展開なのであるが、その“グラン・ギニョール城”にての殺人劇というものが実につぼにはまる。西洋におけるいかにもという怪しい古城において、閉ざされた部屋からの転落死、動く甲冑による殺人、密室殺人、と推理ファンを喜ばせる要素が満載である。そして物語の虚偽と現在とをつなぐ構成もなかなか優れていて面白い作品に仕上がっている。これは芦部氏による十分な野心作であるといってもよいであろう。
しかしながら、気になる点はよくよく全編見渡してみるとオリジナリティに欠けている様にも感じられる。物語の構成では作中でも語られているように久生十蘭のとある作品を踏襲している部分もあるし、城での殺人におけるトリックというものがカーの作品に出てきているトリックの使いまわしのようにも感じられる。結局はなにか全体的に継ぎはぎめいたような感触がしてしまうのである。
とはいうもののあまり余計なあらを探すようなことはせずに、この作品一つとして読めば面白いことは確か。肩肘張らずに“グラン・ギニョール城”への招待を素直に受けてみるのが良いのであろう。
<内容>
閑静な地方都市、Q市。だが大それた犯罪が、市民を街を司法当局を未曾有の大混乱に陥れいてた。そこに燦然と現われた“乙名探偵(おとなはるただ)”、人呼んで《名探偵Z》が人の迷惑省みず、卓越した推理で快刀乱麻と事件を解決する! そんな大活躍を嘲笑うかのように、敢然と闇夜を闊歩し挑戦状を叩きつける名探偵Zの最大の強敵《少女怪盗Ψ》! 両者の対決は果たして如何ばかりなものであろうか!! 不幸にも彼らの巻き起こす大事件担当にされてしまったQ市きっての名捜査官、仙波警部らの心労や如何に!?
<感想>
読んでみると、どうも通常の推理小説では使えなくて没になったネタを利用するための荒業としか思えない本書。しかしながら、ここまで十編も二十編も書けば、さすがに恐れ入る。ただし、このような内容をやるならば逆に探偵はあくまでもまじめに貫き通すというスタンスをとったほうが良いと思う。へたにオチャラけてしまうとそれだけに偏った感じに見えてしまう。ふざけるときは、まじめにふざけるのが王道ではないだろうか。
それでも本書に対して評価をするならば、これはミステリーの“ウルトラQ”である!! といいたい。(そうか??)
<内容>
市内で核廃棄物の問題が持ち上がる中、自治警特捜は市民ボランティア団体と核廃棄物を運んでいると思われる列車を見張ることに。しかし、その列車が監視をしていた者の目の前から突如消えてしまったのだ! そして、その核廃棄物を手に入れたもの達は、それを利用して大都会の真ん中に空白を作るという荒業を・・・・・・
<感想>
前作「死体の冷めないうちに」に続く自治警特捜・第2弾という位置付けのシリーズもの。前作では連作短編の形式のためか、あまり伝わってこなかったのだが、本書ではこのシリーズが善の組織と悪の組織の対決を描いた“特撮もの”であるということが前面に押し出されるように書かれている。
いや、ここまでぶっちぎってくれると実に面白く、とにかく楽しく読むことができた。悪人達が核廃棄物を奪い(それも列車強奪トリックを使い)、そしてその“物”を使ってさらに空前絶後というような展開を見せてくれる。その行為を阻止せんと主人公チームが対向していくのだが、これが江戸川乱歩の“少年探偵団シリーズ”のように、主人公達が有利になったり、悪人達が有利になったりと入れ替わり立ち代りの連続が続く闘いを見せてくれる。
とにかく全編にまといつくようなB級の(褒め言葉)ノリがなんともいえなくて良い作品である。
最後に一つ注文したいのは是非ともこのシリーズを続けてもらいたいものの、まだキャラクターがあまり固定されていないというところが弱く感じられた。もう少し、各キャラクターを作りこんで、第3作、第4作とこのままの“特撮もの”のノリで本を書いていってもらいたいところである。これは映像化されても面白そうな作品ではないだろうか。
