『第5章:半身-改訂』-3完


         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 腕を取られ、腰を抱かれ、俺はあっと言う間に、五代に組み敷かれていた。

「ああ〜、俺、駄目〜。一条さんにさわらないでなんて、いられませんよ〜。」

 五代は笑いながら、慌ただしく俺の髪を梳き、頬を撫で、自分の顔を擦りつけながら、しゃべり続ける。

「一条さんにしてもらうのも気持ち良かったけど〜。
 でもなぁ、一条さん、すごい虐めるんですもん、俺、死にそうになったじゃないですか〜。」

 そう言って、五代は、俺を思いきり抱きしめる。
 俺も笑って、五代の身体を抱き返した。元通りに暖かくなり、しなやかに動く身体が嬉しかった。

「死にそうに…落ち込んでいるようだったから…いっそ…逆療法…」

 五代があんまり抱きしめるから、息が弾んでしまう。

「逆療法、ですか〜。ひどいなぁ。でも、効きました〜。」

「こら…五代…息が、できない…」

 五代が笑って抱擁を解き、俺の頭を両手で抱えた。笑顔の中に真剣な目が俺を見つめる。

「俺、馬鹿でした。
 俺…もう一度、信じます。俺と…一条さんを。
 一条さん…ありがとう…」

 俺の髪を梳きながら、うっとりと呟く。

「一条さんに…さわれるの…すごく嬉しいです…」

 そのまま、両手がぐっと差し込まれて、髪を掴まれた。

「でも、お返しはしますからね〜。覚悟してくださいよ。」

 すぐに、嵐のような抱擁と愛撫に、俺は浚われ押し流された。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 すでに一度、口の中でいかされているのに、五代の愛撫は執拗だった。
 おそらく、俺の身体中に、赤い小さな花のような痕が印されている筈だ。
 今は、内股を噛まれていた。俺はまたそれで、仰け反っていた。
 声はとっくに涸れている。それでも、俺は叫んでいた。

「ご、だい…もう…ゆるしてくれ…」

「…どうしたいんです?一条さん?」

 五代が内股の柔らかい部分を舐めながら言う。

「くそ…俺の…さっきの台詞を…」

 五代がごそごそ這い上がってきて、俺の頭を抱き取った。くちづけてくれたので、五代の唾液で俺は少しだけ潤おう。しかし、もう一方の手はしつこく俺の尻を撫で回していた。

「手が…使えないほうが…素直だったのに…」

「そうですね、こんなこともできないし…」

 五代の指が、俺の後門を探り当てた。

「ああっ!!」

 俺は叫んで、五代の腕の中で跳ねてしまう。力がまるで抜けてしまっているのに、五代が触れると俺の身体は反応する。そこはもう、とっくに熱くなっていた。
 …駄目だ。欲しくてしょうがない。自分の指ではうまくできなかったのに、今は五代の指の侵入を待ち望んでいた。

「…一条さん、なんだか濡れてますよ、ほら…」

「…い…ちいち…言うな…」

 五代の指はなかなか入って来ない。撫でたり、押したり、広げたりしては、また離れる。俺は悶えた。

「…う…ごだい…」

「はい、なんです?」

「…ごだい…もう…ゆるして…」

「何をです?」

 ちくしょう…自分の苛めかたを教えてしまったのか、俺は。
 俺は目を開けて五代を見た。今の俺は、どんな顔をしているのだろうか…五代はとろけたような目をして、俺の答えを待っていた。今夜は何度も言った言葉だが、言わされるとなると、めちゃくちゃに恥ずかしい。後門はゆっくり撫でられて焦らされていた。もどかしさに気が遠くなりそうだった。

「ごだ…たのむから…」

「一条さん、ちゃんと言って。俺、聞きたいんですよ。」

 俺は目を閉じて、やっと言った。

「…五代…おまえが欲しいんだ…」

「今…すぐ…あげますから…」

 五代の声もかすれている…と思ったとたん、深く差し込まれて、俺は叫んだ。

「ああ!…ああ…あ…」

 我ながら、凄まじい声を出している、と思う。だが、もう抑える余裕がない。

「…いちじょう、さん…いい?」

「ああ…いい…いい…」

 言い始めると、止まらなくなってしまった。
 五代の指が俺の中でうごめき、敏感な場所を探し当てる。さっきまで冷たかった、あの五代の指だと思うとよけいに嬉しかった。何度も何度も叫んで、俺は五代にしがみつき、身体をこすりつけて、のたうった。

