Snake Man 
 ドミトリーの中は天井のファンが幾つか音を立てて回っているが、それでも熱い。汗が吹き出る。俺はタカの隣に少し離れて座った。
「ローリスク・ハイリターンな仕事有りますか・・・・・。」裏家業にそんな物があるわけない事はわかっているつもりだった。
「ローリスクは無いけどな・・・・・ノーリスク・ハイリターンならあるで。俺の仕事は全部そうや。 あシン君、万引ばっかりやってる奴が、いつ窃盗犯になるか知ってるか?100回、1000回万引したした時や無いで・・・・・・。ばれた時や。」
じゃあ、ばれてない時、そいつは何なんですか?」
「ただの万引好きや。万引で金を稼ぎ出したら、万引のプロや。そして見つかって初めて、窃盗犯になるんや。」思わず笑った俺に、とどめを刺すかの様にタカは言った。
「殺人でも一緒やで。100人殺してもばれなきゃ、殺人犯には成れへん。それと法律が無きゃ、殺人犯には成れへんねん。宇宙人3億人殺しても、今のところ殺人犯にはなれへんで。くだらないハリウッド映画なら英雄に、成れるかも知れんけどな・・・・。」
タカの言っている事は、むちゃくちゃだが、間違ってはいない。俺は額から落ちてくる汗をぬぐった。
「シン君、運びなんかどうや・・・・。麻薬を運ぶんや無いで。・・・・・人や。アメリカ、イギリス、日本、カナダ、オーストラリア。先進国に行きたいアジア人は、ごまんと居る。貧しいやつらはみんな、先進国の豊かな暮らしにあこがれてるんや。自分の国じゃ、もう豊かな暮らしは出来へん。シン君も行った事あるやろうけど、カンボジアでは8歳の娼婦が1回2ドルで体を売ってるんやで。それでも飯が食えるかどうかの生活や。そんなやつらを運ぶんや。もちろんアメリカとかイギリスに行っても、必ず幸せになれるかどうかは、わからへん・・・・。けどな、飯ぐらい腹一杯食える生活は送れるかもしれんやろ。どうせ悪い事やるんなら、貧しいアジア人たちの英雄になろうや・・・・・。」タカは再び女神の様に笑いながら言った。
「殺し文句ですね・・・・。」タカの声はまるで催眠術師の様だ。タカの声を聞いているうちに、俺は妙な気分になってきた。妖艶な女が、華奢な指を器用に使って俺のベルトを外し、前のジッパーをゆっくり下していく。そんなエロティックなイメージがしきりに頭の中をよぎる。心臓はタカに聞こえるのではないかというほどの音で鳴っている。

「それに万が一日本以外の国でパクられても密入国補助の罪じゃ、初犯ならせいぜい入って、3ヶ月って所やで。さらに日本では前科は付かへん・・・・・。どうや・・・・?一緒にやろうや。」
「わかりました・・・・。」俺は必死に冷静を装ったが、俺の股間は痛いぐらいに勃起している。タカの声は発情を促すのか・・・・・? まあ良いさ。失う物は何も無い。自由と・・・・命以外に。
その後仕事の説明を聞いている俺に、ひとつの問題が出てきた。それは初仕事まで3週間ぐらいかかるという事だった。俺は全財産が5000バーツしかない事をタカに伝えた。
「なんだ。シン君そんな金無いんかい。金が無かったら、稼いだらええんや。ちょっと待ってな。」タカは携帯電話を出すと話し出した。
「毎度。チョーさん?俺や。チョーさん今夜小銭稼ぎに行くって言っとったやろ。一緒に連れてってほしい子が居るんやけどな・・・・。大丈夫や。うん、日本人や。ほら例の仕事したいって言ってた子や。今カオサンにその子と居るんやけど・・・・・。ここで待ってたら良いんやな。OK、待っとくで。」タカは電話を切った。俺はそれっきり何を話して良いのか解からず、窓の外を見ていた。

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