やがて、日が暮れて折れは近くの酒場で夕食をしていた。さすがに日が暮れると大商店街で仕事をしていた人間や、それを仕入れに来た人間で何処の酒場も人でいっぱいになった。

俺も数件の酒場を当たって、裏路地にあるこの酒場で飲むことが出来た。

まあ……裏路地にある分、ガラの悪い連中も混じっているのもまた事実だけど。

でも、そういう連中はこっちが何もせずに普通に飲んでいればちょっかいをかけたりはしてこないのだ。こういう連中が起こすのは仲間内の喧嘩がほとんどでそれに巻き込まれない程度に注意を払っていればおおむね問題はない。

ただ、一度目をつけられるととことんしつこいので、避けられるべきことは絶対に避けなければならない。

この酒場にいるのは町のチンピラや船乗り、それに軽装鎧(ライト・メイル)を身に着けた赤毛で目つきの鋭い女と、銀の杖を持ち、珍しい青毛をした赤毛の女とは対照的に優しい目をしている女が同じ席で飲んでいた。

見た感じでは赤毛の女は傭兵、青毛の女は魔術師みたいだった。傭兵などこの世にはいくらでもいるが、魔術師を見る機会はそんなにない。

何故なら、青毛の女の年齢は見た感じでは既に十代後半……それぐらいの年齢なら何処か魔術師を必要とする機関が必ずスカウトしに来るからだ。

理由は、更なる魔道技術の発展のため。現在でもかなり魔道技術は発展しているが、人の欲とは限りのないもので、今よりももっと過ごしやすい環境を求めてしまうのだ。

俺も一応は魔術を使えるが、本当に一応程度のもので専門というほどのものではなかった。

だから、単純な魔術での勝負を魔術師に挑んだ場合は二流の魔術師にも俺は勝てないだろう。

相手が三流なら話は別だけど……。

まあ、とにかくそんな世の中で旅をしている魔術師など本当に珍しいものなのだ。

ただ、あの二人はこの場にはあまりそぐわなかった。

その理由は……

「姉ちゃん達、こっち来て一緒に飲もうぜ」

「俺達にお酌してくれよ」

ほら来た。

俺はすぐにそう思った。酒場なんだから当然酒を飲む。

すると、酔っ払って羽目を外す連中が出てきて、女に絡んでくるのだ。こういう光景を俺はもう何十回も見かけている。

「悪いが、酔っ払いの戯れで酌をしてやるほど、私達は安くはない」

赤毛の女はきっぱりとそう言い切った。

すると、当然のことながら絡んできた連中は女になめられたと思って怒り心頭状態になる。

「手前!俺達の言うことに逆らうつもりか!!」

やめとけばいいのに……。

男達は立ち上がって、二人の席を取り囲んだ。

しかし、二人の女は全く動じず平然と食事を続けていた。

どうやらこの二人、この程度の修羅場ならもう何度も経験していて慣れているようだった。

「手伝おうか?」

「いや……私一人で充分だ」

赤毛の女が立ち上がり男達を見回した。一方、青毛の女の方は相変わらず食事を続けている。

「さて……何処からでもかかって来い。相手をしてやる」

赤毛の女は指の骨をぽきぽき鳴らして、既に喧嘩腰だった。

「な、何だとぉ!!?」

まさか、女のほうから喧嘩を吹っかけてくるとは思っていなかったのか、男達は驚きで思わず一歩後退した。

「どうした?まさか逃げる……なんて言うわけじゃあるまい?」

男達は赤毛の女の挑発にまんまと乗せられた。

「女だと思って下手に出てればいい気になりやがって!!」

「やっちまえ!!」

男達がいつ下手に出たのか、それは俺にもわからなかったが少なくとも安心してみていられる喧嘩だった。

何故なら、男達と赤毛の女ではその実力に差がありすぎる。ほっといても、赤毛の女が負けることはないだろう。

「ぐあっ!!」

そんなことを考えている間にも、男達は赤毛の女にこてんぱんにやられていた。

「どうした?もう終わりか?」

「ふ…ふざけやがって!!」

すると、男達はとうとう拳以外の実力行使に出た。男達はナイフや剣を抜いて赤毛の女に向けて構えた。

さすがにここら辺が限界かな……。

俺がそんなことを考えている間も相方の青毛の女は黙々と食事を続けている。

理由は簡単。武器を使ったところで実力差は埋まらないからだ。

だが、問題なのは赤毛の女も剣を抜いたことだった。

「私に剣を抜かせたと言うことは、死を覚悟したと受け取っていいのだな?」

おまけにこんなことを言っているし、赤毛の女もすっかりその気になっている。

「死ねえぇぇ!!!!!!!」

男の一人が赤毛の女に襲い掛かった時

バリィン!!!!

その襲いかかった男の頭に俺が投げた皿が見事に直撃した。赤毛の女は俺の投げた皿に気づいて身を退いてかわした。

店内の視線が一瞬で俺に集まった。食事を続けていた青毛の女も俺の方をじっと見ていた。ただし、さっきまでの優しい視線はそこになく、俺を敵とみなすかどうかそれを見極めようとしている目をしていた。

「何の真似だ?」

俺にそう問いかけてきたのは赤毛の女だった。女は喧嘩を邪魔されたことが気に入らなかったのか、ひどく不機嫌な顔をしていた。

「喧嘩なら俺も止めないが、そんな物騒なもので殺るつもりのようだったから、止めさせてもらったまでだ」

「喧嘩屋……では、なさそうだな」

赤毛の女は最初に口にした言葉をすぐに撤回した。

確かに、俺の服装はジーパンに黒いシャツ、そして腕の部分を腰に巻いてあるジージャンだった。それと俺自身の風貌が加われば、喧嘩屋に見られてもおかしくはない。

「で、どうするつもりだ?喧嘩を邪魔してただではすまないぞ」

赤毛の女は冷たく言い捨てた。

だが、俺も喧嘩を止めることなど何度もしてきたし、その後のことも何度も経験済みだ。

俺が殴り合いから先を止める理由はただ一つ。食事の最中に変なものを見たくないからだ。

「どうするもこうするもそっち次第だ。ここで喧嘩をお開きにするならそれでよし。もし、このまま殴りあいの先を続けるつもりなら……」

「続けるつもりなら……何だ?」

「両方とも容赦なく叩きのめす」

俺は赤毛の女に倣ってきっぱりと言い切った。こういう場合、おどおどした態度はそれだけで反感を買う。

まあ、答えが答えだから、どっちからも反感を買うことに変わりはないが……。

俺のこの答えに酒場中が静まり返った。さっきまで聞こえていた雑談は一切聞こえなくなった。

しばらく…この沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは赤毛の女の言葉だった。

「……まあいい。どの道、喧嘩を途中で止められてつまらなくなった。そこまで言うのなら私は手を引こう」

赤毛の女は剣を鞘に収めた。

「あっ!!こいつ…昼間の!!!」

すると、男達の中に昼間のスリを見つけた。
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