久保さん、こんにちは。東京阿佐ヶ谷で、喫茶&ギャラリー
「西
瓜糖」という店を15年やりました。その後友人が後を継いで15年やって閉
店しました。ご指摘の通りブローティガンの小説のタイトルから取りました。
翻訳した藤本和子さんもお見えになったことがあ
ります。
それは、すばらしい!
私は2008年に『共犯新聞』で『西瓜糖の日々』の特集をしました。 |
『共犯新聞』、拝読しました。深く読んでますね!
沖縄つながりで、今ネーネーズの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」を聴いています。洋楽のカヴァーでは歴代ベストに入る出来ですね。
私も今、ずいぶん久しぶりに自分のブローティガン感想文を読み返しました(笑)。
そうか、この店にフリクションや灰野敬二さんたちが来ていたんですね。私は、もっと阿佐ヶ谷っぽい(?)ヒッピー系の内装かと思っていましたが、さすが福
田テイストですね。すでにギャラリーな外観じゃないですか。・・・って、これは二代目の店主の方のセンスかな(笑)?
沖縄は私は去年の元旦に初めて行き、基地反対運動をしている21歳と深酒をしたり、第二次世界大戦の末期に
日本軍から逃げてガジュマルの木の上で隠れて子
供を産んだ(!)とゆー、まるで井上ひさしの戯曲『木の上の軍隊』のモデルのような父を持つタクシー・ドライバーと過ごしたりしました。
ネーネーズの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」を聴きながら、彼らのことを想うのが、ババ抜きトランプな時代の正しい生
き方ですよね。 |
フリクションの恒松さんやラピス(さん)とは親しかったですが、灰野さんは恐ろしくて話しかけられませんでした。あの長髪にサングラス、指一本だけ赤いマ
ニュキュアでしたから。
内装デザインは開店当時からで、バーで知り合った建築デザイナーにお願いしました。デザインが斬新過ぎて、最初は客が入ってきませ
んでした。
沖縄は、わたしも6年ほど前に行って、「西瓜糖」のアルバイトの女性と再会しました。
アメリカも大変なことになっていますが、旧ソ連を生きた人々をインタビューで構成した
『セカンドハンドの時代』を今読んでいます。滅
んだ社会主義の実態と
ロシアの現状が対比されていて、インタビューの集積に混迷の時代を解く鍵があるような気がします。
行く末の灯りは過去(歴史)にあり、は、まこと真実ですね。