MICO YAYOI 2巻 (No.4)


〜 超少女 弥生 〜

依頼人はアイドル!?


あらすじ

 大尊寺学園高校二年生の如月 弥生は、成績優秀、スポーツ万能で生徒会長も務める学園一の有名人。しかも強力な霊媒と透視能力を持つ特別な少女でもある。
その能力が見込まれて、あの世からひっきりなしに依頼人が訪れて事件の解決を頼まれている現状。
 その弥生がこの世で一番好きなのは、弥生の従兄弟で心臓に欠陥があり、入退院を繰り返している体は弱いが類い希なる美貌と明晰な頭脳を持つ透だ。透は弥生の霊媒能力を認めてくれて、いつも明晰な頭脳で弥生の手助けをしてくれる。
 そんなある日のこと、1人の美少女が弥生の目の前に現れた。3年前に飛び降り自殺を遂げたムリプロダクションの専属アイドル、岡野 有希子さん。彼女は弥生の力を借りて生きていた時にお世話になった人達に会いたいと申し出た。



1  ★ 屋上からの「声」 ★


−1−

─── やよいさん やよいさん 来て ───

 2限目と3限目の間の休み時間に、すっと一筋の光が教室の中に差し込んできて。まるで天使の甘い囁きのように、弥生の耳をくすぐった。教室の周りの空気が、微かに振動する。
 弥生の席の後ろの理恵も美佐もぐっすり寝込んでいる。起こさないように、そっと席を立って教室の外に出た。
 大尊寺学園の校舎は円形校舎と呼ばれていて扇形というかバームクーヘンを均一に5等分したような形の教室が中にあって、教室の後ろはぐるっと一周出来ちゃうベランダがある。
 学園の外に面した教室からは通行人が見える。円形校舎の円心の部分には1階から6階まで続く螺旋階段が続いていて、中学1年、

−2−

2年、と学年が下の方から順にfloorが割り当てられていて、一番上が高校3年生。
 弥生は高校2年生だから、普段は5階だ。調理実習とか、音楽教室、体育の授業の時には、別の校舎に移動する。

─── 早く来て やよいさん ───

 上の方から、声はずっと途切れなしに続いている。
 一つ上の高校3年生(受験生)に気を遣いながら、そろりそろりと螺旋階段を昇っていく。階段の色は深紅で手すりは深緑、この学園の理事長の趣味だろうか? と頭をかしげたくなるような色彩だが、それはそれで放っておくことにして。
 声は明らかに屋上から響いていた。
 屋上の入り口に着くと、四方から明るい光が一気に差し込んできて。目の前がぱあっと照らされたような錯覚を覚える───。

−3−


 弥生は躊躇わずに、屋上に続く扉を開けた。
 円形校舎の屋上は丸くて、展望台のように四方が開けている。ところで、声の本人はどこにいるんだろう───とりあえず左回りに一周してみることにした。
 休み時間だけあって、下の方角からバレーボールをしている歓声が地上50メートルの屋上まで届いてくる。
 平日には珍しく、上空からはヘリコプターのカラカラという音が鳴り響いていて、肝心の「声」があまりよく聞き取れない。あなたはどこにいるんだろうね?

 そう思った時───。

 視界の端に、白いセーラー服姿の女学生の後ろ姿がちらっと映った。
 はっとそちらに目をやると、その女学生は振り返ってにっこりと弥生に微笑み返した。

−4−


「はじめまして、弥生さん」
 少し茶色がかった前髪を目の上まで垂らして、髪のサイドにふんわりウェーブをかけた、どこか懐かしい記憶を見る人に呼びおこさせる少女だった。目は長いまつげがくるんと上を向いて、とにかく愛くるしい黒目がちの潤んだ瞳。
 初々しい印象を与える、小さめでピンクのROUGEを淡く引いたような唇。
 ちょっと上を向いた、生意気そうで知的なイメージを人に与える鼻。
 そして、肌が透けるように白かった。
 シミもそばかすも一つもない、弥生も負けそうなくらい綺麗な素肌。
 化粧品のイメージキャラクターにすぐにでも使ってもらえそうな、ブラウン管からそのまま抜け出してきたような女の子。

