『第4章:絆-改訂』-4完


         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 ゆっくり引き抜くと、血がついていた。
 俺は…唇を噛んだ。
 そのまま崩れ落ちて、一条さんは動かない。
 俺はお湯で濡らして絞ったタオルを持って来て、一条さんの身体を綺麗に拭いた。
 大きな出血ではなさそうだ…少しほっとした。

 そっと、一条さんを仰向けにする。
 一条さんは苦しそうにぐったりしたままで…少し、心配になってきた。

「…一条さん…?」

 一条さんが少しだけ身動きした。

「…み、ず…」

「あっはいっ!」

 俺はあわてて冷蔵庫からポカリを出して来て、一条さんを抱き起こそうとした。

「…あつっ…」

 痛むのか、顔をしかめる。
 起き上がろうとするけれど、腕にまで全然力が入らないらしくて…。
 一条さんは、起き上がるのをあきらめ、またベッドに倒れる。
 身体の中の痛みに耐えるように、一瞬苦しそうに喉を反らして…ぼんやりした目で俺を見た。

「…ごだ…の…ませて…」

 一条さんの声は、涸れてしまっている。
 額に乱れかかって、汗で張り付いた一条さんの前髪を掻き上げて、片手を頭の下に入れて支えた。
 それから俺は口移しで、一条さんにポカリを飲ませた。
 少しずつ注いでいく液体を、あおのいた一条さんが飲み干していく。
 何度も何度も、一条さんは口を開いてねだり、俺はヒナに餌を与えるように飲み物を注いだ。

「…もう…いいですか?」

 一条さんが小さく頷いたので、俺はポカリをしまいに行って、ついでにまた綺麗なタオルをお湯で濡らしてきた。顔や首や腕や手を、丁寧に拭く。

「…ん…」

 一条さんは、動けないままで、俺に身を任せている。
 拭き終わる頃には、少し楽になってきたようだった…。
 一条さんはひとつ大きな息をついた。

「…さすが…に…きついな…。死ぬかと思った…。」

「すみません…俺…少し傷つけてしまったらしくて…」

 と、一条さんが急に眉をしかめる。

「ん…」

「どうしました?」

 一条さんは、うっとおしそうに笑った。

「起こしてくれ…トイレに行く…」

「ど、どうしました?気分悪いですか?」

「馬鹿…。五代の…が…流れ出してくるんだ…。」

「ああああっすみませんすみませんっでも、立てますか?」

「だから…立たせてくれ…」

「ええっじゃあ、お姫さまダッコで…」

「五代…あまり、恥をかかせるなよ」

 俺はあせりまくってしまったけれど、なんとか一条さんはベッドから降りて立った。
 顔色が、すごく悪くなった。

「…つ…。」

 一条さんが、また顔を歪めた。
 薄赤い液体が、内股を伝って落ちていった。
 一条さんは、下をちらりと見て、薄く笑う。

「…大丈夫だよ…五代…たいしたことはない…」

 そして、一条さんは俺に支えられて、トイレに入った。
 俺は、その間にシーツを替え、ベッドを整えて、それから俺も身体を拭いて…
 でも、なかなか一条さんはトイレから出て来なくて、俺は裸のまま、頭を抱えてしまう。

 あんなに怖がっていたのに…あんなに脅えていたのに…
 無理をして、怪我をさせてしまった。
 今までみたいに、裸で抱き合ってるだけでも…それでも、俺は充分幸せだったのに。
 俺は、なんてことを…。

(…嫌われたら、どうしよう…。)

 トイレのドアが開く気配がしたので、俺はすっ飛んでいった。

「い、一条さん!…大丈夫ですか?」

 一条さんはまだ蒼い顔をして、一歩一歩も辛そうだった。

「…一条さん…」

 俺の手を借りて、一条さんはやっとベッドに辿りついて、横になった。
 毛布をかけてあげて、横でおろおろしている俺を見上げて言う。

「…どうした、五代?まだ寝ないか?」

 怒ってはいないようだった。でも、一条さんはいかにも疲れた、辛そうな顔をしていた…。

「…ほら…風邪ひくぞ?」

「は、はいっ!!」

 俺はあわてて、一条さんの横にもぐりこむ。
 あわててはいたけれど、ベッドをあまり揺らしたりしないようには気をつけた。
 いつものように、一条さんの頭を抱き取ることも…していいのかどうか、よくわからない。