「ああ…いい…ああ…いい…ごだい…ごだい…ごだい…いい…」

「…すごい…一条さん…俺の指にからみついてくる…」

 すぐに指が増やされたようだったが、俺はもうよくわからなかった。俺のそこは、貪欲に五代の指を飲み込んでいた。もっと…もっと…と俺は思う。さっきはあんなに固くて痛かったのに…俺の身体はどうなってしまったのか…だが、どうなってもかまわなかった。ひたすら五代が欲しかった。もっと奥まで…もっと五代を。

「あああ…ごだい…もう…」

「は…い…俺も、もう限界…」

 指が抜かれる感触に、俺はまた喘いだ。身体が溶けかけている。中心が熱くて、どろどろになっている。そこを、五代に埋めて欲しかった。
 五代が俺の膝を持ち上げる。

「顔…見ていたいんです…前からでいい?」

「ごだい…はやく…はや、く…」

 五代が侵入してきた。俺は自分から足を上げ、五代の身体にからませた。腰を寄せて、俺を五代に貫かせる。

「い…ちじょうさ…急がないで…怪我…させたく…ない…」

「い…から…ごだ、い…きてくれ…はや、く…ごだい…」

 五代は、俺の望み通りに強く俺を満たした。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 痛みは最初だけだった。すぐに快感の波が来た。俺の身体に全て収めたまま、五代は動いていないのに、次々に波が来る。打ち寄せる波はだんだん高くなるようで、俺は夢中で五代に縋りついた。

「いちじょうさ…そんなに…動かないで…ああ…」

 俺の腰が勝手に動いて、身体の中の五代をこね回していた。いや、こね回されているのは俺なのか。もうよくわからない。また波が来る予感がして、俺は五代の肩を掴む。

「ごだい…ごだい…おれは…おかしい…こんな…」

「いちじょうさん…いい、の?」

「いい…いい…ごだ…つかまえて…いって、しまう…あ…あ…」

 五代は俺を抱きしめてくれたが、それで一層結合が深くなり、俺は一気に高波に浚われた。触ってもいないのに、精が洩れ出ている。零れ続けているのに、昂りはおさまらない。寄せる波も静まらない。

「ああ…すごい…ああ…いい…いちじょ、さ…いい…」

 五代のうめき声が聞こえる。俺はやっと目を開けて、五代の苦し気に目を閉じた顔を見た。五代が感じている、と思うと、また波が来そうになる。堪えて、やっと声を出した。

「五代…目、あけてくれ…いくなら…俺、見て…」

 五代が目を開ける。焦点が合わないような、情慾に流された目を色っぽいな、と俺は思い、また流されそうになった。

「ああ…あ…ん…」

「だめ…いちじょうさ…締めないで…俺…いっちゃう…」

「まだ…いくな…もっと…ずっと…五代…」

「だって…いちじょ、さ…そんな顔、して…見てた、ら…いっちゃう…」

 俺たちは深く身体を繋いだまま、喘ぎながら囁き合っていた。

「…ごだ、い…いいか?」

「…す、ごく…いちじょ、さんは?」

「俺も…いいよ…」

 いいよ、と言ったら、また波が来た。

「ああ…う…ん」

「う…くっ…!」

 五代が必死に耐えていた。

「ご…だい…」

「は…い…」

「いっしょ…だな…」

「はい…今は…ひとつです…おれと、一条さん、と…」

 耐えながら笑う五代には、滴るような色気があった。美しい男だな、と俺は思う。その五代と、今は、ひとつ…と感じたら、また高波が来た。今度は持ちこたえられそうになかった。

「ああぁ…ごだい…いい…いい…」

「…だめ、ですよ…いちじょ、さん…まだ…」

「うごかすな…いって、しまう…」

「でも…もう…俺…ああ…」

「だめだ…だめ…ごだい…ごだい…ごだい…」

 五代がゆっくり動き始めた。波が来て、俺を浚った。高い高い波の上を、俺は運ばれていく。

「ごだい…ごだい…ごだ、い…」

「いちじょう、さん…いち、じょうさん…」

 俺は五代を抱き、五代は俺を抱き、俺は五代を呼び、五代は俺を呼び、もうどれがどちらの身体だかわからなくなる海の高みの果てに浚われ、俺たちは空に落ちた。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 気がつくと、早朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
 俺は全裸のまま、五代に抱かれていた。

(…五代…)

 五代は穏やかな顔をして、寝息を立てている。

(…よかった…)