「はじめまして、私は如月 弥生。あなたは生きている人? それとも向こうの世界の

−5−

 住人? 初めに確かめておきたいから、今わざと聞いているの」
 少女の目を凝視しながら、ちょっと意地悪く聞いてみた。

 白い夏服の彼女は、少しうつむいて白い上履きをはいた足下を見つめた。その小賢しげに尖った白い顎が印象的。
 屋上の手すりに手を掛けたまま、呟くように小さな声が漏れた。

「わたし、岡野 有希子。あなたと同じ17才だった」
 そう言って、その細い顎を上げて、雲一つない空を見上げた。
「そう……17で自ら命を絶ったの」


2  ■ 依頼人はアイドル? □


−6−

 「やっぱり……」
 今回の訪問者は、ちょっといつもと変わっていた。なんて表現したらいいんだろう。
 浮き世離れしたような……死んでるんだから当たり前なんだけど。

「私のとこに来るまでに、迷った?」
 思い切って聞いてみた。
「そう、3年くらいかかったの、自縛霊になりかけそうなところだったのをみんなが助けてくれたの。まだパワーがあるうちに、弥生さんのところに行けって」
「みんなねぇ……」
 ふうっとため息を吐いた。

 あまり深く考えると、こっちまで怖くなってきそうなので、それ以上聞くのはやめた。
「それで、いったいあなた。どうしたいの?」

−7−

 少女は少し躊躇っていた。
 しばらく足下を見て考えた後、きっぱりと弥生の方を向いて。
「この世界にやっぱりまだ未練があるの。かなえていない夢があって、それに……完全に向こうの世界に移行してしまう前に、会っておきたい人がいるの」
「それで、私のパワーをかりたいの?」
 美少女はこくりと頷いた。

「実は、私。ここの学園にいたの。あなたの3年先輩にあたるのかしら」
 屋上を一緒に歩きながら、少女がそう切り出した。
「校庭の風景も当時とひとつも変わらない。狭いテニスコートみたいなBグラウンドも。広い境内もちっとも変わらないし」
 そう言って弥生の顔を、きらきら輝く目で見上げた。

−8−

 抱きしめられたら折れてしまいそうなくらい華奢な体。
 そして、なんとも愛くるしいお顔。
 弥生でさえも、思わず見とれてしまうくらい表情に愛嬌がある。

「そんなに可愛いのに、なんで自殺なんかしたの?」
「ううん」
 きっぱりと首を振ってから続けた。
「実は私、芸能界でデビューして1年足らずで短い命を絶ったの。正真正銘のアイドル歌手だったの」


3  # 謎のアイドル ♭

−9−

「ねぇ、岡野 有希子って知ってる?」
 芸能人のブロマイドを交換している、教室の片隅に固まっている集団の中でクラス1の美少女、高見 花 織が近くにいたので、とりあえず聞いてみた。
「あ……確か、3年前に飛び降り自殺した新人アイドル」
「大規模なムリプロスカウトキャラバンで、5万人の中から選ばれた珠玉のシンデレラというのがキャッチコピーでさ」
「スタイルがいいとかじゃなくて、愛くるしい笑顔とちょっと知的なイメージが売りだったよね」
 みんなが口々に教えてくれた。

「で、確かこの学園出身で、売れ出したと同じ時期によそに転校していったとかいう噂も聞くよ」

−10−

 この学園で情報通の良輔がちょっと自慢げに口を開いた。
「でも、縁起悪いから、そんな話はよそうよ」
 その直後にチャイムが鳴り、みんな一目散に次の教室に移動して行く。
「弥生さんは、勉強ばかりしていて芸能界にすごく疎いから。そんな話、全然聞いたことがないんでしょ」
 花織が笑って廊下を駆けて行く。
「サンキュー。すごく助かる」
 そして内心、こんな可愛い子。一度、従兄弟で幼なじみの透に会わせておかないとね、なんて。

 あとで、透に何を言われるか分からないし。
 透は小さい頃から体が弱くて、特に心臓の持病が最近悪いらしくて、ここ数か月ずっと近くの病院に入院している。
 そろそろお見舞いに行かなくちゃね。
 久しぶりに透の顔が見たいな。


