「また会ったな」

俺はさらりとそんなことを言った。スリはその態度が相当気に入らなかったのか、俺に対して怒声を飛ばしてきた。

「手前!!昼間、俺の仕事を邪魔しておいてよくそんなことが言えたな!!」

そんなこと言われようが、スリに財布をやる道理など何処にもない。

「で、どうするつもりだ?」

「ふざけんな!!!」

スリの男が俺に殴りかかってきた。

「やれやれ……」

ドォン!!!!!

その一瞬後、スリの男は背中から壁に思いっきり叩きつけられた。その顔には俺が殴った痣がくっきりと浮かんでいた。スリの男は死んでこそいないが、体が痙攣して口から泡を吐いていた。俗に言う瀕死という状態に陥っていた。

「まだ……俺と喧嘩したい奴はいるか?」

俺はその場から動くことが出来ずに佇んでいる男の仲間に訊ねた。

だが、誰一人としてその問いに答えようとするものがいなかった。

もっとも、その時点で戦う意思がなくなっていることははっきりしていたので、答えは決まっていた。

「俺が相手だ」

酒場の入り口から一人の大男が入ってきた。ジェスファに近い体格をしていたが、その表情はひどく下卑たものだった。

「親分!!」

すると、さっきまで何も出来ずに佇んでいたスリの男の仲間が急に元気を取り戻し、入ってきた男を見た。

なるほど……どうやら、町のチンピラの元締めって奴らしい…。

大きな町には必ずいるのだ、そういう男が。

だが、所詮チンピラはチンピラ。マフィアや地下組織などとは比べ物にならないほど、その規模は小さい。あくまで、その町でのみ通用する集団なのだ。

「俺の子分に随分なことをしてくれるじゃねえか?」

「別に。そこの男が弱すぎるだけだ」

すると、親分と言われた男はスリの男をチラッと横目で見てから俺に向き直って言った。

「違いない。こいつも所詮は使い走りだからな」

親分と言われた男は俺の許可なく勝手に俺の席の椅子に座った。

「俺の名前はガルゴってんだ。一応、この町の悪達を仕切ってる者だ」

俺の言葉を待たずにガルゴは次々と話を進めていった。

「お前さん、どうやら旅をしているみたいだが……どうだ?俺の下に入るつもりはないか?」

「お前の下に?」

お前の一言にガルゴの手下達が怒声を上げた。

「手前!ガルゴさんに向かってふざけたことを……!!」

「ガルゴさんは金貨六百枚の賞金首でもあるんだぞ!!お前なんかあっという間に倒せるんだからな!!」

「金貨六百枚?」

俺は手下達が言った金貨六百枚という言葉を耳に挟んだ。

「まあな。こう見えても、ここら辺じゃかなり名が知れてるんだ」

「ほう……」

やっぱり大したことはないな。

俺はそう思い口に出そうとしたその時

「お前は自分の実力をよく理解していないようだな」

声は赤毛の女のものだった。その声色には嘲りの色が混じっていた。

「どういう意味だ?女」

ガルゴは赤毛の女の言葉が気に入らなかったようで問い直した。言葉こそ落ち着いたものだったが、声の中に殺意が混じっていた。

「言葉どおりの意味だ。どうして、自分よりも格下のお前にその男が従わなければならないんだ?」

赤毛の女は俺を横目で見ながら言った。さっき、俺を喧嘩屋から訂正したときも思ったことだが、やっぱりこの女には相手の実力を見抜く目があった。

「言いたいことはその女が言ったとおりだ」

俺は席に座っているガルゴを見下しながら言った。

「悪いが、町のチンピラ仕切って喜んでいるようなスケールの小さい男と組むつもりはない。俺と仲間を組めるのはスケールのでかい奴だけだ」

「交渉…決裂だな」

ガルゴは静かに言った。

しかし、既に右手は隠し持っているナイフに伸びているのを俺は見逃していなかった。

「まあ、そうだな」

「死ねぇぇ!!!」

ガルゴは隠し持っていたナイフを振り回した。当然、既にそのことを知っていた俺は簡単にガルゴの太刀をかわし続けた。

「手伝おうか?」

赤毛の女の声が聞こえてきた。文字だけなら親切心があるように聞こえるが、実際には全然助ける気などないように聞こえるものだった。

かく言う俺も、この程度の雑魚相手に助けなど求めるつもりもない。

「いやいい。すぐに終わる」

「終わるのは手前の人生だ!!!」

ガルゴの一撃をかわした次の瞬間……ガルゴの人生は決まった。

ドォン!!!!