<内容>
昭和十二年、商都大阪。とある薬問屋の跡目をめぐる争いの中、招かれていた金田一耕介の目前で怒る殺人事件。ところが不可解なことに、殺人者も死体も現場から消えうせたという。金田一は事件の捜査に乗り出し、事件は終幕を迎えたかに見えた。一方、これを新聞記事で知った明智小五郎はある行動を開始した。
探偵小説の名手がおくる、パスティーシュ・ミステリの白眉。他六編収録。
「明智小五郎対金田一耕介」 (書き下ろし)
「フレンチ警部と雷鳴の城」 (「ミステリマガジン」2001年4月号)
「ブラウン神父の日本趣味」 (原書房「贋作館事件」)
「そしてオリエント急行から誰もいなくなった」 (「ミステリマガジン」2002年1月号)
「Qの悲劇 または二人の黒覆面の冒険」 (「ミステリマガジン」2002年5月号)
「探偵映画の夜」 (「ミステリマガジン」2001年11月号)
「少年は怪人を夢見る」 (PHP文庫「変化 妖かしの宴2)
<感想>
パティーシュミステリという言い方よりも、パティーシュそのものか。ミステリの形態をとってはいてもどちらかといえば、探偵たちの研究書的な部分が色濃く見える。であるからして、探偵たちの活劇を楽しむというよりは、その探偵たちの背景をもっと詳しくというような具合にある程度詳しい人でないと楽しめないという部分も弱冠あるのかもしれない。
といったなかであっても、「フレンチ警部と雷鳴の城」については内容もミステリそのものもかなり楽しめる。推理小説史上最も地味かもしれないフレンチ警部を登場させるところは芦部氏らしいといえるかもしれない。その登場人物らをうまく出し切って語られるミステリはなかなかの出来になっている。内容に触れてしまうと、あれこれとネタバレになってしまうのであまり語らないことにする。
その他では「少年は怪人を夢見る」が物語として面白い。誰もが知っているかと思える“彼”の話であるので十分に堪能できるものであろう。内容はショッカーが人格を持ち“一怪人”になっていくかのような過程が魅力的である。
その他、少々パロディめいた趣があるのだがそれぞれ楽しめる内容となっている。ぜひとも懐かしき探偵たちの群像を思い出してもらいたい。
<内容>
「殺しはエレキテル」 (小説宝石:2001年4月号)
「幻はドンクルカームル」 (小説宝石:2001年8月号)
「闇夜のゼオガラヒー」 (小説宝石:2001年11月号)
「木乃伊とウニコール」 (小説宝石:2002年3月号)
「星空にリュクトシキップ」 (小説宝石:2002年8月号)
「恋はトーフルランターレン」 (小説宝石:2003年2月号)
<感想>
時代は江戸。巷で起こる不可思議な事件を蘭学者であり医師である曇斎先生こと橋本宗吉が謎を解いていくというシリーズもの。コミカルな捕物帳シリーズ作品。
江戸時代の背景の中で、まだ伝わっていないような科学トリックを用いた事件の構成がなかなか面白い。とはいうものの、比重としては物語に傾きがちでミステリー色は少々薄くなっている。そのなかでミステリーとして成立していると思えるのは「幻はドンクルカームル」と「木乃伊とウニコール」の2編。この2編は設定を十分に生かした作品であるといえよう。
その他の作品はミステリーというよりは時代劇に近いように感じるものの、史実の登場人物も多数出てきている連作短編なので続きが気になるシリーズである。
<内容>
時の権力者により造られた人工の楽園“大観園”。そこに集められた数多くの少女達。その“大観園”ができたとき、ひとつの書簡が届けられた。それは詩文のようでもあり、何を表しているのかわからないのだが、何か不吉な予感が秘められているようで・・・・・・。そしてその予感どおり、書簡の内容に書いてある通りに次々と起こる不可能殺人。いったい誰が、何のために?
