おかしなふたり 連載91〜100

第91回(2002.12.1.)
 フリーターはようやくその“違和感”に気が付いた。
 考えてみれば確かにそれも“あり得るパーツ”ではあった。
 彼女は・・・その人物が本当に女ならだが・・・これから暑くなってくる季節であるはずなのに長袖を着ていた。
 いや、長袖になった?
 本能が“この現象を見逃してはいけない”と告げていた。
 これはただ事ではない。
「あ・・・ふ・・・」
 対象に向けて鋭敏に神経を研ぎ澄ましているせいだろうか、その人物の発する小さな声まで聞こえてきた。
 自分の目の前にいるOL風の女性がごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。
 それはただの“長袖”では無かった。
 指先の一本一本までぴっちりと包み込む白一色の“手袋”だったのだ。
 頭の中の映像を呼び起こしてみる。
 ・・・確かに・・・確かにさっきは指先には肌色が見えていたはずだ。ここからは何がどうなっているのかはっきりとは見えないが、それは確かだ。
 ・・・一体・・・何が起こっているんだ?
 その“少女”が掴んでいるつり革の手の部分は確かに白い手袋に覆われていた。
 この聴衆はこれから数分間以上の長きに渡って、その人生において、誰に話しても信じてもらえないであろう空前絶後のパノラマを目撃することになる。


第92回(2002.12.2.)
 “白”の侵食は止まらなかった。
 今現在歩(あゆみ)は脚にこれまで感じたことの無い感触を受容し続けていた。
 膝を回り込み、ふとももに至る束縛感を感じたことは・・・ごく普通の“靴下”しか経験の無い歩(あゆみ)には・・・無かった。
 今度はそれが腕に襲ってきていた。
「あ・・・あ・・・」
 腕全体を指先の方向から侵食するそのエリアは徐々に広がっていっていた。
 もともと「半袖」であったものが「長袖」の長さになったのであるから、今変容しているのは「増えた部分」である。だが、そこに被さっている“手袋”はこれまで歩(あゆみ)が経験したどんなものとも違っていた。
 ドキリとした。
 表面にぴっちりとまとわり付くその表面・・・。
 歩(あゆみ)はこれまで何度も性転換させられているが、これまでこれほど自分の“手”をまじまじと眺めたことは無かった。
 なんて・・・なんて・・・綺麗なんだろう・・・。
 自分で頭の中で発しておきながら恥ずかしくて赤面しそうだった。
 でも、それは事実だったのだ。
 ぴっちりとまとわり付いたその手袋は、わずかにひねった際に生じる“しわ”まで含めてくっきりとその形状を浮き出させていた。それはすぐその下にある本物の腕よりも数段美しく見えた。


第93回(2002.12.3.)
 歩(あゆみ)が経験したことのある“手袋”は、せいぜい手首までしか無かった。てゆーかそれより長い手袋なんて使いにくいだけでは?
 しかし今目の前に出現しつつある“手袋”はそんなものを超越する長さだった。
 手首を遥かに越え、その長さは“ひじ”に迫っていた。
 手首の部分で“きゅうっ!”その締まったその形状は背筋がゾクッとするほど美しかった。
 耳たぶが熱くなっているのが分かった。長い髪に覆われて外から見えなくなっていた耳たぶが。
 空気が入り込まないほど密着した白い部分はもう腕全体を覆い尽くしていた。
 確かにその制服のカッターシャツは白かった。秋以降ならば上からブレザーを着込んでいたのかも知れないが、今はそういったものが無い。だから色だけ見れば同じ“白”だった。
 だが、次の変化は万人の目に明らかだった。
 特に意識しないレベルで肩に掛かっていた感触が軽くなった。
「!?」
 歩(あゆみ)は思わず自分の肩を見た。
 声にならなかった。
 何の変哲も無い男子高校生のカッターシャツの肩に、かぼちゃの様なしわの寄った丸い塊が現れていたのだ!


