おかしなふたり 連載161〜170 |
第161回(2003.2.9.) 「・・・ん・・・」 可愛らしくも発育のいいその胸はへこむことなくその周辺が盛り上がってきた。 「あ・・・」 胸回り、胴体全体が大きく、逞しくなる。 これをやるときには歩(あゆみ)はいつも何とも複雑な気分になる。聡(さとり)は一体どう思っているのだろうか? 歩(あゆみ)のそれと違って本人の意図に反して性転換させた事は無い。つまり、常に望んでということになる。 女の子って男になってみたいとか思うんだろうか?聡(さとり)なんかまだ16歳である。男性経験が豊富とはとても思えない。こう言っちゃ何だが、股間の男性器なんて慣れている男だってそう気持ちいいとばかり感じている訳でもない。 こちらの想像力が貧困なせいで、常に聡(さとり)を男に変身させるときは元の特徴を多く残した何ともフェミニンな「美少年」にしてしまうのだが、それも男への変身に抵抗が無い理由の一つだろうか。 上半身に続いて下半身にも変化が訪れる。 大きめだったお尻は周囲に合わせるように引き締まり、脚もすらりと長くなる。男性器が生まれてくる瞬間は・・・少なくとも歩(あゆみ)が日々経験している“戻る”時と同じなんだろう。予想だけど。 「あっ・・・あっ・・・そう・・・その調子・・・あっ!」 もう全身が男性に変わってしまった。 ダブダブだったタキシードがぴっちりと張り詰めている。背も一回り伸びて、花嫁のこちらを追い越してしまう。 そして・・・顔がほんの少しだけ逞しくなり、ショートカットだったその髪型が更に短くなる。 「・・・ふう」 もう男の声だった。 「わお!出来た出来た!いつもありがと!お兄ちゃん!」 高校生の男がこれを言っているんだとしたら少々気味が悪いが、この紅顔の美少年には不自然さは無い。 そこにはタキシードに身を包んだ凛々しい若者の姿があった。 「ほら!みてよ!」 ドキッ!とした。 鏡の中には、まさに理想の花婿と花嫁がいたのである。 |
第162回(2003.2.10.) 「あ・・・」 これまで何度も可愛らしい制服を着せられてきたのだけども、やはり“ウェディングドレス”というのは特別だった。 上半身を覆い尽くすかの様なヴェール。バランス悪くも大きく開いた胸元。髪をアップにされているので浮き出す首筋のライン・・・。 イヤリングやネックレスといったアクセサリーもさることながら、大人っぽい雰囲気を醸し出すナチュラル・メイクが艶かしい。 これが・・・自分なんて・・・。 そしてそして、その隣に堂々と立っている“花婿”である。 これによって“絵”は完成した。 自分が、そのパーツの一部分になっている不思議な感覚に支配されていた。 しかも・・・花嫁さんの方で・・・。 鏡を通してちらちらと“花婿”の顔を見る。 “花婿”の方もそれに気が付いてにっこりと微笑み返してくる。 ・・・赤くなって俯いてしまう花嫁。 ・・・って何を照れてるんだ!自分の妹に対して・・・。 とはいうものの、全ての関係が逆転していてもうぐるぐるである。 二重に倒錯しているというか360度回転しているというか・・・でも360度倒錯したら元に戻ってくるのかな?とかもう考えていることがむちゃくちゃである。 ちょんちょん、とひじでつついてくる聡(さとり)。 「・・・何だよ?」 こちらの言葉はちょっと乱暴だけども、何だか仲のいいカップルみたいである。 「もういいだろ?」 「まだまだだよ。てゆーか手ぇ組んで」 「・・・え?」 「手だよ手。お嫁さんの方から組むもんでしょ?」 そういえばそんな気も・・・。 歩(あゆみ)は今まで見たことがあ腕を絡めていたのは確かにお嫁さんの方だった様な気が・・・。 「だって・・・」 そうやってもじもじするから余計に可愛いんだ! 「お兄ちゃ〜ん?」 「・・・分かったよ」 つるつるの手袋をしゅるりと“花婿”聡(さとり)の左手に絡ませる。 身長もこっちが一回り低くなっちゃってるし・・・、何だか頼りない様な感じである。 「はい、顔上げて」 言われてふっと顔を上げると、そこには結婚式場のパンフレットにでも登場しそうな、腕を組むお似合いのカップルがいた。 |