中国の奇書「紅楼夢」を舞台にした、殺人劇がここに幕を開ける。
<感想>
読み始めたとき、これは“創りもののミステリ”であるなということが感じられた。中国のとある場所、そこにまぎれも無く“人の手によって造られた庭園”。そこで次々と起こる殺人事件。登場人物が次々と殺されるものの、正直言ってひとりひとりを誰が誰で、どういう背景で、どういう出自でという事を把握しきることはできなかった。海外もののミステリーは、よく登場人物を覚えることができないといわれるが、中国を舞台にしたミステリーも同様のことが言えると思う。似たような感じ2文字を並べられても区別がつかなかったり、ましてやそれを読むことができないと頭のなかに入ってくる事を拒みさえしてしまう。
そのような背景であったが、私はこの作品を読んでいる最中に「これはいちいち登場人物を把握する必要はないのでは?」と考えた。なぜならば、この作品はあくまでも“人工の庭園の中の事件”であり、血のかよった物語ではない。そう考えて、犯人や動機を漠然とであるが自分なりに検討をつけてみた。その予想があっていたかと思いきや・・・・・・そういうわけではなかったようである。
では、逆にこれが血のかよった物語として、登場人物ひとりひとりに思い入れを抱きながら読まなければならない小説であると言われれば、それには抗したいものがある。なぜならば、登場人物ひとりひとりに対する思い入れを描く作品であるというのならば、それをこの作品だけで語りきるには、あまりにもページが足りないといえよう。そこに登場人物それぞれに対する思い入れを解決に用いられたらどうであろうと考えてしまう。
ただ、実際には本書は元となる「紅楼夢」という作品があり、そこに登場している人物を描いているようなので、その作品を知っている人であれば、本書に入れ込むことはさほど難しくないのであろう。また、芦辺氏自身も、この「紅楼夢」の物語をベースとしたミステリを描きたかったと言っているので、本書が血も肉も要した、あくまでも“創りものの舞台ではない”といわれれば、それまでである。
本書において、“創りもの”であるか、“血のかよったもの”であるかという論議は重要なことであると私自身は考える。そのとらえ方によって、本書を読んだときに見える風景というのはまた違ってくると思う。しかし、そう考えてしまうと本書に対する評価というものが非常に難しくなるから困ったものである。
ただし、本書の内容・結末はそうしたもののみにとどまったものではない。著者の仕掛けは、上記に述べた私の考えをはるかに飛び越えて、別の見方による解というものが用意されている。それがまさしく、この「紅楼夢」をモチーフとしてミステリとして昇華させたかったという著者の動機そのものなのであろう。
色々考えされられ、かつ感心させられるという一風変った内容の濃いミステリであった。
<内容>
大阪の道頓堀川の上流から手足を切断された女性の胴体のみが流れてきた。そして、別の現場にて、その胴体の首が現われたかと思いきや消失するという騒動が起こる。さらには、大阪のある意味有名ともいえる場所で次々と発見される手や足の一部。しかし、その見つけられた人体の一部は・・・・・・
キャリアでもノンキャリアでもない“準キャリア”という立場から捜査する梧桐警部が活躍する都市型警察小説。
<感想>
バラバラ殺人を用いたミステリーが描かれてはいるのだが、どちらかといえば本格推理小説というよりは社会派小説の方向に傾いた内容となっている。
本書にて著者が描きたいと思ったことは、誰がどのようにして犯罪を犯したかというようなことではなく、大阪という都市が今までどのような事をおかしてきて、今に到るのかという事のようである。
さらには、そういった過去の問題だけでなく、現在の社会が抱える問題、特に本書ではインターネットを利用したちょっと変った形式の犯罪(正確には犯罪そのものと言うよりは、犯罪をとりまく事情と言ったほうがいいのかもしれない)を描いている。
まぁ、全体的に非常に興味を持つことができて、それなりに面白く読むことはできた。ただ、短いページ数のなかで色々なことを書きすぎたのではないかなとも感じられた。さまざまな事象を一つに詰め込むよりも、タイトルが示す“切断都市”という事だけを主として、もうすこしミステリー色を濃くして書いてもらいたかったところである。
ミステリーファンのための一冊というよりも、大阪の文化に興味のある人に薦めたい一冊。
<内容>
森江春策に老富豪が遺言状作成を依頼してきた。一通り話し終わった後、その老人は衆人環視の中で袋小路へと入って行き、そこで何者かに殺害される。しかも、老人の後にその袋小路に入ったものが誰もいないはずなのに!