 俺はしみじみそう感じながら、五代の寝顔を見た。危ないところだった、と思う。
 五代が自分の身体について、不安を抱えていることはわかっているつもりだった。だが、素直なようで意固地なこの男は、「大丈夫」と笑うだけで、己の苦痛は決して人に見せない。

(そのへんも、俺たちは似ているのかもしれないが…)

 目に見えないからと言って、苦痛がない筈はない。むしろ、他人に見せられない苦痛ほど、深刻なものであることを、俺は知っていた。最初から、一番辛いのは五代だった。今もますます苦しんでいるのは五代だった。
 知っていたのに…俺は昨晩、また危うく五代を失うところだった。
 このままではいけない。五代がただ立ち直るだけでは足りない…と、俺は思う。
 だが…俺に何ができるだろう?
 戦闘は激化している。五代はぎりぎりまで闘っていた。闘う為の外的な障害を取り除くだけでは、もう間に合わない。昨夜五代は崩れかけていた。五代は既に強い信念を持っている男だが、今はそれに支援が必要だった。どんな細くても弱くてもいい、どんなものでも…ありとあらゆるものを掻き集め、全てを賭けて五代を支えなければならない時が来ていた。五代を失ってしまえば、五代が倒れてしまえば、世界は闇に飲まれる。
 俺に何ができるだろう…?
 俺は、五代の寝顔を見ながら、考えた。

 見つめる俺の視線を感じたのか、五代がぽっかり目を開いた。腕の中の俺を見つけて、すぐに幸せそうな笑顔になる。

「一条さん…起きてたの?」

 俺も微笑んだ。ますます五代は幸せでとろけそうに見える。

「大丈夫ですか?…なんか、気を失うみたいに眠っちゃったから…」

 問題ないさ、と俺は頷く。
 優しい目で、五代は俺を見つめていた。
 それから、夢見るように言った。

「なんか…すごいしあわせ…」

 五代が俺を引き寄せて、俺の髪に頬擦りする。
 五代の腕も頬も暖かかった。

「…五代…」

 俺は五代を呼んだ。言わなければならないことが、ある。

「はい…」

「…愛しているよ…」

 五代の頬擦りが止まった。あわてて態勢を変えて、俺の目を覗きこんでくる。

「…一条さん…も…一回言って…」

 信じられない、と見開かれた五代の目がとても可愛らしかったので、俺は笑い、もう一度言った。

「五代…愛しているよ…」

 五代は泣き出しそうな笑顔になった。

「あ、りがとう、一条さん。
 そう、じゃないかな…と思うこともあったけど…
 一条さんから、本当に聞けると…すごく嬉しいです…

「俺も…とても…愛してます…一条さん…」

 五代がとろけるように甘く告げる。
 このままなら、恋人たちの幸福な朝なのに…。
 抱き合って、くちづけあって、またからまり合えばいいだけなのに…。

「五代…」

 俺はまた呼ぶ。まだ言わなければならないことがあった。

「はい…」

「俺はおまえを信じている。
 おまえは、負けない…おまえは、決して生物兵器になどならない。」

 五代が真剣な表情になった。

「…俺がそうさせない。」

「はい…」

「だが…もしも、そうなってしまったら…」

 俺は言葉に詰まってしまった。五代は黙って俺を見つめ、俺の言葉を待っている。

「そうなってしまったら…俺が、殺してやる。」

 五代の瞳が、ぱっと明るくなった。やはり…五代もそれを考えていたのか…。

「必ず、俺がおまえを殺してやるから…」

 淡々と言うつもりだったが、声に苦痛が滲んでしまった。

「はい。」

 五代の応えに、躊躇いはなかった。朗らかな声だった。

「俺、一条さんにお願いしようと思ってたんです。」

「……。」

 喉に声が詰まってしまう。だが、そうしなければならない時が来るなら、俺は五代を殺すつもりだった。確実に、五代の命を断つつもりだった。その覚悟を、今…俺はする。

「もちろん、そんなことにはならないように、がんばります。
 俺だって、死にたくはないし。
 でも、もし…って気持ちがあると、なんか…怖くなるんです。
 怖いっていうのも、憎しみと同じくらい悪いような気がするんです。
 だから、一条さんに…一条さんにしか頼めないし…

 ごめんなさい…一条さん…
 でも、俺、これで安心して戦えます…」

 明るく優しい表情のまま、五代は俺を見つめて言った。

「一条さん…そうなってしまったら…必ず俺を殺してください。ね。」

 俺は五代の額にくちづけた。五代…俺も微笑んで答えよう。

「ああ…必ず…殺してやるよ…」

 それが、俺たちの愛の言葉だった。

             (第4章:半身 完)

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