俺がダリルの町を出て三年経った。その間に俺の体格も段々と大人へと成長していった。少しコンプレックスを抱えていた低かった身長は175㎝まで伸びて、体格も少しがっしりした感じになってきた。
俺の生活は相変わらずのものだ。あのころと同じ賞金稼ぎで資金を工面しながらあちこちを旅していた。変わったものと言えば、俺自身が成長したことと、旅の当初と違って、旅をするということに少し余裕を持つことが出来るようになったぐらいなものだろう。
旅をしていてすぐに感じたことは、他の町にはダリルの町と違ってちゃんとした自警組織が存在するということだった。犯罪者と賞金稼ぎで微妙な均衡を保っていたダリルの町とは大きな違いがあった。
俺は今、エジストリア大陸を出て、カルツベルク大陸にあるレジスト王国の首都ファーグに来ていた。この町はこの国の商業の中心になっていて、いろんな国の商人が海を渡ってやってくる。俺がエジストリア大陸を離れたのが一ヶ月前で、ついさっき船がここに到着したばかりなのだ
「賑やかな町だな」
それがこの町での第一の感想だった。この賑やかさはダリルの町と何処か通じるものがあるような気がした。
「さて…とりあえず宿を探さないと」
この宿探しもなかなか大変なものなのである。まず宿の場所を探すのも大変なのだが、宿を選ぶのも眼力がいることである。
一度だけだが、とんでもない宿に泊まってしまったことがある。その宿はその町では有名な愚連隊が仕切っている宿で、帰る際に支払う宿賃が普通の宿屋の二十倍以上あるので抗議すると、たくさん出てきて俺を脅した。
もっとも、出てきた所で話を全て理解できたので、問答無用で全員をその場でぶちのめして、その宿賃はタダでいいことになった。
だから、そんな変な宿に当たらないように宿を見極める目は大切である。
いい宿……と言うより、普通の宿屋は人の家の多いところにある。そこへ自警団や、こういう都市ではちゃんとした兵士がよく見回っているからだ。
もう一つの見極め方は人に話を聞くことである。
但し、これは人を見る目が必要なので、主に前者の条件に合う宿なら問題はないだろう。
「さてと………」
俺はまず人に聞いて人がよく集まる場所、商店街に向かって歩いた。そこから近い場所なら問題のない宿屋は簡単に見つかるだろうと思ったからだ。
「凄い………」
俺の目の前に広がっている景色は俺が予想していたよりずっと凄いものだった。大勢の人が街道をあちこち歩き回り、色んな店が軒を並べている。野菜や肉を売っている店、織物を売っている店、何だかよくわからない怪しい商品を売っている店、それらが軒を連ねていた。
「これがファーグ名物の大商店街か……」
店は露店だけではなく、ちゃんとした建物を持った店もあった。売っているものはかなり他店で売っているものと重なってはいるが、その売れ行きは店によって様々だった。やはり、金額を重視するかと質の良さを重視するかでそれなりの差が生まれているようだ。
しかし、ここは物を売り買いする店ばかりで肝心の宿屋などは影も形も見えなかった。
「仕方ない……少しここらを歩いてみるか」
俺は大商店街から少し離れた路地を歩いた。大商店街から少し離れると、普通の町並みが広がっていた。要は、ファーグは大商店街以外は至って普通の町であると言うことだ。
すると、ちょうど一軒の宿屋を見つけることが出来た。
「よし、まずはここからアタックだ」
俺はその宿屋の中に入った。宿屋の一階は、まだ営業していないが酒場があった。宿屋にはよく酒場を兼業しているところが多いので珍しくはない。
「いらっしゃいませ」
すると、店のオーナーが出てきた。初老の老人で人の良さそうな人だった。ただ、こんなに人の良さそうな人が、時には荒くれ者が集まる酒場をやっていけるのかどうかが少し疑問だった。
「宿を捜しているんだが、ここは一泊いくらだ?」
「食事無しでよろしければ銀貨八枚。食事をつけると金貨一枚になります」
まあ、今の言葉からこの宿屋はまっとうな商売をしているということだった。金額も相場通りのものだし、食事無しにした場合は、うまく行けばここの酒場で金を使ってくれることもあるので、どっちにしろ損はないのだ。
「なら、ここに決めさせてもらおう。特に滞在期間は決めていないが…それでも構わないか?」
「はい」
宿屋の中には厳しく日程を管理するところもあるので、こういうアバウトな計画を持っている人間を泊めてくれるところは本当にありがたいのだ。
「では、お部屋は二階の三号室になります。これがキーです」
オーナーからキーを受け取って俺は自分の部屋へ行った。部屋の中はベッドがあって、暖炉もあった。
このカルツベルク大陸は日中は温暖な気候なのだが、夜中は急激に冷え込み、何処の家庭にも暖炉があって当たり前だった。
「さて……まだ日も高いし、少し辺りを散歩してくるか」
俺は宿を出て、また大商店街に向かって歩き出した。特に何かを買いたいわけではないが、話の種にもなるだろうし、もしかしたら掘り出し物もあるかもしれないという考えからだった。
大商店街は相変わらずたくさんの人で賑わっていた。その人込みにスリの気配が紛れているのも俺は感じていた。
こういう人込みはスリにとっては格好の仕事場なのだ。だから、ここはカルツベルク大陸の商業の中心であると同時に、カルツベルク大陸でもっともスリや泥棒の被害が多い町でもある。
「所変われば食べ物も変わるって奴か……」
少なくとも店先に並んでいる果実や野菜のほとんどを俺は見たことがなかった。俺の住んでいたエジストリア大陸とはかなり違う食文化を歩んできたというのは、この時点でわかった。
そんなことを実感していた時だった。俺の財布に手を伸ばしてきた奴がいたのは……。
スリか……。
俺は咄嗟にその伸びてきた手を掴んだ。
「て、手前!何しやがる!?」
俺が思い切り強くその腕を握り締めているので、そのスリはたまらず大きな声を出してしまった。
「それはこっちの台詞だ。人の懐を狙おうなんて図々しい」
そのスリは俺より小柄で身長が160㎝あるかないかぐらいで、見た目からして素早い動きが得意そうに見えて、ある意味スリにはうってつけだった。
でも、だからって俺の財布をやる道理はどこにもない。
スリの男は力任せに腕を振って俺の手を振り解いた。
「手前、俺にこんなことしたらどうなるかわかっているのか!!?」
「どうなると言うんだ?お前はスリで俺は被害者。誰がどう見ようとこの事実に揺るぎはないし、裁かれるのはお前だ」
「そこ!何をやっているんだ!!」
すると、この町を警備している警備兵が俺達の所にやってきた。
「ちっ……」
さすがに警備兵の前では分が悪いと思ったのか、スリの男はそのまま何もせずに人込みの中へ消えていった。
「何かあったのか?」
「いえ、何でもありません。ご面倒をおかけしました」
俺としても警備兵とはあんまり関わり合いにはなりたくないので、適当にごまかしてまた大商店街を歩き出した。
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