森江春策は老人が置いていった一冊の書物を読んでみることに。その書物には時代も国もバラバラの冒険譚が描かれていた。この書物の謎を解き明かしたとき、森江は老富豪の殺害事件の真相に気がつき・・・・・・
「新ヴェニス夜話」
「海賊船シー・サーペント号」
「北京とパリにおけるメスメル博士とガルヴァーニ教授の療法」
「マウンザ人外境」
「ホークスヴィルの決闘」
「死は飛行船に乗って」
<感想>
現代において不可能犯罪が起き、それを一冊の書物をヒントに事件を解くという内容。ただし、その一冊の書物には6つの時代も場所も違う物語が入っており、そのひとつひとつがミステリーとして成立したものとなっている。
という凝った作りの連作短編集なのであるが、正直言って読みづらかった。それは内容云々という事ではなく、時代を遡った短編のひとつひとつが他の作品と全くリンクしていないので、一つ読んで次の作品を読むときには、また最初から構えなおさなければならないからである。せめて共通の登場人物でも出してくれればもう少し読みやすいと思えたのだが。
その過去に遡ったミステリーをヒントとして現代の謎が解かれるというのはなかなかの発想であると思える。とはいえ、違った見方をすれば強引にこじつけているとも思えなくもない。意図は面白いと思えたものの、結局のところ短編という形式にしてしまったがために、全体的に薄味になってしまったという気がする。短編一つ一つとしても、もう少し濃い目の内容のほうが良かったのでは、と感じられた。
<内容>
「少年探偵はキネオラマの夢を見る」
「幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎」
「滝警部補自身の事件」
「街角の断頭台」
「時空を征服した男」
<感想>
森江春策が少年時代から現在に到るまでの数々の活躍を描いた作品集。巻末には各作品と時系列を表した年譜もついている。
「少年探偵はキネオラマの夢を見る」
乱歩を意識したような作品。まるで少年探偵と怪人が闘いを繰り広げるような内容なのだが、実はその裏に・・・・・・という内容。趣向としては面白いのだが、あまりにも偶然性に頼りすぎているような気がした。とはいえ、隠された真相はなかなか目を見張るものがある。
「幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎」
“館もの”というよりも“アパートもの”とでもいったらいいのだろうか。アパートの中で起きた不可解な殺人事件と消える部屋。話の始まりにはSFとかメタの設定のように思えたのだが、実はそれらもきちんとトリックに組み込まれたものだった。なかなか驚かされる真相ではあるが、かなり説明がややこしい。ある意味、無茶な話とも思えなくもない。
「滝警部補自身の事件」
二つの事件が偶然にも結びつくという物語。あまりにも偶然過ぎて結びつくのも不思議なような気が・・・・・・。推理すべき事件というよりも、警察が担当する事件という感じ。
「街角の断頭台」
街中の袋小路の屋敷に突然首だけの死体が発見されるというもの。どこかで見たことのあるようなトリックではあるのだが、伏線といい整合性といい完成度は高いのではないだろうか。
「時空を征服した男」
最初に真相を聞いたときはよく出来たミステリだと感心してしまった。しかし、よくよく考えてみると整合性に問題があるような・・・・・・。とりあえずインパクトは抜群の本格短編推理小説といえるであろう。一見、実に優れた内容だと思わされた作品。
この本の最後の「時空を征服した男」でそれぞれバラバラであった事件について、それぞれの謎と、別の面からのアプローチがなされている。ただ、こういった部分は余計だったのではないかと思われた。個々の作品がそれぞれよくできているのだから、別に無理やり掛け合わせようとせずに、あくまでもそれぞれが単独の作品という事でよいと思われる。芦部氏の作品には各短編を最後に強引にまとめようという試みがなされていることが多いが、蛇足だとしか思えないのだが・・・・・・