4  ♪ 透とアイドルご対面 ♭


−11−

 301号室「如月 透」と書かれた真っ白なドアをコンコンとノックした。
「弥生だよ。お見舞いに来たよ」
「どうぞ」
 珍しく、間髪入れずに中から透の優しい声が響いた。
 待ちきれずドアを開けると、いつもより元気な透の笑顔があった。

「透。この間会った時よりも元気になったね」
「うん。弥生、来てくれてありがとう。すごく嬉しい。その弥生の後ろの子は誰?」
「見える?」
「うん。今回ははっきり見える」
 透が笑顔で答えてくれた。
「だんだん、透視能力に磨きがかかるね」
「あはは、ダメだ。弥生」

−12−

 透がベットの上で、お腹がよじれそうな程笑っている。こんな透を見るのは実は初めて。
 さらさらの薄い茶色の髪が、白い病室のカーテン越しの陽射しを受けて眩しかった。
 いつも綺麗だね、透───。

「今回の子は可愛いでしょ?」
「うん。超かわいい。一体だれ?」
「元アイドルの、岡野 有希子さん」
「年末の紅白歌合戦に出たことあるんじゃない? ひょっとしてその年の新人賞総ナメだったりして」
 透が名前覚えてる、覚えてるというふうに楽しそうにしゃべる。クールそうな眼差しが、今日はちょっと茶目っ気に輝いて見えたよ。

「ずっと病室にいるから、最近テレビはよく見ているんだ」
 透がちょっと恥ずかしそうに照れ笑いした。
「はじめまして。弥生さんの従兄弟の透さん」

−13−

 岡野 有希子さんが、少し前のアイドルらしいスマイルでベットの上の透に微笑みかける。
「いや、どうも」
 透が目を細めて眩しそうな表情をした後、いつになく強い口調で間髪入れずに言った。
「正直言って、芸能界にまだ未練があるんだろう?」
 こくん、と頷いて、真剣な眼差しで透を見つめる岡野 有希子さん。
 弥生は、透の強い口調にちょっとびっくり。
 有希子さんのその円らな瞳は、心なしか潤んで見えた。
 一体、どうしてあげたらいいんだろう……。



5  Å 初恋の人 Å


−14−

「彼はアシスタントディレクターだったの。TVの俗に言うADさん、収録の時に優しく声をかけてきてくれたの。それがきっかけで仲良くなって……」
 岡野 有希子さんの瞳がだんだんと輝いてくる。
「局の廊下ですれ違った時に一言必ず声を掛けてくれたり、音声のマイクをそっと付けてくれる瞬間の眼差し。さらさらの髪が揺れてわたしの肩にそっと掛かって」
 そこで息を継ぐと、不意に切なそうな表情を浮かべた。
「でも、私だって分かってくれるかな? 怖がられないかな?」
 弥生はそっと有希子さんの小さな白い手を握りしめた。
「もう死んじゃってるんだもんね……わたし」

−15−

「大丈夫、弥生が一緒についていってあげるから安心してね。有希子さん」
 有希子さんが、やっとほっとしたように、潤んだ瞳のまま微笑んだ。
 岡野 有希子さんの細い肩を押すように、病院の入り口まで一緒に出た。
 透が、弥生がんばってねと言って、有希子さんに口ぱくで「悔いのないようにね」と微笑みかけた
 弥生は大丈夫と、うるさくないようにと、こっちも口ぱくで応えた。
 透の瞳にぽっと明るい光りがともって、何とも言えない心強い気持に不思議となれた。
 これからのこの事件解決に、弥生の心は透と同行だよ!

