『第2章:致命傷』-3
肩を抱いて起こされていた。 (やめてくれ…目眩が…) そのまま横に寝かせられているようだった。頭が下がった失調感に吐き気を感じて、俺はうめきながら身体を丸めた。テーブルの脚に膝をぶつけたが、すぐにそのテーブルは向こう側に引かれて、俺は震えながら丸く縮まることができた。息苦しさにあえぐと、背中がさすられた。冷汗にまみれた額を暖かいもので拭かれた。 俺はやがて、眠りに落ちた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キッチンから照らす穏やかな灯に、俺はぼんやり目を醒ます。 「気がつきましたか?」 静かな声がした。僅かに頭を巡らして見ると、ベッド脇の壁を背にして、タオルケットに丸まった五代雄介が俺を見ていた。 「五代…帰らなかったのか…?」 「はい…」 「面倒をかけてしまったようだな…」 「いえ…」 「一日に二度、だな…」 「はい…」 五代が立上がり、やがて俺の横に座りこむ気配がした。五代が俺を覗き込む前に、俺は目を閉じた。 「もう、楽になりましたか…?」 「ああ…」 「…どこか…悪いんですか…?」 「………」 (心がな…とても悪いんだよ…五代…) 「いつからなんです?どうしたんです?」 「………」 「…言いたくないんですね?」
俺には、応えられない質問だった。俺は黙っていた。五代を傷つけているのは、わかっていた。五代に心配させていることもわかっていた。だが、その質問に応えることは。できない。 黙ってしまった俺のかたわらで、五代はぽつりぽつりと一人、話し続けた。
「すみません…俺、帰りませんでした。
「あまり静かなので、戻って来たら…
「とても苦しそうだったので、横になってもらったら… 「いや…五代…ありがとう…」 俺の髪と頬を撫でる五代の指を感じた。 「俺…心配したんですよ…」 俺の目蓋に何かがぽつり、と落ちてきた。目を開くと、俺の上に五代の顔があった。五代雄介は泣いていた。五代の手は俺の顔を撫でさすった。涙が次々に俺の顔に降り注いだ。 「どうして…どうして…」 唇が震え出し、五代はもう、泣きじゃくっていた。俺の目に五代の涙が落ちた。俺の目は五代の涙で溢れ、にじんだ。
「こんなに…綺麗なのに…こんなに…冷たい…
「一条さんが…苦しんでる…その横で…
「知って…ますよ…一条さん…この頃…食事…
「きっと…ろくに…眠っていない…こんな…痩せて… 「死なないさ。それに、綺麗でもない。」 俺は微笑んで言った。五代が愛しかった。
涙の溢れる目で、五代は俺を睨みつけた。
「尋ねても、一条さんは答えてくれない… それから、五代の柔らかい唇が降りてきて、震えながら俺の唇に触れた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最初は触れるだけのくちづけだった。 「ごだい…くるし…い…。」
五代は目を細めて笑う。口元がゆがんだ泣き笑いだった。 「駄目、です。許しませんから。」 顔中に接吻の雨が降って来た。目蓋を舐められた。鼻を齧られた。髪を掻き上げて、耳を噛まれた。髪の中に指を入れ、いつかのように強く俺を仰け反らせながら、俺の顎に頬を擦りつけた。 「いたたた…」 と、小さな声で言う。 「ひげが伸びていたか…?」 「もう…ひげぐらい、ちゃんと剃ってくださいよう…」 「馬鹿。ひげよりも俺が伸びていたんだ。」 そう言うと、また泣きそうな顔になって、俺の首筋にしゃぶりついて、噛んだ。そのまま吸い上げられる痛みがある。 (馬鹿…そんなところに…)
今日はキスマーク付きで出動か。硬派で鳴らした俺にあるまじきこと…。 (五代…俺の可哀想な戦士…)
俺はもう気付いていた。
五代…俺を愛しているのか…?
