『第6章:峠』-3完
「五代…シャワーを浴びよう…どろどろだ…。」
一条さんのほうが、先に起き上がった。 「はい。」 俺は勢いよく、起き上がった。 「トイレに寄ってから行くから…先に浴びててくれ。」
一条さんは、なにか可笑しそうな目の色をして、歩いて行った。
俺も立ち上がって、バスルームに入ってシャワーを浴び始めた。
俺は、また信じていた…。
俺は単純だから…今の濃厚なセックスで、すっかり満足して、リフレッシュしていた。
でも…どうして、一条さん…そんなことを知ってるの? ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 一条さんが、静かに入って来た気配に振り返る。 「どこも…痛めませんでしたか?」 一条さんは、ゆっくり両手を上げて、気持ち良さそうに身体を伸ばす。 「ん…かえって…強張りがほぐれたみたいだ…。」
情事のあとのけだるい気配は残っているけれど、やっぱり一条さんの目からも、荒んだ色は消えている。 「俺、洗ってあげますよ…。」
一条さんをシャワーの下に、引き寄せた。 「ん〜、やっぱり、どろどろですねぇ。」
内股には、俺のが流れ落ちているし…。 「シーツもどろどろだったぞ。」 俺に洗われるくすぐったさに堪えながら、一条さんはさらに恐ろしいことを言う。 「ああっ!シャワーの前に洗濯機に放りこめばよかった!」 「後でもいいさ…」 「そうですね…」
俺はひざまづいていたので、見上げて、一条さんと目が合い、なんとなく微笑み合う。 目の前の一条さん自身に、衝動的にキスをした。 「こら…もう、何も出ないぞ…」 「本気で攻めれば、また復活しますって…」 「五代…それは、勘弁してくれ。俺はもう眠いんだ。」
俺たちは、笑いながら、バスルームを出た。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、二人で大騒ぎして寝具の交換をし、汚れたものを洗う為に洗濯機を回し…。
平和な夜だった。
一条さん…もう眠ったの? 「五代…」
ああ、まだ起きていの?…一条さん、俺、あなたが好き…。 「はい…。」
「おそらく…今が…これからが峠だ…。 「はい…。」
何のことを言っているのか、はすぐにわかった。 「だから…五代…。」 「はい…。」
それっきり、一条さんは何も言わない。
大丈夫です、一条さん…。 ずっと黙っていた後、一条さんは、俺を呼んだ。 「五代…」 「はい…」 「五代…」 「はい…」
遠く遠く呼びかけるように、一条さんが俺を呼ぶ。
…なぜ?…俺は、ここにいるのに…。
一条さんが、頬に軽くキスしてくれた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「五代…起きてくれ。」 う〜〜ん、もうちょっと…と思いながら目を開けると、一条さんはもうネクタイを結んでいるところだった。
「俺は3号の事後処理が残っているから、もう行くぞ。
あ〜あ。一条さんったら。 「五代…寝呆けているのか?」
俺の顔を覗き込んで、一条さんが少し笑う。
「あ…はいはい。俺も帰ります。
あわてて俺は起き上がって、服を着始める。 「もう…ほとんど消えているな…」
昨晩は薄く残っていた肩の痣は、もうなくなっていた。 「はい。もう全然オーケーです!」
俺はサムズアップして笑い、まだちゃんと履けていなかったジーンズに足を取られてコケそうになる。 「ちゃんと履いてからにしろ…。」 「はい。 あっ。洗ったシーツ、干さないと!」 「さっき、干しておいた。いい天気だからな。」 「あっすみません。」
口許に笑みを残したまま、何気なく窓のほうを見た横顔も、また好きで…。 「ビートチェイサーはどうしたんだ?」
束の間の笑顔がすっと引き締まる。 「駅前の駐輪場に預けてきました。」 俺は応えながら急いでTシャツを着て、ダンガリーをはおる。 「じゃあ、そこまで送ろう。」
「はい、お願いします。 俺はバックパックを持ち上げた。 「朝飯も食わさずに追い出してすまないが…」
「俺はポレポレで食いますから。
そう言いながら、俺は一条さんの腕を引き寄せ、唇をかすめるようなキスをする。 「…五代…行くぞ。」 「はい。」 俺たちは、ばたばたと靴を履いて、表に出る。 「ああ…いい天気だ〜〜。」 晴れ上がって青い空を、一瞬、二人で見上げた。 「…いつか、本当に晴れるといいなぁ…」 「そうだな…」 一条さんも同じことを思ったんだね…。 「行くぞ、五代。」 「はいはいっ!!」 どんどん歩いて行く一条さんを、俺は追いかけた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一条さんの車に乗せてもらって、駐輪場までの短いドライブで、今回のデートは終わり。 「ここでいいか、五代。」 「はい。ありがとうございました。」 厳しい目が、少しだけ緩む。 「…また…連絡する。」 「…はい。」
俺は頷く。 大丈夫です、一条さん…俺は、まだ闘えます。
俺は笑ってサムズアップし、車から降りた。
今…俺は、ちゃんと笑っていたかな…。 俺は、一条さんの車を見送ってそう思う。
でも…。 (第5章:峠 完) |