さすがの彼女も死の恐怖をその身を持って体感して、悲鳴を上げた。
炎が彼女を包もうとしたその時、炎は彼女の目の前で消え、銀の杖が彼女の背後から肩に乗せられた。
「どう………少し本気になった私は?」
ティアは後ろから彼女に話し掛けた。その声にはいつもの明るさがあった。
「あ…………あ…」
彼女はさっきの恐怖でその言葉に応えることが出来ず、膝からガクッと崩れ落ちた。
「ティア………」
「さてと、とりあえず多少の被害は出たけど、これだけで済んだのはましな方よね?」
ティアは俺に軽くウインクして、いつもの可愛らしさを見せた。
「あんた…………自分のパートナーを怖いと思ったこと無いのか?」
ギルディアは俺に聞こえる程度の小さな声で、話し掛けてきた。
俺はその質問にきっぱりと無い、なんて答えることは出来なかった。
今……俺は自分のパートナーをこれほど怖いと思ったことはなかったから……。
「ご苦労だった」
俺達は、あの二人を役人に引き渡して魔道士連盟に戻った。ニーナはまだショックから立ち直れていないようだが、もう関わり合いの無くなった彼女のことを心配する義理もないので、出来るだけ速く忘れることにした。さっきのティアのことと一緒に。
とにかく、役人に引き渡した後、俺達はマルクス支部長に呼ばれて、支部長室に来ていた。
「それと、これは今回の礼金だ」
マルクス支部長は、俺達二人に布袋を渡した。なかなか重量もあって、予想した金額よりも多いことはすぐに分かった。
「二人とも、ご苦労だった。今日はゆっくり休んでくれ」
「そうさせてもらう」
俺達が部屋を出ようとすると、支部長は何かを思い出したように声を出した。
「そうだ」
俺達はその声に思わず振り返った。
「さっき、子供達がお前達に会いたいと言っていたぞ」
「はあ……………」
「出来れば、後学のために会ってやってくれ」
「失礼します」
俺達は言葉が途切れたのを見計らって部屋を出た。
「これからどうする?」
「まだ……夕食には時間があるから、支部長さんが言っていた子供達に会ってみましょうか」
「はあ………またあの子供達を相手にするのか」
「まあまあ」
「相手はお前に任せたぞ。俺はさっきで疲れた」
「はーい」
俺達はまた外に出ることにした。まあ、暇つぶし程度に子供の相手をするだけなのだが、子供の方が暇つぶし程度にしてくれないので苦労する。
「あー!来たよ!!!!」
うっ…………。
連盟の入り口にはさっきの倍以上の子供が待ち伏せていた。
「やっほー」
ティアは笑顔で挨拶するが、俺はその数の多さにそんな気にはなれなかった。
たちまち俺達は子供達によって、連盟の入り口近くの階段に座らされ、色々な質問攻めを受けた。しばらくすると、子供の親達が色々なものを置いていってくれた。主に果物が多かった。これはこれで感謝の気持ちなのだろう。
「ねえねえ、お姉ちゃんは称号持ってるの?」
「ええ」
「何々?」
「『黒の支配者(エンペラー・ブラック)』よ」
「すげえーー!!!!!」
子供達の注目は一気にティアに集まった。
これで解放された……。
ほっと一息ついて、俺は子供達と一緒にティアの方を見ていた。
『黒の支配者(エンペラー・ブラック)』、子供達は多分ただ凄い魔術師だって程度にしか考えていないだろう。俺もそうだった。
『偉大なる魔道士(マスター・オブ・セイント)』の一つ手前の称号。俺はさっきまでその程度しか思っていなかった。
だが、それはとてつもない実力を持つ黒魔道士しか与えられない称号であり、黒魔道士としては並か並の上と言ったレベルの俺では実力では到底歯が立たない相手。さっきはそれを嫌と言うほど思い知らされ、これほどティアを恐ろしいと思ったことはなかった。
今までは、ただ凄いの一言で済ませてきたが、今回はその一言で済ませられない凄さを思い知らされた。
「ちょっと、ヒュート。交代して」
さすがのティアもあれだけの数を相手にしていると疲れるらしい。
まあ、もう少しがんばってもらうか。
「人気者の定めだ。諦めろ」
「そんなぁ〜」
こう話している間にも、子供はティアの方に集まっていった。
これは楽でいい。
そうこうしているうちに、段々日も暮れてきて、子供達は親の呼ぶ声で家へと戻っていった。
「さて、俺達も中に入ろうぜ。そろそろ夕食だろうし」
「そうね。もう戦いより子供の相手の方が疲れたわ」
ティアはうんざりとした顔のまま、中に入っていった。
やれやれ。戦いより子供の相手の方が疲れるなんて、羨ましい奴。俺なんて結構苦労したのに。
まあ、俺もあれを使えば問題はないけど、あれは容赦なく命を奪うことになりかねないから使わなかったけど。
俺はそんなことを思いながら、中に入った。
「夕食の御用意が出来ましたのでどうぞ」
中に入ると受付の人が俺達を待っていた。
そして、そのまま俺達を食堂に案内した。
「へえ………」
「ふーん………」
通された食堂とやらもなかなか立派な所だった。俺達以外に誰もいない所を見ると、本来はお偉いさんのために使う場所みたいだな。
「何か御用がございましたら、そこの給仕係に申し付けて下さい。あとで、参りますから」
「どうも」
「では、失礼します」
受付の人は一礼して部屋を出ていった。相変わらず律義な人である。
「まあ、せっかくの申し出を断るわけにもいかないし、食べるか」
「そうね」
俺達は席に座って、テーブルの上に並べられている豪華な料理に手をつけ始めた。
食事はとても静かなものだった。どうもこういう場所は騒いで食べてはいけないような気がして仕方が無い。どっか普通の食堂とかなら騒ぎながら食べるのだが。
ん?
よく見ると、いつのまにか俺の料理が段々無くなっていた。
……………まさか……
俺はティアの皿を見た。さっきからかなり食べているはずなのに、その中身はほとんど減っていなかった。
こいつ…俺の皿から盗ったな。
しまった!いくら騒いでいないとは言え、ティアと一緒に食事をしていると言うことを忘れていた!!
俺は至極普通に食事をしている振りを続けた。
案の定、ティアはまた俺の皿に手を出してきた。
だが、甘い!!
俺は咄嗟にティアのフォークを押さえつけ、ティアの皿から今まで盗られた分を取り返した。
「あー!!私の!!!」
「やかましい!静かにしていると思ったら、人の皿から盗りやがって!!」
「油断している方が悪いのよ!!」
「何だと!?あー!俺のフライ!!」
「いっただきー!!」
………結論、結局何処の場所へ行ってもこの光景だけは何も変わることはない。これだけははっきりした。
この後、いつもの取りあいが始まって、給仕係がおかわり自由と教えてくれるまで続いた。
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