第163回(2003.2.11.) 「えへへー、こーゆーのって何だか気持ちいいね」 「・・・」 そっちは気持ちいいだろうけどさー。 でも何だかしっかりドキドキしている歩(あゆみ)だった。すべすべの手袋を通して生々しい腕の体温が伝わってくる・・・。 「もーいーよね?」 しつこく確認した。妹を喜ばせるのもいいけど、こっちの身も考えて欲しい。 「じゃあ、最後に」 「何だよ?」 「お姫さまだっこさせて」 「ええっ!?」 ヘンな声を出してしまった。 “お姫さまだっこ”ってもしかしてあの・・・“お姫さまだっこ”か? 「こんなチャンスは滅多に無いしねー」 確かに“お姫さまだっこ”はお姫さまみたいな格好をしている女を抱いた方が“さま”になる。それを考えるとウェディングドレスとタキシードを着ている今の状況はこれ以上無いだろう。 なおもじもじしているウェディングドレス姿の歩(あゆみ)。可愛い。 「これで最後!最後だから!」 「・・・」 「それじゃあ二択にしよう!」 「二択・・・?」 「“誓いのキス”と“お姫さまだっこ”のどっちがいい?」 そんな選択があるか! 「じゃあ・・・まあ・・・だっこ・・・で・・・」 最後の方の声は消え入りそうだった。 「ありがとー!お兄ちゃん!」 といってむぎゅ!と抱きしめてくる。 「・・・!?△■○★!?」 遂にウェディングドレス姿でタキシードの男に抱きしめられてしまった・・・。 「じゃあ行くよ!」 言うが早いがかがみこむと背中に手を回す。 「あ・・・」 薄い生地に触れたその剥き出しの手のぬくもりが背中に伝わってくる・・・。 |
第164回(2003.2.12.) 足元をごそごそやっている聡(さとり)。 いや、聡(さとり)と言っても今やタキシード姿の好青年である。こうして仕草だけ見ているととても妹には見えない。 間近でその凛々しい姿を見ると、何とも複雑な気持ちになる。 「持ちにくいね」 「まーな」 そりゃ持ちにくいだろう。これだけの量のスカートである。 背中に感じる聡(さとり)の手のぬくもりが気持ちいい様な悪い様な・・・。 「よっ」 「あっ・・・」 聡(さとり)が背中側から脇に手を回し、くいっと後ろに引いた。 上半身が逞しいその胸に背中から預けられる。 「さ・・・とり・・・」 「抱き上げるんだからまかせてよ。ね」 ぱちっ!とウィンクする美少年。 何とも言えない甘い感情が胸の中に湧き上がる。 これが・・・これが寄りかかる快感・・・なのかな? ただ単に抱き上げられるだけなんだけど、そこには葛藤があった。 でも・・・聡(さとり)も言ってたけど、滅多に無いことなんだから、ここは思い切って身を任せる快感に酔ってもいいのかな・・・。 そごそごと足元を探りつづけていたが、やっとポイントを掴んだらしい。 「よっ!」 「わああっ!」 身体全体が傾ぐ。 「お兄ちゃん、適当に力抜いて。持てない」 ・・・いいやもう。どうにでもなれ。 文字通り全身を投げ出す積りで力を抜き、身体を妹にまかせた。 ざらざらのストッキングに包まれた脚を、つるつるのスカート内側の生地が押し付けられる。 視線が正面から思いっきり天井に向く。 「よっこいしょっと」 |
第165回(2003.2.13.) 足元をごそごそ探りつづける聡(さとり)。 持ち上げても尚完全に持ち方が定まらない。 い、痛・・・。 何しろ二箇所、たった2本の腕だけで全身をささえているのである。どうしてもそこに体重が集中してしまう。 「うーん、結構重いねお兄ちゃん」 「う、うるさい!」 でも・・・完全に腕の中に入ってしまった感じがその・・・何とも言えない・・・。 膝の裏と背中で抱き上げられ、お尻が凹んでいる形になる。勿論スカートの80%は床に流れ落ちている。 「・・・可愛いよ。お兄ちゃん」 ぽっ!と顔が赤くなる腕の中の子猫ちゃん。 「ば、馬鹿・・・」 そーゆー事を言うから・・・まあいい。 「ほら、鏡見て」 「・・・っ!!」 そこにはまさしく“お姫さまだっこ”された花嫁と、誇らしげに伴侶を抱き上げる花婿がいた。 「もう・・・いいよな?」 その言い方は別の想像が沸き起こってしまいそうだ。 「うん。いいよ。ありがと。じゃあ最後に」 最後じゃないじゃんか! 「いよーっこいしょ!」 全身がつるつるすべすべの塊である花嫁を抱え上げたまま、床に散乱するスカートとトレーンに躓かないように花婿は華麗にターンした。 「わああっ!」 抱かれている者にしか分かるまい。 視界が360度の大回転をした。 元々朦朧としているところにこの刺激は過激すぎた。一瞬意識が飛んでしまう。 身体が空中を飛んでいるみたいだった。 事実飛んでいた。 |