第94回(2002.12.4.)
 腕を覆っていた生地と同じものであろうその“塊”は直下から伸びているその腕の細さを強調するかの様に大きく膨らんでいた。
 そのかぼちゃの様な肩が長い髪の毛を下から押しのけ、掻き分ける。
 聴衆の一部が息を呑んでいた。
 勿論、その中心部にいる歩(あゆみ)がそれを認識出来ようもない。
 次の変化は、歩(あゆみ)よりも周囲で見ている人の方が先に気が付いた。
 いや、正確には余りにも目立つ肩の部分の膨らみに気を取られていたが、その変化はもうかなり進行していたのだ。
 いわば「服の中身」だけがミニサイズへと変わってしまっていた少女・・・歩(あゆみ)・・・は必然的にその服はダブダブだった。
 だが・・・、この時点でダブダブだったその上半身の生地はその小さく引き締まった上半身の周囲にぴったりと密着し始めていたのだ!
 その証拠に数瞬前に比べてその少女は明確に身体の線が浮き上がっていた。
 歩(あゆみ)は首元がゆるくなるのを感じた。
「は・・・あ・・・」
 襟の形が溶け落ちていく。
 大きく胸元が開き、肌の色が露出し始めていた。


第95回(2002.12.5.)
 ついさっきまでは確かに「男子高生の制服に身を包んだ男装の少女」だった。
 だが今は、その着ていた衣装が男子高生の制服の跡形を殆ど留めていなかった。
 少し離れて座っていた青年も、余りのことに固まってしまっていた。もはや「凝視するのは失礼」といった次元を超えていた。
 首筋が空気にさらされていく・・・。それは17歳の“花も恥らう”まだ幼さを残す少女のものではあったが、爽やかさと同時に何とも言えない艶(なまめ)かしさを漂わせていた。
 遂に“鎖骨”がその胸元から顔を出した。
 上半身はもうその“形”を明確に現していた。
 ツンと上を向いた形のいい乳房・・・きゅうっ!と引き締まった“折れそう”なほど細いそのウェスト・・・。
 そしてその表面をつるつるですべすべの生地がぴっちりと多い尽くし、そして細やかな刺繍が彩っていた。
「そ・・・そん・・・」
 言葉にならなかった。
 もう完全に「純白」に覆われてしまったその手を眺めながら同時に変わり果てた上半身を視界に納める歩(あゆみ)。


第96回(2002.12.6.)
 「腰」が二箇所になってしまっていた。
 上半身の衣装はその「腰」の位置をかなり高く設定しているらしいことは明らかだった。
 だが、その心配はすぐに解消されることになる。
 もう誰はばかることなく歩(あゆみ)を注目していた。
 その外見は・・・一言で言うと“異様”であった。
 もう“何者でもない”形状だった。
 その時だった。
 何の変哲も無い運動靴のかかとの部分を何かが押し上げた。
「あっ・・・」
 こんな時でも容赦なく「電車の揺れ」は襲ってくる。
 異様な風体の歩(あゆみ)は仕方なくつり革に捕まった。
 キラキラと輝くようだった。
 いや、それは錯覚では無かった。歩(あゆみ)の上半身のあちこちに埋め込まれた宝石を擬した装飾が太陽の光を反射して輝いていたのである。
 もう引き返せない所まで来ているのだろうか?
 まだ希望を捨てていない歩(あゆみ)はその窓の外に“希望”を発見した。


第97回(2002.12.7.)
 ガッツポーズを作りたかった。
 そう、待望の・・・待望の「駅」である。
 とにかく・・・とにかくここから脱出しないと・・・。
 足元に視線を落とした。
 そこでは次の悪夢が進行しつつあった。
 運動靴までがその色を失い、白く染まり始めていたのだ!
「くつ・・・ま・・・で・・・」
 その声はもう完全に女の子のものであったのだが、小さな問題だった。
 足の甲が露出するほど切れ込みが大きなその靴。
 そこに覗いた素足・・・いや、ストッキングを履かされた足は・・・白かった。
 そうか・・・白いストッキングを履かされていたんだ・・・などということに感心している内に、完全に靴は真っ白な女性のものに変わってしまっていた。
 押し上げられるかかとが何とも慣れない・・・。
 制服中心に着せ替えされてきた歩(あゆみ)は初めてハイヒールを履かされることになった。・・・正確にはこれは「パンプス」とl呼ばれるタイプの靴らしいということを知るのは後日である。
 すぐに視線を上げる歩(あゆみ)。
 電車は駅構内に侵入しつつあった。