だが…五代。俺たちが今、愛を語り合ってどうなる?互いを惜しみ、命を惜しみ合ってどうするのだ? 五代の舌はそのまま俺の首筋を舐め上げて、俺の耳に辿りついた。五代の荒い息遣いが耳朶にかかり、五代の吐息が俺の名前を呼び続けた。 「…一条さん…一条さん…一条さん…」 それから、急に耳の中を舌でねぶられて、俺は仰け反っていた。 「…あ…うっ…」 逃れようとする俺の頭を、五代の指がしっかり押さえた。耳の中で湿った音を立てていた五代の舌が一瞬離れる。その感触に、俺の身体はまた跳ねた。 「…感じます?一条さん…」 五代のかすれ声が、耳もとで囁いた。 「…知ってますよ…一条さん、耳が弱いんですよね…」 笑いを含んだ五代の囁きに、思わずかっとしてはね除けようとしたのだが。また髪を掴まれ、抑え込まれて耳を犯された。身体が、俺の意志とは関係なく暴れ、よじれる。 「…ごだ…や…めろ…」 「…嫌です…許さないって言ったでしょう…?」
五代の口が耳から離れ、髪を掴む手が弛んだので、俺は振り向いた。 (五代…五代…俺の…雄介…) 俺の愛しい英雄が、頬に涙の跡をつけて、俺を見つめ、俺を抱いていた。 (泣くな、五代…俺の為には、もう泣くな…)
おまえはいつも駆けていけ。そして、闘え。奴等を倒せ。 俺の手は、抗った時のままに、五代の肩に置かれていた。五代の息遣いが俺の掌に伝わってくる。暖かい肩だった。 (お願いです。一度だけ…一度だけ…)
俺はどこにいるのかわからない「神」に祈った。 (五代…愛しているよ…)
くちづけは、ゆるやかだった。静かに俺たちは唇を探り合い、舌をからめた。俺は目を閉じて、五代を味わった。静かに強く五代を抱いた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 目を開けると、五代が俺を見つめていた。夢みるような、歓喜の色がある。 「…一条さん…?」 俺は、微笑みながら手をすべらせて、五代の股間を探り、硬く猛った五代に触れた。
「どうした?さっさと抱けよ。もうこんなにしているくせに。 「…!」 五代の夢みるような瞳が、屈辱と怒りに塗り変えられる。そして、五代は俺の髪を乱暴に掴み、噛みつくようにくちづけた。今度は侵略のキスだった。 (そうだ…五代…それでいい…)
五代は早急に毛布を剥ぎ取り、空いている手で、俺のパジャマのボタンを外していった。空気に触れる胸や腹がわずかに冷たいが、すぐに五代の手がまさぐってくる。俺の全てを確かめるように、五代は俺の胸を、腹を、脇腹を、背中を撫で、掴み、さすった。 「…駄目ですよ。包帯がほどけてしまう…。」 俺の胸を舐めながら、くぐもった声で五代が言う。そして、俺の指を掴み、口から外して、自分の口に持って行った。引こうとするが、離してくれない。指にもくちづけられた。指の股を五代の舌が這った。俺の身体はいちいち反応し、びくびく震えた。 「あぁあ…う…やめ…」 声が出てしまう。自由なほうの手で口をふさごうとしたが、その手首も捕らえられた。力が入らない。
「…身体は素直なんですね、一条さん… 俺の両手を封じたまま、五代はかすれた声で俺を煽っていた。そのままずり下がって、俺の腹にほおずりする。
「…一条さん…綺麗ですね… 五代は俺の臍まで舐めた。腹筋の間の窪みに舌を突っ込み、濡らす音がする。俺の肌はそそけ立った。 「…ごだい!…やめ、て、くれ!」 「いやでーす…」 この男を怒らせ続けるのは、不可能だ。五代の声は、もういつもの余裕を取り戻し、のんびりと愛嬌があった。五代は猫がミルクを舐めるように、俺の臍をいたぶっていた。 「ち…く、しょう…!!」 俺は両手を取られたままもがいたが、そうすると、身体がずり上がってしまった。臍を舐めていた五代の顎に、俺の昂りが当たった。俺のそこはとっくに硬く充血していたのだから。 「おやぁ…これはなんだろうー?」 パジャマの上から、五代の鼻が擦りつけられる。布の上から、五代がそこを横食わえする。暖かい息がこもって、また一気に血が流れ込む。 「ご…五代っ!!」
「一条さん、手を離しますけど、噛まないでくださいね…