「Fテレビ局まで案内してくれる?」
  都内鳩マークの○優タクシーに乗り込んで、隣の座席にちょこんと座った岡野 有希子さんにこれからの行き先を尋ねてみた。

−16−

「新宿アルタ前まで」
 タクシーの運転手さんがどこから声が聞こえてきたのか? というふうに後部座席あたりを見回していたけれど、すぐに気を取り直して。
「アルタ前ね、すぐ着くからね」

 警備員さんの目をかいくぐるように、受付を通り過ぎようとすると、すぐに声を掛けられた。
「ちょっと、待って! あなたは誰?」
 変装用のグラサンを慌てて外して、
「岡野 有希子さんってご存じ?」
「あぁ、あの3年前に事故で……」
「そう! この女の子ね」
 3年前のアイドル専門のグラビア雑誌の、表紙を守衛さんに、ちらっとだけ見せた。
「不幸だったねぇ。いい子だったんだけど、いつも笑顔で私に挨拶してくれたよ。ほら、あの新人の子みたいに」

-17-


 キラキラの衣装を着た、今を時めくアイドル達が元気よいあいさつをして、次々通り過ぎていく。

「ADの真咲 学人さんに用事なんですけど」
「はいどうぞ。こっちね」
 なんだかあっけなく、通してもらえた。
 岡野 有希子さんの願いが通じたのかもしれない。
 よかったね。
 これで第一関門突破!
 こつこつとテレビ局の3階の廊下を歩きながら振り返ると、こころなしか岡野 有希子さんの顔が悲しそうで辛そうだった。
「大丈夫?」
 ADルームの前で弥生が立ち止まると、
「ダメ、心の決心がつかない」
 後ずさるように弥生の目を縋るように見つめていた。
「ここまで来て?」

-18-


「うん……自分でも情けないんだけど、もう死んじゃったから。私が岡野 有希子だって分かってくれないんじゃないかって……」

「後悔するんじゃない?」
「……」
 しばらく考えた後、
「きっと後悔すると思う」
 どこかふっきれたような口調で弥生の瞳を真剣に見つめる姿に安心して。
「そうでしょう? 思い切って行こうよ」
 と優しく後押しをしてあげる。

 うん、と涙で潤んだ瞳を上げて、岡野 有希子さんは、たった今開かれたばかりの白いドアの前に立って、おそるおそる一歩を踏み出した。
「あの……」
 懐かしい、少し鼻にかかった甘いミルキーヴォイスが広いADルームに響きわたった。

−19−


 すると、奧の方にいた、黒いトレーナーの袖をまくった肩幅の広くて若いアシスタントディレクターの1人が、びっくりして振り向いた。

「その声は……」
「真咲 学人さんですか?」
 弥生がすかさず声を掛けると、すっ飛んできた。
 音声の黒いコードを持ったまま、軽く息を弾ませている。
「ところで、君は誰?」
「巫女 弥生。本名、如月 弥生といいます」
「どこの巫女さん? 弥生さんっていうの?」
「はじめまして」
 さっと軽く握手を交わした。
「ところで、さっきの声は?」
 弥生は黙って後ろを指さした。
 そこの一角だけきらきらとした光りが一筋差していた。

−20−

「見えますか? 声の主が」
「どういうこと? 何を言ってるの、君」
 さらさらの長い髪をかき上げながら、少し不安そうな表情で弥生を問いつめる真咲さん。
「これから起こることに驚かないで下さい」

 しばらく経ってから、はいと真咲さんが答えた。


6  ∂  涙の対面  ∂

−21−

「覚えてくれていますか」
 一筋の光りからはっきりとした声が聞こえた。
「わたしの3作目のドラマ「禁じられた学園」の台本合わせの時に初めて出会って。それからずっと廊下ですれ違った時とか、いつも優しく声を必ず掛けてくれて……」

 真咲 学人さんが、あっと短い声を上げて思わず一歩後退した。そして、吹き上げる汗を手で拭いながら、その光りを直視した。
「覚えているよ……」
 そして、懐かしそうな微笑みを浮かべた。
「有希ちゃん……有希ちゃんだよね?」