第166回(2003.2.14.) 「きゃああっ!?」 無意識に声が出てしまう。 そこには・・・聡(さとり)のベッドがあったのだ。 そこに布団みたいな生地のドレスでふわりと横たえられる歩(あゆみ)。 まさかこれって・・・しょ、初夜!? 「さ、さとりいいいぃっ!」 とか何とか言いつつぎゅうっと目をつぶってしまう歩(あゆみ)。 ・・・。 しばし沈黙。 ゆっくりと片目を開ける。 最初に部屋の照明が目に入った。 何も見えない。まぶしくて。 「なーんちゃって」 ・・・え? そういえばこの感触・・・。 全身がこれまでに比べて圧倒的に軽かった。 ぺたり、と自分の胸を触る。 指先が直接カッターシャツに当たる。 ・・・手袋をしていない? ガバリ!と起き上がった。 「ありがとね、お兄ちゃん」 「あ・・・」 歩(あゆみ)はもう学生服になっていた。 にこにこしながら見下ろしているタキシードの好青年。 「おまえ・・・」 まあその・・・もう怒っても仕方が無い。なんやかや言っても戻れた訳だし、・・・そもそもまた機嫌を損ねて花嫁にでもされては適わない。 「・・・」 黙って立ちあがる歩(あゆみ)。 そうだ、カバンはどうするんだよ。 その時だった。 |
第167回(2003.2.15.) 「・・・あれは?」 部屋の床に、さも当たり前の様にカバンが転がっているではないか。 「カバンだね」 と少年声の聡(さとり)。 「いや・・・」 それは分かってるんだ。あんなに探しても無かったのに・・・。 「あれって・・・どこから?」 「さあ、あの辺にヴーケが転がってたから。それじゃないかな」 そこまで聞いた後に飛びつく歩(あゆみ)。勿論学生服姿に戻っている。ああ、何て身体が軽いんだろう。 カバンを開けてみる。 ある・・・全部ある。 そうだ!身体を触ってみる。 ある!携帯電話も鍵も何もかもある! 「あのー、お兄ちゃん」 そうか・・・身の回りのものが全て何かに変換されちまってたってことか・・・。ということは! 部屋中をぐるりと見回すと、そこにはエナメルのハイヒール・・・では無くて何の変哲も無い運動靴が転がっていた。 「お兄ちゃん・・・」 「ん?」 やっと気づく歩(あゆみ)。 「よかったらこっちも戻してくれると嬉しいなーとか」 えへへ、と照れている。 「あ・・・じゃあまあ・・・」 どうしようかなーとか思うんだが、逆らっていいことは何も無い。また女にされちまうよりいい。 十数秒後、そこには部屋に入ってきた時のキュロットスカート姿の妹がいた。 「じゃあ俺・・・行くから」 「うん、ありがとねお兄ちゃん」 「・・・」 心中複雑だが、まあいいだろう。 「あのな聡(さとり)・・・」 「分かってるって。許可を得でもしない限り他人の前で変身させないようにするから」 「約束だぞ」 「分かったってば!」 怒っている様な口調だが、目は笑っている。 「特に“変身させよう!”と強く思わなくても勝手に変わっちまうみたいだから・・・気をつけろよ」 「うん、分かった」 「じゃあ・・・」 「じゃーねー」 * * * * * * * * * * * * * * * * ・・・・まあ、そんなことがあったりしながら現在に至るのである。 結局妹に頭が上がらず、無差別に性転換させられては適わないので言いなりみたいなことになっている。 べ、別に喜んだりはしてないからな! メイド服から元に戻ってどれくらいしただろうか。 今日は日曜日だが、特に何もしなかった。期末テストも迫ってるってのに遊んでる場合じゃないんだけどなあ。 その晩の事だった。 |