俺は、いたずらな猫にもて遊ばれていた。 「…うわぁ…一条さん…ここも綺麗だ…ピンクで…」 「…ばかやろう…」 罵りがどうしても睦言になってしまうのは何故だ。 「毛も薄くて…やわらかい…」 五代の指が俺の陰毛を梳き上げた。 「…俺、舐めちゃおうっと…」 五代の舌が俺に触れた。 「…!!よせ!!汚い!!」 「汚くないです。一条さんの汚いとこなんてないです。」 五代は俺を舐め上げた。裏側を甘く噛んだ。 「五代!…やめてくれ!!」 俺は、哀願させられていた。 「そうですかぁ?じゃあ…他のとこにしようかなぁ…」 五代はいくらか姿勢を変え、抱え込んでいた腰骨に歯を立てた。俺は…そんなところさえ感じてしまい、また悶えた。五代の性悪な手のほうは俺の屹立を握り、先端に指を滑らせた。 「一条さん…濡れてますよ…?」 「…い、うな!」 片膝を持ち上げられた。五代の頭が移動して俺の股間にもぐりこんだ。膝裏にくちづけられた。内股を噛みつかれ、吸い上げられて、俺はまた叫んだ。睾丸を鼻で押し上げ、舐め上げられた。俺はすっかり翻弄され、うめき続けながら、流された。
それから、五代は俺自身をすっぽりくわえ込んだ。 「ああっ…は、はなせっごだいっ!!」
俺は叫びながら、五代の頭を引き剥がそうとしたが、腕にまるで力が入らない。起き上がることさえできず、横たわったまま、震えながら俺は啼いた。 「ああ!ん…うんん…ん…」 俺は五代の口の中深くに、放っていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は死んだように横たわっていた。けだるくて、指一本も動かせない。だが、不快ではなかった。久しぶりに身体から緊張が消え、弛んでいる。 俺の股間の汚れを全て舐めつくすと、五代は全裸の俺にそっと毛布をかけた。それから静かに俺の横に添い伏して、仰け反ったまま、打ち捨てられたように投げ出されていた俺の頭を腕に抱きとった。暖かい皮膚の感触に、俺はようやく目を開こうとする。五代もまた、服を脱ぎ捨て、裸になっていた。 「…ごめんなさい。一条さん…寒くなかったですか?」 五代の指が、俺の顔にかかった乱れた髪を丁寧に掻き上げている。俺を見つめている視線を感じる。だが、あけようとした目蓋を、俺はまたつむった。暖かい。気持ちがよかった。 「…か…ぜをひいたら…五代の…せいだ…」 ようやくしゃべった俺の声は、かすれてほとんど声にならない。寄り添う五代の身体が笑いに震えるのがわかった。目を閉じたままの俺のこめかみに、五代の唇が押し付けられる。
「そうしたら、俺、ちゃんと看病しますから。
「そんな…のんびりした…暇なんてないだろう?
俺の身体はぞくり、と震えた。腕が泡立つ。
「まだ…時間はあります…。
「一条さん…具合が悪かったのに…すみませんでした。
「一条さん…俺、もう何も聴きません… 俺は何も言わず、雨だれのようにぽつぽつと語る五代の言葉を聴いていた。 「ただ…できる限り、一条さんのそばにいさせてください…」
五代の言葉は、俺に沁みていった。 ふと気付いて、俺は五代の股間に手を延ばした。触れた五代は、もう鎮まっていた。 「五代、いいのか…?」 五代は笑って腰を引いた。
「駄目ですよ、一条さん…また触ったら。 五代のくすくす笑う響きが、俺に伝わる。 「でも、裸で抱き合いたくて…ね、気持ちいいですよね。」 五代は俺を抱き寄せて、肌を擦り合わせた。五代の胸の暖かさが、俺の胸に重なった。五代の手足のぬくもりが、俺の体温と溶け合った。 「ああ…そうだな…」 (ひとつに、なれればいいのにな…五代…俺の…) 急速に眠気が来ていた。俺は五代の腕に抱かれたまま、眠りに落ちた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
明方に、俺はまた夢を見て、暴れたらしい。 「五代…」 「はい…」 「五代…」 「ここにいますよ…」 「五代…」 「はい、ここにいます…」 また眠りに落ちる前、俺は五代のつぶやきを聴いていた。
「一条さん…俺を見ててくださいね。
ますます激しくなるだろう闘いを予感しながら。 (第2章:致命傷 完) |