 一筋の光りが一瞬のうちに、燦々と煌めいて陽炎のようにゆらゆらと恥ずかしそうに揺れた。

−22−

「やっぱり覚えていてくれたんだ」
「どうしてたの……今まで」
「1人で先に黙って死んでしまってゴメンね」
「一言、僕に悩みを相談してくれたらよかったのに」
 涙の静かに流れる音が、水の滴がぽたりとぽたりと雫ちるようにADルームに木霊していた。
「僕が悪かったのかな、仕事やなんやかんやで忙しくて構ってあげられなくなって」
「ううん。そんなことはないの。真咲さんは十分やさしくしてくれた」
「それじゃあ、いったいどうして?」
「自分で自分を追いつめてしまっていたのかな? 忙しくなって自分の時間が持てなくなって、だんだん正常でなくなっていくのが自分でも分かったの」
「それで、簡単に命を絶ってしまったの?」
「わたし、どうすればよかったのかな?」

−23−

「今からでも、間に合うのかな?」
 弥生のほうを振り向いて、必死で説得したいということを説明する真咲さん。

「期限は今日一日だけなんだけど、真咲さん。その先は、岡野 有希子さんは、ちゃんと1人で天国に帰っていかないといけないの」
「そんなに短い間だけなの? そうだ、有希ちゃん、ついでだから最後にもう一度TVに出演してみない?」
 その真咲さんの提案に、有希子さんは驚くことに素直にこくりと笑顔で頷いた。


7  【 最後のTV出演  】

−24−

 有希子さんが最初に連れていかれたのは、モリタさんのお昼の番組。「笑ってよろしく」の出演者控え室。
「有希ちゃん、さぁ入って」
 コンコンと軽くノックして、真咲さんが、先に有希さんをみんなに紹介する。

「3年前にムリプロダクションの屋上から飛び降り自殺をした、あのアイドルの岡野 有希子さん?」
 みんなが驚いて集まってきた。
「ああ、元気に笑ってるね」
「幽霊になっちゃったんだ?」
「すぐにモリタさん呼んでくるね」
 マチャアキがバックルームに呼びに行って、5分ほどして黒のスーツに赤のネクタイをしたモリタさんが現れた。

−25−

「こんにちは。お久しぶりですモリタさん」
「ああ、幽霊になって遊びに来てくれたんだ」
「なつかしくなって、つい来ちゃった」
 その当時と変わらない笑顔が有希子さんに戻ってきた。
「だんだんパワーが強くなってきたね、有希子さん。もうちょっとでみんなに姿が見えるようになるよ」
 うん。と嬉しそうに微笑む有希子さん。
 ついなつかしい思い出話に花が咲く控え室。

「地方の美味しいお土産でも食べてみる?」
「幽霊になったら、もう食べられないの」
「そんなこと言わずに、さあさあ」
 有希子さんの前に積み上げられる、色とりどりのお土産の山。
 わぁ、おいしそう☆
「試しに食べてみたら? 食べるふりだけでもいいんだから」

−26−

 弥生がそそのかすと、有希子さんがそれではいただきマンモス☆と上品にひよこ饅頭をつまんで食べてみせた。
「ちゃんと食べてる、食べてる」
 机の上に置かれたひよこ饅頭はそのままだったけれど、みんなの前で有希子さんは嬉しそうに食べてみせた。
「おいしい?」
 うん。とにっこり微笑む有希子さん。ホントはみんなが楽しそうにしている顔を見るのが嬉しいの。とちょっと小声で弥生の耳元にささやいてくれた。
 淋しかったんだね、有希子さん。

 控え室の奥の方で、本番が近づいてきたようで、スタッフが何か打ち合わせをしていた。
 モリタさんが、
「有希ちゃんこっちこっち」
 と手招きをする。

−27−

 真咲さんが音声のマイクをそっと岡野 有希さんの胸につけてあげた。
「出番だよ。有希子さん」
 弥生がそっと背中を押す。
「これが最後のTV出演だから、緊張しないで。みんなに最後の笑顔を見せて」

 お昼休みはウキウキウォッチング♪

 定番の耳慣れた音楽が始まって、金曜日の出演メンバーが勢揃いする。
 岡野 有希子さんはステージの一番端に、ひとり清楚に立っていた。
「あれっ? あれっ?」
 観客席から、不思議そうな声があちこちから飛ぶ。
「見えるよね? あのピンクの服の女の子」
 いつもと違う様子にざわっと一瞬どよめく観客席。