「一条さん…俺…すみません…」

 一条さんが、微かに笑う気配がする。

「…どうした?」

 まだ、声が少しかすれている。
 こんなに反省しているのに、さっきの感触を思い出して、俺はちょっとぞくっとした。
 やっぱり俺は、淫乱魔人なのかもしれない。

「すみません…無理させてしまって…」

「したかったんだろう?」

「…はい。…でも。」

「…五代…気にするな…」

「…でも…。」

「俺も…したかったんだから…気にするな…」

「…は…い。」

 したかったから…と、言ってもらえて嬉しかった。
 俺を慰めよう、と言ってくれているのだとしても…。

「今すぐ、電話が鳴ると…さすがに困るが…」

 一条さんは笑いかけ、身動きしかけて、また顔をしかめた。

「…あっ、つ…」

「…ちゃんと手当てしなくて…大丈夫ですか?」

「いや…たいしたことはないよ、本当に。
 次は…もうちょっと楽だろうし…。」

 次って…。
 また、してしまっていいの…?

「五代…もっと寄ってくれ。少し冷えてしまった…。
 …もう、眠ろう…。」

 一条さんは腕を伸ばして、俺の頭を抱き取ってくれた。
 本当に一条さんの身体は少し冷たくなっていたから、俺も腕を回した。

 俺の落ち込んだ気分を宥める為に、明るく優しく振舞ってくれているのが、よくわかる。
 愛している…とは言ってくれなくても、一条さんは俺をとても愛してくれている。
 身体を結ばなければ、安心できなかった自分が、情けなかった。

(ごめんなさい…ごめんなさい…)

 あやまり続ける俺の心をまた感じたのか、一条さんが手を伸ばして、さっきのように髪を撫でてくれる。
 撫で続ける指はとても優しくて、俺はだんだん落ち着いていった。

 しばらく経ってから、一条さんは静かに俺を呼んだ。

「五代…」

「はい…」

「…五代…」

「…はい…」

 いつものように、一条さんはそれっきり、何も言わない。
 でも、俺の名前の後に、「愛しているよ…」という言葉が聞こえるような気がする。
 きっと、いつもいつも、一条さんはこうやって呼んでくれている…。
 近くにいても、遠く離れても、きっといつも…。
 一条さんは、俺を見守っていてくれる…。

 俺は、そっと手を上げて、拳を握った。

 一条さん、俺は…もっと強くなります。
 アマダムの力を借りて、もっともっと強くなって、必ず終らせます。
 俺は…こんなに愛しているもの。
 みんなを愛している。一条さんを愛している。
 だから…大丈夫。きっと、できる。

 ほら…こうして強くなろう、と思っただけで、アマダムは熱くなる。
 俺は、きっと強くなる…。

 けれど…心配がただひとつ。
 俺が、アマダムを抑え込めなくなって、強くなった身体が暴走したら。
 俺がみんなの笑顔を壊すものになってしまうなら。

 そんなことにはならない。きっと、大丈夫だ…でも。
 俺には、この強くなっていく身体の行く先が見えなくて。
 後戻りできないことが、少しだけ、恐ろしい…。

 一条さん…その時は、俺を殺してくれますか?
 俺が俺でなくなったら…殺してもらえますか?
 あなたには辛いことだろうけれど…ごめんなさい…でも…
 俺は…死ぬならあなたに殺されたい…。

 一条さんの静かな寝息が聞こえてきた。
 俺は、一条さんの肩に毛布をかけ直し、一条さんの頬にひとつキスをして、暖かい一条さんの腕の中に丸まって、目を閉じた。

 いつか…ちゃんと頼んでおかなければならない…。
 でも…そんなことにはならない…俺は、大丈夫だ…。

                 (第4章:絆-改訂 完)

 

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