Snake Man 2
彼の名はタカ。カオサンロードの長期滞在者達の間でタカと言うと二人の男が思い浮かぶ事だろう。一人は頭のおかしい中年親父で、卒業旅行でタイに来た女子大生とかにセクハラをすることで有名だった。そしてもう一人は長期滞在者の間でもあまり知られていないのだが、タイのチャイニーズマフィアと組んで、日本人や白人の旅行者にドラッグを流したり、短期旅行者を襲って奪ったトラベラーズチェックや、キャッシュカード、パスポートなどを売りさばいたり、人身売買の運び屋の仲介、そして時には殺しの仲介等もやっているらしかった・・・・。
らしかったと言うのは彼が全く証拠を残さず、俺達長期滞在者に入ってくる情報は常に正確さに欠けているためだ俺は旅行中に知り合った人間を通じてタカにコンタクトを取り、今日会う事になっていたのだが、訪ねたマンションは既に取り払われていた。

「良いじゃない。骨折り損でも・・・・。」ヒロさんは言った。
「冗談じゃないですよ。毎日働くなんて・・・・。」
「これからさぁ、下にいる子達と出勤するんだけどシン君も来る?」ヒロさんは俺を誘ったが、俺が行けない事はわかりきっている。ヒロさんは笑いながら階段を降りて行った。俺の旅行資金、すなわち1999年に世界が滅びる予定で借りた金はもう底を尽きていた・・・・。
今日は2000年1月31日。とうとう世界は滅びなかった。

 
俺は自分のベットに座り、財布の中を確認してみた。全財産は約5000バーツ、どうにか東京までの片道航空券が買える金額だった。タカに仕事を斡旋してもらう事が、唯一日本へ帰らなくて済む方法だったのだが・・・・・・。目を閉じてこれからのことを考えてみた。日本へ帰っても待っているのは借金取りだけだろう。適当に寮の在る地方の工場にでも入り、最低3年ぐらいは働かなくては・・・・

「執行猶予無し、懲役3年。」思わず口に出てしまった。これまでの自由な生活から、一転どん底だ。俺はジャニス・ジャップリンの歌の歌詞を思い出した。 「自由と言う言葉を置きかえると、失う物は何も無いになる。」と彼女は歌っていた。ジャニス、俺には失う物も無いがどうやら自由も無いようだ・・・・。俺は煙草に火をつけて、深く吸いこんだ。そしてもっとポジティブに考えようと思った。ポジティブ・・・・あまり好きではない単語だがこの際仕方が無い。
「ポジティブ・・・」俺は口の中で何度かその単語を繰り返した。タカに会えない以上、帰国後の事はもう決まった事でどうしようもない。俺はもう一度煙草の煙を深く吸いこんだ。
そしてこれからカオサンの故買屋に行ってブローカーに自分のパスポートを売り飛ばし、その金と全財産の5000バーツを持って、繁華街のタイ人娼婦のいる店に出勤する事にした。今晩全財産を使いきり、明日の昼にでもツーリストポリスに行ってパスポートと金を盗まれたと言い、ポリスレポートを書いてもらう。その足で日本大使館に保護してもらい、帰りの航空券代は大使館員に泣いて土下座してでも借してもらおう。もちろん返す予定は無いが・・・・・。ここまで考えるとほんの少し気分がましになってきた。煙草を空き缶に押し付けて、俺はシャワーを浴びることにした。「懲役3年」などと考えると腹の底のほうがさらに重くなる。とにかく汗を流し髭を剃ろう・・・・・・。

 シャワールームを出ると、俺のベットに見知らぬ奴が座って煙草を吹かしていた。25歳ぐらいだろうか。日本人のようだが、北欧系の白人とのハーフなのかとても綺麗な顔立ちで、茶色でウェーブのかかった髪は後ろで束ねられ背中まであった。耳には数え切れないほどのピアスがあり、Tシャツの袖から蛇のタトゥーがはみ出している。
目が合うと、煙草を床に投げ捨て立ち上がった。
「シン君やろ? 迎えにきたで・・・・。一緒にやろうや。」男は笑いながら言った。
 イッショニ ヤロウヤ・・・・。笑った顔は、女神のようだった。


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