Snake Man 
 しばらくすると一人の男が現れた。
「チョーさんや。」タカが紹介した。190cm近くあるだろうか、ごつい体には大量の汗をかいていて、Tシャツを着ていても筋肉の形がわかる。何か格闘技でもやっていたのだろうか。握手をした時には、俺の手がつぶされるのではないかと思うほどの握力だったが、おかげでタカにかけられた催眠術が解けた気がした。
「どうも・・・・。シンです。」
「チョーや。タカから聞いとるで。仕事したいんやろ。」彼は地域を特定できない不思議な関西弁で言った。
「あの・・・・今日は何して稼ぐんですか?」
「わしが学生パッカーに声かけるけん、ほら今大学生冬休みで、ヘロインとかやった事無いやつらぎょうさん来とるやろ。そいつ等をカモるんや。わしが一から教えたるけん。まあ大船に乗ったつもりでわしに全部任せて、シン君は話しだけ合わせてくれればええねん。」
「話し合わせるって・・・・・?」

「まあええから黙って見とき。」
「あんまりやり過ぎたらあかんで。」タカが周りを見て言った。
「目立たん様にやるさかい、大丈夫やって。わし仕事終わったら出勤するけん、タカもナナプラザ合流でどうや。シン君も行くやろ?」 俺はうなずいた。話しから察する所、恐らくプッシャー(麻薬の売人)だろう・・・・。学生旅行シーズンは、日本から大量のカモがネギしょってやって来る。カオサンのトゥクトゥク(3輪タクシー)の運転手や、おみやげ物屋、ナンパ師、娼婦、オカマそしてプッシャ−などにとって、バックパッカー気取りの日本人学生以上においしいカモはいない。俺も今までに、何度か良い思いをさせてもらった。とりあえず今夜は楽な仕事になりそうだ・・・・・。
「ほなシン君行くで。話しだけしっかり会わせてな。」彼は立ち上がった。俺も慌てて立ち上がり、後ろについて歩いていった。

 カオサンロードに出るとチョーさんは、トゥクトゥクの親父をからかいながら歩いていく。夜10時を過ぎても、カオサンロードの人通りは絶えない。やがてチョーさんは、20歳前後の二人連れ日本人学生旅行者に声をかけた。一人は金髪でもう一人は坊主頭、どちらも体格が良く、ファッション誌から抜け出してきたような服装だった。旅なれていないことは一目で解かるのだが、きっと本人達は自分の事をワイルドな旅人だと思っているのだろう。今夜のカモにはもってこいだ。
「あーどうも。すいません。兄さんたちバックパッカーの人ですか?」チョーさんは自然体で声をかけたつもりだろうが、俺はあまりの怪しさに笑い出しそうになった。しかし二人組みは、バックパッカ−と言う言葉に気を良くしたのか、返事が返ってきた。
「あっ・・・そうだけど何か・・・・・?」
「ああーそうですか。今回はどの辺、まわってきはったんですか?」
「いやインドと・・・あとタイだけど・・・。」彼等はそれがどうしたんだと言わんばかりに不思議そうな笑顔を浮かべていた。
「あー・・・ほんまでっか?インドええですなー。わしも行ってみたいんですわ・・・インド。実はわし等はね。ラオスのゴールデン・トライアングルの方にいっとったんやけど・・・兄さんたちヘロインとかって、やったりします?」ヘロインと聞いて、二人は顔を見合わせた。
「チャイナ・パウダーってめちゃ良いの入ったんですわ。それでたくさん買うて来たんやけどね、わし等明日、東京に帰るんですわ。わし等めっちゃ金無いけん、日本で売れば金に成るんだけど、さすがに日本にはもって帰る勇気無いし・・・・それでねー。もし良かったら、1000バーツぐらいで、買ってもらえると助かるんですけど・・・・・。あっ、知っとる思うけど注射器とかじゃなく、鼻から吸えば1回や2回やったぐらいで、中毒にはなりまへんで。それに日本に帰ったら、滅多に手に入らないし・・・・」チョーさんは、学生旅行者の不安を先回りして消して行くかのように言った。鼻から吸おうと、注射器を使おうとヘロインはたくさんやれば中毒になる。当たり前の事だ。しかし二人の顔はまんざらでもない。日本人旅行者のほとんどは、海外に出たら外国人は信用せず、信用できるのは日本人だけだと思っている。世界で唯一信用できるはずの日本人に、カモられるとは全く考えていない。チョーさんはヘロインだと言っているが、きっとホウ酸とか殺虫剤、もしくは味の素って所だろう。よく有る話しだが、彼らに見分けられるはずが無い。
「まずは、物見せますけん、裏のほう行きまへんか。」俺達は彼等の旅の話に相槌を打ちながら、カオサンから、チャオプラヤ川のボート乗り場まで歩いた。  
 

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