ガルゴの体が背中から激しく壁にぶつかった。ガルゴはそのまま壁にもたれかかるように座り込むように倒れた。

一応、殺してはいないが当分は目が覚めないだろう。

「この騒ぎは何事だ!!」

騒ぎを聞きつけた警備兵がやってきたのは全てが終わった後だった。警備兵たちは倒れているガルゴを見て驚きの声を上げた。

「そこの男の手柄だ」

赤毛の女が警備兵にそう言った。

女の言葉に促され、警備兵たちが俺の所に来た。この町で脅威の存在とされていたガルゴが倒されたことによるせいか、かなり動揺が窺えた。

「こ、この度は凶悪な犯罪者の逮捕にご協力下さってありがとうございました。この男に懸けられている懸賞金金貨六百枚は追ってお支払いいたしますので、お名前とご住所を教えてください」

「レイト=ジェスファ。潮流亭って宿屋に泊まっている」

「レイト=ジェスファ!?」

俺が名前を口にした途端、店中からざわめきが聞こえてきていた。バルシェイドを倒してからと言うもの、懸けられていた懸賞金の額があまりにもでかかったことから、俺はエジストリア大陸中に名前を知られるようになっていた。

どうやら、この大陸でも俺の名前は広く知られているらしい。赤毛の女と青毛の女も顔を見合わせて何やらぶつぶつと話していた。

ちなみに、俺のセカンドネームは死んだ相棒の名前をそのまま使わせてもらっている。こうすることで、なんとなく一緒に旅をしているような気になれる……すなわち、自己満足することが出来た。

「それじゃ、ここの後始末はよろしく」

俺は警備兵にそう言い残して宿屋を出た。一応、テーブルにはちゃんと食べた分の代金を置いてきた。

 

色々な騒ぎがあって時間がどれだけ経ったのかはよくわからなかったが、空には月が昇り、街頭には電気が灯っていた。これも魔道技術によるものである。これによって、人は夜道を安全に歩けるようになった。

風も少し寒いが、酒や喧嘩で火照った体を冷ましてくれる分にはちょうどよかった。

さてと……。

俺はさっきの酒場からかなり離れた場所で足を止めた。

「いつまでこそこそと人の後をつけてくるつもりだ?」

俺は酒場を出た時から後をつけてくる二つの気配に気づいていた。その気配の主が誰であるかも予想はついていたし、その予想が外れない自信もあった。

「気配は消していたつもりだったんだがな」

「悪いが俺に言わせたらまだまだ気配を消しているなどといえるようなものじゃない」

「それは手厳しいですね」

赤毛の女と青毛の女が俺の前に姿を現した。少なくとも敵意だけは感じられなかったので、俺も構えはしなかった。

「で、俺に一体何の用だ?喧嘩なら御免こうむりたいが……」

「金貨五十万枚の賞金首を倒した男相手に喧嘩する気など毛頭ない。それより、私達と手を組むつもりはないか?」

「あんた達と?」

これは意外な申し出だった。この二人が男だったらまだしも、女がいきなり初対面の男に声をかけてくることは珍しいことだった。そもそも女の旅人自体が少ない昨今で、こんな申し出をする女はいない。

少なくとも信頼を置ける相手かどうかを充分確かめた上で結論を下すことであり、初対面の男など信用しないことが普通だった。

「どうして俺なんだ?」

「面白そうだからだ」

面白そう……か。

この答えは二人の真意を測りかねる言葉だった。

「面白い?」

俺はそれを承知の上で、更に問い続けた。

「ええ。少なくとも下手な下心なんてものは持ち合わせていなさそうだし、実力も申し分ない」

「女だけで旅をしているとさっきのようなことが何度もあるからな。その露払いの意味もある」

二人の女は考えていることをあっけらかんと述べた。そこに嘘は見受けられなかった。

「で、何処が面白そうなんだ?」

「さっきのお前の言葉だ」

俺の?

俺がそう言う前に青毛の女が話を進めた。

「スケール……その言葉が気に入ったのよ」

確かにそんなこといっていたような気がする……。

「どうだ?お前の言うスケールに私達では不服か?」

何故か俺はすぐに答えることが出来なかった。

理由はすぐにわかった、俺はその二人の目に吸い込まれるように惹かれていたからだ。

二人の目にあるのは確固とした自分という色がはっきりと窺えた。かつての相棒と同じような色が……。

「……ま、すぐに結論を出せとは言わない」

「私達はエルマという宿に泊まっています。結論が出たら、そちらまで来てください」

二人の女は俺にそう言うと俺とは反対の方向に歩いていった。

新しい仲間……か…。

初めは断るつもりだった話に、何故か俺は色々と考えさせられながら宿屋へと戻っていった。
           <BACK> <HOME> <NEXT>