おかしなふたり 連載81〜90 | ||
第81回(2002.11.21.) この間どれくらいの時間が経ったのだろうか? 電車内の風景は、変身前から何も変わっていない様に見える。 ストッキングの成長はふとももまでで終わった・・・みたいだった。 何しろ長ズボンの下の出来事である。直接切り裂いてでも見ない限り実際にどうなっているかなんて分からないのだ。 でも・・・どうしてここで終わったんだろう。ストッキングってそういうものなんだろうか? はっ!とした。 これってもしかして・・・。 歩(あゆみ)はふともも周りから下腹部をつなぐ脚の付け根のあたりをズボンの上から触ってみた。 ・・・ゴツゴツする。 何かゴツゴツするものが一部に入っている。 女性下着なんかに全く知識もそして興味も・・・無い歩(あゆみ)でもその“名前”は想像が付いた。 これは・・・これは、ストッキングとガーターベルトだ! |
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第82回(2002.11.22.) これまでにない事態が進行している・・・様に感じられた。 この胸だけでなく殆ど全身を抱きしめる本格的な拘束下着に、ストッキングとガーターベルト・・・。少なくともどっかの高校の制服ってことは無いんじゃないか? 以上の装備を実装した「女子高生の制服」をイメージしてみた。 ・・・ちょっとグロテスクだった。 パンツが見えそうな短い短いスカートから伸びた脚にまとわり付いた膝上ストッキングに“拘束具”よろしく鎮座するガーターベルト・・・ まるで“罰ゲーム”のコスプレである。 ふと現実に帰る。 周囲の乗客は、まだまだ“見て見ぬ振り”を続けてくれていた。 「何だかがさごそとうるさいなあ」位は思ったかもしれないけども。 身体のあちこちを動かしてみる。 ギシ・・・ギシ・・・と音がしたり・・・はしないのだが、身体に感じる拘束感で言えばそれに劣らないものだった。 |
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第83回(2002.11.23.) この胸を締め付ける下着の感触・・・。その拘束感は背中の窮屈さとなって現れていた。 その細いボディを軽くきゅうっとひねるとその締め付けが全身に及ぶ・・・脚へのストッキングまでが連動して引っ張られていた。 ドキドキした。 髪こそ長いものの、一応着ているのは男子高生の制服である。しかしその下は本格的な女性物の下着・・・。まるで「大リーグ養成ギプス」ならぬ「女養成ギプス」であった。 ふと視線を隣の車両に向けてみた。 あ、あのOL風のお姉さんは・・・? 別にそこまで気にしていた訳ではない。だが、“映像”として脳裏をよぎったのである。 余りにも濃密な数分間が新たな段階に入ろうとしていた。 そのOL風のお姉さんは席を立っていた! あ、こ、こっちに歩いてきている・・・! 目が合いそうになってあわてて逸らしている。 もう明らかだった。 そして、歩(あゆみ)の腕に奇妙な感触が走り始めていた。 |
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第84回(2002.11.24.) 「あ・・・あ・・・」 我慢できなかった。思わず声が出てしまっていた。 季節は夏である。その短い袖が生き物の様に指先に向かって成長するかの様に伸びていた。 これまでさんざん長ズボンをミニスカートに変えられてきたのである。そして戻るときにはその逆も。だから、“服の変形”には慣れていた。 慣れていただけどやっぱり明るい陽の光の下での変貌劇はやっぱりインパクトがあった。 テレビや映画の画面とは違う。 目の前に対象者がいる以上凝視が難しい。だからこの現象をまじまじと観察出来た人は周囲の人数に比して多くない。だが、隣の車両から眺めているOL風のお姉さんなど、何一つ見逃すまいと観殺している人もまたいた。 とろけるチーズか飴の様にとろとろの半液体状になった袖が、波打つように指先までをぴっちりと覆いつくしていく・・・。 その大きな瞳をぱちくりさせる歩(あゆみ)。 目の前にその手をかざしている。 つり革から離した手は両方とも白く光沢を放ちつつあった。 カーブに差し掛かったのか大きく揺らぐ車内。 バランスを崩し、すぐに立て直す真っ白の手をした男装の少女。 |
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第85回(2002.11.25.) 仕方が無いのでその手でつり革を掴んでしまう。 だって掴むしか無いじゃないか。 ひんやりとした感触がその手のひらに伝わってくる。 男子の制服に純白の手袋というアンバランスな少女は、そのまま車内の制動に揺られ続けた。 その揺れの度に男子の制服の中に仕込まれた下着が全身を締め上げる。 「・・・あ・・・ふ・・・」 これは・・・なんともアンバランス・・・じゃなくてアンビバレンツ・・・でもなくて・・・ビザールな感じだった。・・・とか言いつつ「ビザール」の意味が良く分かってないんだけども。 大きく蠢き続けていた腕を襲った液体はすっかり定着していた。 それは・・・手袋だった。 艶やかな光沢を放つ純白の手袋・・・その内側に押し込められた可愛らしい手の表面につるつるの表面の感触が伝わってくる。 手の甲側にはため息が出そうなほど美しい刺繍が刻み込まれている。 |
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第86回(2002.11.26.) そして・・・その変化は止まることをしなかった。 「あ・・・あ・・・」 相変わらず電車はレールとの接触音を車内に大きく響かせ続けている。一人の少女の独り言に等しい声なん目の前にいる人にしか聞こえ無かった。 少女の視界には、その異常事態に手に口を当てて驚いている隣の車両のOL風のお姉さんの姿は入っていなかった。 “異常事態”そのものよりも人目を引くものがある。 それは“野次馬”である。 この騒動の副次的現象として、「何かを興味深く眺めている人」の方に先に注目が集まった。 隣の車両では、車両のつなぎ目のあたりで隣の車内をしげしげと眺めている客そのものが興味を引きつつあった。 そしてその視線の先を同じように見てみた。 二十歳過ぎのフリーターの青年は身を乗り出してそこを覗き込んでみた。 特に何の以上も感じられなかった。 最初の印象では。 だが・・・何かが変だった。 |