第168回(2003.2.16.) 「もしもし?長沢と申しますが、歩(あゆみ)くんか聡(さとり)ちゃんいらっしゃいます?」 その電話はこちらに答えて確かにそう言った。 「恭子ちゃん!」 聡(さとり)が素っ頓狂な声を上げる。 家庭用のコードレスホンを、珍しく歩(あゆみ)がいない状態の自室に持ち込んで延々話し続けた。 歩(あゆみ)はトラウマになりそうだった。 言うまでもなく昨日の電車内でのウェディングドレス変身である。 考えるだにおぞましい。もう二度とあんなのはごめんだ。 昨日の晩は、殆ど毎日続いていた制服の着せ替えごっこは行われなかった。 “遠隔操作できる”という悪魔の方法に気付いてしまった聡(さとり)が大人しくしているとは鬼の霍乱みたいな話である。 “人前では変えない”という約束だから“人前じゃないもん!”とばかりに歩(あゆみ)が部屋で一人の時に何かにされるかと思っていたのだがそれも無かった。 ・・・まあいい。何もなければそれが一番いいんだから。 これまでにも何度かそういう夜はあった。 聡(さとり)とて16歳の“今時の女子高生”である。女友達と延々電話で話すことだってある。 昨日は隣の部屋から聡(さとり)の爆笑がしょっちゅう聞こえてきた。友達と何か話してたんだろう。 今朝は早めに家を出た。 同じ高校に通っているのだから、一緒に行けばよさそうな物だが、何となく歩(あゆみ)は今朝は一人になりたかった。 |
第169回(2003.2.17.) あゆみは自分から調べる気にはならなかった。 それほど遠くの話では無い。“駅を駆け抜けるウェディングドレス女”がいればそりゃ評判になるだろう。 ・・・ならんか。 一応周囲の会話に耳を傾けてみるが、それらしい話は聞こえてこなかった。この手の“噂話”を収集するにはどうすればいいのか。 まあ、法律違反を犯している訳でもなし、忘れてくれるのならそれが一番いい。 「おう、城嶋」 「ん?」 クラスメートの柿崎が声を掛けてきた。 「聞いたかあれ?」 ・・・遂に来たか。だが、うまく乗り切ってやる。 最も「その花嫁は俺なんだ」と言ったって信じちゃもらえないだろうからいいんだが。 「・・・何を?」 「いや、今日転校生が来るらしいぜ」 何のこっちゃ。 「知るかよ」 「何か無茶苦茶可愛いらしいぜ」 「噂だよ。大概実物みてがっかりするんだ」 それにしても高校で転校というのは珍しい。そして転校生の容姿で盛り上がれる中学生並みのメンタリティの柿崎が羨ましいってもんだ。 すぐにチャイムが鳴って、ホームルームの時間がやって来る。 毎度のことだが、そういう新しい要素があるのなら面白いかも知れない。 担任が入ってくると、その転校生に先駆けて黒板に名前を書き始めた。 『長沢 恭子』 と。 「お、来たな」 ガラガラと引き戸を開けて入ってきたその“転校生”を見て歩(あゆみ)は心臓が口から飛び出そうになった。 |
第170回(2003.2.18.) 「あ・・・あ・・・」 とは声に出さなかったが、危く出すところだった。 クラス中に小さくどよめきが起こる。 入ってきた彼女はシャンプーのCMに出てくるタレントみたいに黒光りする美しい髪をなびかせた美人だったのだ。 だが歩(あゆみ)にはそんなことはどうでも良かった。 昨日の車内のことがフラッシュバックする。 * * * 見知らぬ女性だった。 しゅるしゅると床に広がったスカートをかき集めるようにしてくれる。 「あ、あの・・・」 そして持ち上げつつ歩(あゆみ)の方に差し出してくる。 「はい、どうぞ」 * * * あ、あれは・・・。 * * * 髪の長い落ち着いた美人だった。 大人だと思ったけど、私服だから大人びて見えるのかも知れない。歩(あゆみ)には自分たちと同年代の少女に見えた。 「・・・罰ゲームか何かなの?」 突然“タメ口”になってちょっとドキッ!とする歩(あゆみ)。 * * * あの時の・・・私服だったお姉さん・・・っていうかこのクラスに入ってくるってことは同い年? いや、その人は“見知らぬお姉さん”では無かったのだ。 一瞬遅れてその名前がリンクする。そしてその整った顔もリンクする。 小さい頃に近所に住んでいた恭子ちゃんだ! 何か自己紹介めいたことをしていたみたいだけど、全く耳にはいっていなかった。 話している途中にこっちに気が付いたらしく、視線を会わせて微笑んでくる。 |