「ったく……結局いつも通りかよ」
俺は部屋に戻るとそう呟いた。
まあ、あの場所でもいつも通りのことをやってのける俺も俺だが………。
すると、部屋の中に風が入ってきた。
見てみると、テラスの窓が開いていた。俺はテラスへ出て、外の様子を見た。
この客室、一応かなり高い場所にあるので街が一望できたりする。辺りいっぱい街の灯が見えてとても幻想的だった。
「ふう………………」
吹き抜ける夜風が心地よかった。
「ヒュートも外を見てるの?」
声は上から聞こえた。
「ティア」
「だったら、そこじゃなくてここの方がいいよ」
ティアはテラスではなく、屋根の上にいた。
確かにあそこの方がもっとよく見えそうである。
「そこへ行くよ」
俺は少し呪文を唱えて
「浮遊(フロート)」
俺の体はテラスから離れて、屋根の方へ飛んでいった。丁度ティアの隣に座るように着地した。
「へえ、確かにここの方が眺めがいい」
「でしょ!」
ティアは俺の一言が相当気に入ったようである。
「綺麗だよね。街の灯りがとても幻想的で………」
ティアも俺と同じことを考えていたらしい。昔から、こういう所は俺とティアはよく意見が合っていた。
「なーんか………わけのわからん一日だったけど、悪くはなかったな」
「そうだね。まあ、面倒ごとを依頼されたことには変わりないけど、美味しい料理と上等な部屋で眠れるんだからね」
そう……まだ依頼を終えたわけではなかった。今日捕まえたのは、悪党の一部であって、親玉はまだ捕まっていないのだ。
「ねえ…………私って怖いのかな?」
「えっ…………?」
俺は質問の意味が理解できなかったわけではなかった。
だが、その質問をしているティア自体が苦しいことを俺に聞いてきている。それをすぐに答えることは出来なかった。
「どうしたんだ?」
「今日さ…………あの女に呪文放ったでしょ?あの時さ………ヒュートの信じられないって表情も見ていたんだ……」
見ていたのか……あの状況で…。
確かに、あの時は露骨に表情に表していたかもしれない。それほど、ティアのやったことは凄かった。
「それがね…………昔、私をいじめていた子達の表情によく似てたの………」
ティアは膝を抱えてうずくまった。
「やっぱり…私って化け物なのかな…?」
「やめろ。自分のことをそんな風に思うのは」
もうこれ以上、ティアにこの話をさせたくはなかった。ティアの声が涙声に変わり、昔の……あの頃のティアに戻ったような気がしたから……。
「確かに、あの時はティアが信じられないことをしたと思った。それは認める。
だけど、俺は……一度でもお前を化け物だなんて思ったことはない」
「…………本当?」
ティアは顔を上げた。その目には涙でいっぱいだったが、少し笑っていた。
「本当だ。それに…………ティアを失ったら……俺は…本当に全てを失くしてしまう…」
「あ……………」
俺は少しだけ自分の昔のことを思い出してしまった。二度と思い出したくない忌まわしい過去を………。
「ごめんね……嫌なことを思い出させちゃって……」
「いいんだ………寒くなってきたな。部屋に戻ろうか」
「ねえ………ヒュート」
「何?」
すると、ティアは立ち上がった俺に体を預けるように寄りかかった。
「今夜……一緒に寝よ?」
「………………ああ」
俺には分かっていた。
これは決して性的な誘いなどではなく、一夜を共にすることによって互いの傷を癒すことだと。
俺とティアには少なからず似たような過去がある。
だから、俺達は一緒に旅をしていた。互いが互いを補い合うために。
ティアは一度自分の部屋に戻って、念のため杖だけ持って俺の部屋に来た。
「ねえ………」
「何だ?」
「もっと小さい時は、こんな風によく一緒のベッドで寝たよね」
「そうだな。あの頃はベッドが二人でも大きかったのに、今じゃ二人だと狭いな」
「ふふふ。そうだね」
「覚えているか?その頃、寝小便をして、ティアがよく俺のせいにしたこと」
「うっ………………」
「あの頃の寝小便……九割はティアだったのに、みんな俺のせいにされたんだよな」
「そ……そうだったかしら?忘れちゃった」
当人はこう言ってるが、表情が引き攣っていて、忘れていないと主張していた。
「いつのまにか、お互い別々に寝るようになったんだよね」
「そうそう。一人で寝れなきゃ大人じゃないって互いに言い合っていたよな」
「うん。あの頃はそう言っていたけど、実は急に離れてみて淋しかったりしたわ」
「いつもは二人で寝ていた大きさのベッドが急にとても広く感じるんだよな」
「そうね……今でも時々広く感じるから」
「だったら、今日からずっと同じベッドで寝るか?」
俺は冗談半分で言った。
だが、ティアは
「そうね………ヒュートがいいんだったら、そうしようかな」
「え………?」
「怖いのよ……今でも。昔の夢を見た時なんて特に……」
……俺にもそういう覚えはあった。忘れたいのに、夢で見てしまう。そういうことはたまにある。
「ま、とにかく寝よう。また明日からは仕事だしな」
「そうだね…………ヒュート」
「何?」
「ありがとう」
その瞬間、唇に柔らかいものが触れたことを感じた。
それはしばらく俺の唇に重なって、やがて離れた。
「おやすみ」
いつもと違い、少し恥じ入っているティアの声がした。
俺は何となく照れくさく布団で顔を隠した。
初めてのキスは………ミルクの味がした…。
こうして、どたばたの一日は終わりを告げた。
深夜………。
確かに人の気配がする。
俺はその気配で目を覚ました。ティアは相変わらず横で寝息を立てている。
部屋の片隅………そこで俺達をじっと見ている。
しかし、攻撃する気配は全く無い。ただ、俺達を観察しているようだった。
まあ、攻撃しないからと言って、ほったらかしにしておくつもりもないが。
問題は………………。
俺は横で寝息を立てているティアをちらっと見た。
寝起きの悪いティアをどうやって機嫌を損ねることなく起こすかと言うことだった。
身体的欠陥を言われた時よりも、睡眠を妨害された時の方がずっと怖いのだ。
う〜む……どうするかねえ………
「どうするの?」
急に声を掛けられて少し驚いたが、ティアは既に起きていた。
「起きていたのか?」
「ええ……どうする?」
「とりあえず………目くらましでもするか」
俺のその一言でティアは布団の中に顔を隠して、俺は呪文を唱え始めた。
「光よ(ブレイズ)!!」
部屋中に眩い光が行き渡り、部屋に隠れていたものの姿を照らし出す……はずだった。
「いない………?」
部屋には人の姿など全く無かった。
「あれ……?何処行ったの?」
布団から顔を出したティアも辺りをキョロキョロと見回しているが、影も形も無かった。
「さあ…………?」
ドアも窓も開いてはいない。
よくよく考えたら、奴は一体何処からこの部屋に侵入したのだろうか?
「気のせい………じゃないよな?」
「ええ…………多分」
さっきの気配が何だったのかは結局分からず終いのまま、俺達はまた眠ることにした。