第98回(2002.12.8.)
 早く!早く止まってくれえ!
 電車は歩(あゆみ)の期待に応えて猛烈な速さで構内に入っていった。・・・ちょっと速すぎるくらい・・・って速いよ!速すぎるよ!
 泣きそうな表情の歩(あゆみ)に構わず、全くスピードを落とすことなく駅に突っ込む電車。
「あ・・・あ・・・」
 そのアクションの意味を聴衆も理解していた。
 ・・・そして押し殺した失笑が漏れていた。
 完全に駅を通り過ぎたその瞬間、歩(あゆみ)は思い出した。
 こ、この電車・・・快速電車だった!
 背筋がツツーッと冷たくなった。
 と、ということは次に停まる駅って・・・かなり大きな・・・。
 その通りだった。
 この路線で最も乗り換え客が多いであろう駅が待ち構えていることに気が付いたのだった。
 そして・・・尚変化が襲い続ける。
 胸元に続いて背中までもがぐぐぐーっとその空気に触れる部分を増やしていた。
 背中が丸見えになってしまうほどではない。だが、その開き方は一般的な男性の衣服からすれば遥かに大きいものだった。パジャマやシャツなら後ろ前間違えたのかと思うほどだ。・・・でも前の方はそれよりももっともっと開いているから間違いないんだけども・・・
 そして遂に・・・最も大きな変化が襲い来つつあった。


第99回(2002.12.9.)
 男の衣装の・・・はっきり言えばズボンの・・・最も大きな特徴は「ベルト」だろう。
 女性のスカートには・・・あるのかも知れないがそれほど聞かない。フックとファスナーである。稀にゴムか。或いはワンピース。
 そもそも「下半身」というものの従え方がズボンとスカートでは全く違うのだ。
 一言で言うとスカートはお尻全体を含めた「下半身」そのものを包み込む。まあその形状から結構融通無碍であると考えれば間違いが無いだろうか。そして「お尻の上に引っ掛ける」という位置で「履く」ことになる。具体的に言うとズボンが文字通り腰周りでベルトを留めるが、スカートは極端に言えば肋骨の下あたりで留める。「腰」の位置が決定的に違うのだ。
 更にズボンは、下半身を細かくパーツ分けしている。一本一本の足と、「お腹」と「下半身」である。それに対してスカートは「ウェストから下」があるだけ、といった感じだろうか。
 はっきり言えば今の歩(あゆみ)の下半身を包み込むズボンらしきものは風前の灯だった。
 これまでと同じく固い部品を含むベルト部分までもが溶解し始めていたのだ!
 前後の車両の継ぎ目に固まった群集から「ひゃー」と声が上がる。もうそれは歩(あゆみ)の耳にも届いていた。


第100回(2002.12.10.)
 大きくなっていたお尻をトレースする様に溶けたベルト部分はつるつるの光沢と、そしてしわの一枚の大海へと変貌していく。
 下着の様な白とその刺繍に彩られたウェストはここにきて更に細くなっている様だった。
 これまで脚を包み込んでいたズボンは、何かある度にかさかさとストッキングとこすれ合い、経験したことの無い感触を伝えてきていた。他の刺激が激しすぎてそれどころでは無かったのだが、これもまたこの変貌劇で味合わされた刺激の一つだった。
 それがここに来て消滅していた。
 いや、この瞬間に消滅した。
 一瞬、視線を向けるのが遅れた。
 ただ立っているだけで軽く汗ばむ陽気である。ストッキングに包まれた肌を僅かな隙間で囲んでいた生地の距離が離れただけで少し冷えた空気が吹き込んで来ていた。
 つまりそれは明らかに“動いて”いたことになる。

 はじける様だった。
 それまでそれぞれの脚を包んでいた生地は、しゅぽんっ!と一体化し堤防が決壊するかの様に爆発的に周囲に向かって広がったのだ!
 わあ〜っ!という歓声と異常事態に困惑する軽い悲鳴が混ざった。


*この度、無事にただの一回も欠けること無く連載100回を達成することが出来ました。読者の皆様に感謝します。これからもよろしくお願いいたします。