Snake Man 5
昼間、チャオプラヤ川には、エクスプレスボートが20分置きぐらいで出ているのだが、最終便は夜の7時なので、今は誰もいない。街灯も無く、川岸に吹く風が心地よい。俺達は、通りから桟橋に通じる路地で立ち止まり、旅の話しを誰となく止めた。
「とりあえず、1グラムで1000バーツなんですけどね・・・・・。わしのパンチはね、重さ200kg有るんですよ・・・・・・。いくら払えば良いかわかるやろ?」チョーさんは商談に入ったかと思うと、訳のわからない事を言い出した。俺が何か言おうをした瞬間、チョーさんの前に立っていた、金髪の奴が吹っ飛んだ。俺と坊主頭の日本人は何が起こったのか理解できていない。チョーさんは坊主頭のほうを見ると、そいつに殴りかかった。坊主の奴は、どうにか手でかわしたが、後ろによろめいた。チョーさんは、すかさず坊主頭の奴を蹴り飛ばす。俺は、やっと今夜の仕事を理解した。その時、拳が俺の口にめり込んだ。

「ふざけんじゃねえぞ!!」もう一発、こめかみに石でも当たったかのような衝撃を受けて、俺は吹っ飛んでブロックの壁に当たった。壁にもたれ掛かっている俺を、金髪の奴が壁に押し付ける。Tシャツの襟をつかんだ奴の腕が俺の喉にしっかり食い込んで、俺は息が出来なくなった。
「おめえ等、なめんじゃねえぞ!! なんとか言ってみろ。オラ!!」奴のつばが顔中にかかった。俺は必死に抵抗したが、俺の腕力なんかたかが知れている。髪を引っ張られ、蹴りが腹に入った。酸っぱい唾が口の中にあふれ、目に涙がにじんできた。もう一発蹴りを食らい、また壁に押し付けられる。涙目でチョーさんのほうを見ると、チョーさんは、坊主頭の奴に馬乗りになって殴りつけていた。
「おまえ等みたいな日本人のクズは、ぶっ殺してやる!!」金髪の奴が叫び、俺はまた髪を捕まれたかと思うと、今度は鈍い衝撃が鼻に当たり、涙で奴の顔さえもよく見えなくなった。俺は手探りでポケットの中のナイフを探した。刃渡り5cm程度のビクトリノックスの万能ナイフ。しかしナイフは無かった。もし有ったとしても、喧嘩も出来ない俺に、人を刺すなんて出来るわけが無いが・・・・。再び髪を捕まれ、殴られ、壁に押し付けれた。息が出来ない。その状態で何度も頭突きを食らい、俺は完全に力を抜き抵抗を放棄した。チョーさんに助けを求めようとしたが、肺の中の空気が出ただけで、声にならない。意識が朦朧として、体は、鉛でも背負ってるかのように重くなった。俺は左手でポケットの中を探り、もう一度ナイフを探した。刺せない事はわかっていたが、何か気持ちの拠り所が欲しかった。しかし左のポケットに入っていたのは、ジッポーのライターだけだった。俺はジッポーのライターを握った。
「・・・・・・・・・!!」壁に押し付けられたまま、右手を奴の背中に回して押さえこみ、左手で奴のTシャツに火をつけた。
「うっ!! いてぇ!! ・・・・・・!?」
一瞬、奴は大きく目を見開いて、弾ける様に俺から離れると、両手を使って背中についた火を消そうとしてもがき、よろけて転んだ。
俺は近くにあった自転車をつかんでどうにか崩れ落ちそうになるのを我慢した。
「ハアッ・・・ハアッ・・・・・ガハッ!!」肺一杯に空気を吸い込むと、胃から酸っぱい物が込み上げ来て俺は吐いた。重い頭を上げて金髪の奴を見ると、奴のTシャツについた火は倒れた拍子に消えていたが、それでもまだ地面を転がっていた。俺は呼吸を整えようとしたが、涙と鼻血が止まらない。その時地面を転がっていた金髪の奴と目が合った。奴の目は焦点が定まっていないような怯えた目だったが、俺の情けない姿を見るとすぐにその目が怒りに変わった。
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