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第87回(2002.11.27.) その人物は男子の制服を着ている・・・様に見えた。 白いカッターシャツに、チェック柄の長ズボン。 特に珍しくも何とも無い最近のおしゃれな制服の男子高生である。 だが・・・よく見れば見るほどその様態は奇妙奇天烈なものだった。 まずその長い髪。小柄な・・・そう、制服自体もてんで身体に合っておらずダブダブなのである・・・その身体の背中から腰あたりまで伸びている。 綺麗にまとまっていないおかげで何だか振り乱されたそれはさながら鬼婆・・・と言っては言いすぎだが、“ただ事ではない”風情を醸し出していた。 “男装”・・・しているのか? フリーターの頭に浮かんだのはまずそのフレーズだった。 もう腰が浮いていた。 「平凡でない」現実がそこにあった。 “男子の制服を着た長髪の女子高生”が電車の車内にいる・・・。それは逆の場合に比べれば異常度は薄まるものの、非常に興味を引く事象には違いなかった。 平凡な日常の中に出現した“ちょっとした異常事態”だった。 犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛めばニュースになると言われるが、それを地で行くことが・・・ひょっとしたら進行しつつあることが感じ取れた。 |
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第88回(2002.11.28.) 逆だったら良かったのに・・・と反射的にそのフリーターは思った。 別に女装願望がある訳ではない。 でも・・・何というかその異常事態に直面している他人に自分を仮託してみたいではないか。 人がそれを凝視するのは、主に“よく分からない”からである。このフリーターも、この事態が何なのかすぐに分かってしまったらすぐに席に戻っただろう。 だが、すぐには分からなかった。 何より距離があった。 ここから得られる情報は、明らかに女子であるその人物が男子の制服に身を包んで電車内でつり革につかまっていることだけである。 現場に居合わせた人間が意外に事情が分かっていないということは良くあることである。球場にいる人間よりもテレビ中継を見ている視聴者の方が試合経過が分かりやすいのはもう常識である。だから目の前で生の試合を眺めながらラジオ中継を耳で聞いたりといったことが起こるのだ。 少なくとも、球場にいることではあれほどの選手の顔のどアップは拝めないだろう。 そして・・・当事者から距離があるという事実は、「凝視」へのハードルを下げていた。であるから隣の車両にいた人間のほうがそ現象をまじまじと観察出来ていた、という“逆転現象”が起きていたのだ。 ふと見ると、反対の車両の人間とも目が合った。 ・・・あちらでも同じ事情らしい。 |
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第89回(2002.11.29.) それは全て「見たことのある」パーツばかりで構成されていた。 これが一番厄介である。 違和感を感じているのだ。だが、その違和感の正体が分からない。それが「見たことのあるパーツ」のみでそれが構成されていることに端を発しているのは明らかだった。 そこにいるのは女の子だ。これは間違いない。 そしてその娘は男子の制服に身を包んでいる。 これもまあ、ちょっと変わっているがあり得ないというほどのことでもない。勿論“男子の制服”なんてものは全く珍しいものではない。もしも早朝にゴミ捨て場に落ちていても無視して通り過ぎるだろう。女子の制服なら持って帰るかもしれないが・・・ってそんなことはないけど。 最初に車両の継ぎ目に陣取ってその現象を眺めていたOL風の女性は、わざわざ座席から立ち上がってきたフリーターに気が付いて一瞬後ろを振り返った。 恐らく普段の生活では、共同歩調を取ることなどまず考えられない二人である。 だがその時は、自然と二人はアイコンタクトを交わしていた。いや、明確に目が合った訳ではない。だが女の方は「気が付いた?」というメッセージを送っていたし、男の方は「やっぱり何か起こっているのか?」と聞き返していた。 他人の目を見て話す、ことすら場合によっては「失礼」と取られかねないわが国の社会にあって、「凝視」は大変失礼な行為にあたる。 赤の他人に意味も無くそんなことをすれば間違いなくトラブルの火種になるだろう。 |
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第90回(2002.11.30.) これは日本に限らないだろう。それに猿の世界では「目が合う」というのはそれだけで人間で言えば「ガンを飛ばす」つまり「喧嘩を売る」のと同義である。ある程度普遍的な概念であろう。 だが、これも場合による。もしも「凝視する」側が大勢だったらどうだろう? 相対的に「責任」が緩和される。一人一人の比重が小さくなるのである。わが国を代表するコメディアンの名言、「寝る前に締めようガス管と親の首」・・・じゃなかった「赤信号、みんなで渡れば怖くない」を地で行く発想である。 もしもたった一人だったら出来なかったであろう、物陰からじっと観察し続ける行為も数が揃って来ると平気になる。 気が付くとフリーターの他にもう1人がその野次馬の中に加わっていた。 いや、もう一人いるか?もう人数はよく分からなかった。この「社内に突然出現した野次馬集団」そのものに興味を示している人も、そして何よりその“異常事態”そのものに視線を傾けている人も加速度的に多くなり始めていた。 フリーターにはまだ分からなかった。 大きく車内が揺れた。 慌てて手を振り回してバランスを取るフリーター。 周囲の野次馬軍団も同じだった。 ふと見るとその“男装の女子高生”も同じくよろめいていた。 分かった! |