−28−

「そんな端に立ってないで、もっと中央に」
 モリタさんの優しい言葉を掛けられて。
 にっこりと微笑む有希子さん。
 OKだよ!
 弥生が左手で小さな○印のサインを出した。
 テレホンショッピングが始まって、モリタさんが「暑いね〜」と観客にお決まりの挨拶をして。そうですね!! と元気すぎる声援が飛ぶ。
 熱気ムンムンのスタジオ───。

「今日はスペシャルゲストを紹介します」
 モリタさんの笑顔がはじけて、
「岡野 有希子さんです。 どうぞ」

 拍手と共に、岡野 有希子さんが登場した。
 腕には抱えきれな花束を持って。
「かわいい─」
「意外と怖くないね」

-29-

 カメラがカシャカシャとあちこちで鳴って、フラッシュが光る。
「たくさんお花が届いています」
 ムリプロダクションの大きすぎる花に混ざって、ドラマで共演した俳優陣の名前が連なる。
「よかったね、有希子さん」
 心の中で祈っている弥生、モニターから応援してるからね。

 無事放送が終わって、岡野 有希子さんが、笑顔で弥生が待っているモニター室に戻ってきた。
「どうだった?」
「うん。楽しかった。久しぶりにドキドキしちゃった」
「ほかに行きたいところある?」
 真咲さんが気をきかして、お昼から時間を空けてくれた。
「それじゃあ……」

−30−

 とちょっと可愛く首を横にかしげてから、きっぱりとした口調で言った。
「最後に曲を捧げてくれた、坂本 隆一さんにお会いしたいな」


8  ∞ 音楽家 坂本 隆一 ∞

−31−

 急いで駆けつけてくれたムリプロの事務所の車に乗せられて、有希子さんが向かった先は、世界的に有名な音楽家坂本 隆一さんの日本での保養地の一つ。
 空気の綺麗な小高い丘の上に建っていた。

 和風の造りで、庭の中には川のような池があって高級な錦鯉が泳いでいた。
 赤っぽい色彩の橋が架かっていて、その上を平気で笑顔で渡る岡野 有希子さん。
「もうすぐ、憧れの坂本 隆一さんに会えるんだもの」
 声がすでに1トーン上になってウキウキしている。
「弥生さん、錦鯉がきれいだね。白っぽい金色のが多いけど、紅と白のも素敵」
 弥生がすかさずシャッターを切った。

−32−

「さすがに隆一さんの豪邸はすごいね」
「時価数億は下らないらしいよ」
「すごいね」
 真咲さんも隣で目を見張っている。
「お金もあるところにはあるんだよね」
 みんなで顔を見合わせて笑った。

 趣味の良い、装飾品とごたごたしたガラクタが点在した住みごこちのよさそうな住まい。
 不気味などこか外国のお土産らしい「目」の置物を見て、気持ち悪いねと囁きあった。
 観葉植物が所々に置かれて、オリエンタルなムードが満点の渡り廊下。
 たくさんのギターに混じって、南国風の楽器が見え隠れする。どんな音がするんだろうね?
 あれはケーナっていう楽器なんだよ。音楽の仕事でそういうことに詳しい真咲さんがちょっと誇らしげに教えてくれる。

−33−

 早速、グランドピアノの前で作曲に没頭している隆一さんの前に通された。
「はい」
 いつものクールで知的な大人の雰囲気があるTVのイメージそのままの坂本 隆一さんの笑顔があった。
「最後の楽曲をわたしのために提供してくださってありがとうございました」
 丁寧に挨拶する岡野 有希子さんの前で、坂本 隆一さんはおもむろにトレードマークのコートを脱いで、鷹の顔の模様の壁掛けに掛けた。
「死んじゃって、残念だね。淋しかったよ。また、会えるなんてね、思ってなかった」
 目尻の涙を指で拭いながら、精一杯の笑顔を見せてくださった教授。

「ところで、有希子ちゃんは確か絵を描くのが大好きだったよね? 大女優になった暁にはバカンスに南の島にひとりで行って、



No.5に続く!





咲夜さん作




HOME  No.1  No.2  No.3  No.5  No.6