そして、目が覚めたのは昼過ぎだった。目覚ましのベル代わりになったものはドアをノックする音だった。

ドン!ドン!ドン!!

いや……ノックするというよりは何かを叩きつけているような音だった。こういうノックをする男は俺の知っている限り一人しかいない。

「もう来たのか……」

俺はまだ寝ぼけ眼のまま、ドアを開けた。

「よう、おはようさん」

そこに立っていたのは俺の予想を裏切らない人物…ジェスファだった。

「いい気分で寝ていたんだがな、相棒」

「そりゃあ悪いことしちまったな。まあ、せっかく起きたんだ。散歩でもしないか?上手くすりゃ、またいい稼ぎになる仕事が見つかるかもしれないぜ」

ジェスファは俺の許可も得ずに家の中に入り、勝手にコーヒーを淹れながら言った。こんなやかましい男に一緒にいられたんじゃ寝る気も起きなくなったので、俺はとりあえず顔を洗いに洗面所へ行った。

洗面所は水の魔術によっていつでも何処でも水を出すことが出来た。これは人々の生活の負担をかなり軽減させていた。

「へえ、そりゃあ災難だったな」

「笑い事じゃない。懸賞金すらかけられていない小物になめられたんだぞ」

俺は今朝のことをジェスファに話した。ジェスファは笑いとばしたが、相手になめられるほど、この業界では屈辱的なことはない。

「まあ、それも人生だ。一度や二度はそういうこともあるだろうさ」

いつも、事をあまり重大に考えず笑い飛ばす性格を俺は気に入っているんだが、時々腹立たしく感じられるのもまた事実だった。

「言っておくが、俺が狙われたって事はお前も狙われるって可能性もあるんだからな」

「その時はその時だ。何とか生き延びて見せるさ」

「まあ、期待してるぜ。相棒」

「おう」

そんな他愛のないことを話しながら歩いていると、人だかりが酒場の前に出来ているのを見つけた。

「何か面白そうだな?」

「俺は嫌な予感しか感じないがな」

「まあ、見てみようぜ」

俺達は人だかりを掻き分けてその中心に向かって進んでいった。

「こいつ……!」

「ファルシスか!?」

そこにあったのは一人の男の死体。但し、首から上は切り離され、体の側に転がっていた。その表情は死の恐怖を物語る断末魔の表情だった。

死体の男を俺達は知っていた。同じ賞金稼ぎで一匹狼の男だった。この町ではかなり優秀な賞金稼ぎで、金貨十万枚以上の賞金首を何人も狩った腕利きの賞金稼ぎだった。

「おいおい……ファルシスほどの腕利きが殺られるなんて…」

「どうやら……昨日、俺を襲った連中のほかの仲間が殺ったんだろうな」

「ファルシスを殺るほどの腕利きが仲間にいるってことか……」

一騒動起きるな…こりゃ。

俺はその時点でそう予想できた。

そして、俺の予想が外れていないことを証明する日々はすぐに訪れた。

 

「ったく、酒場だってのに淋しいもんだな」

ファルシスが殺られた日以来、人々はほとんど外を出歩かなくなった。理由は簡単だった。この町は今や戦場と化しているのだ。ファルシスを殺った盗賊団によって……。

「バルシェイドだっけ?ファルシスを殺った男ってのは……」

「ああ。今を時めく盗賊の親玉だ」

ファルシスを殺った奴はすぐに発覚した…と、言うよりは自ら名乗りを上げてきたようなものだった。

突然、バルシェイドと名乗る男が仲間の盗賊たちを引き連れてこの町にやってきたのだ。

そして……殺戮が始まった。

キラードールと言うバルシェイドを頭領とする盗賊団は、この町にある暗黙の掟を次々と破り、町の人間にも手を出し始めた。元々、犯罪者が多く集まるといわれているこの町を、大陸中央にある首都ターシェスが監視しているため、この男はすぐに大物賞金首の仲間入りを果たした。懸賞金は金貨五十万枚。立派な大悪党である。

「仕方ないさ。町の人間もキラードールを恐れて、外に出たがらない。この酒場だって営業していること自体、奇跡と言ってもいいようなもんだ」

「それにしても、とんでもない大馬鹿者どもがやってきたもんだな」

淋しい酒場だと、普段は全然響かないような俺達の声がよく響く。俺達の会話を聞いて飲みに来ている町の人間や、同じ賞金稼ぎまでもが恐怖している。

「まあ、あいつらがこの町に居座り続ける限り、この状態は続くだろうな」

すると、ジェスファは俺の顔をじっと見つめているのに気がついた。

「どうしたんだよ、相棒?」

「いい機会だからよ、いっそのことこの町を出てみないか?」

いつも突拍子もないことを言い出す男だが、これにはさすがに俺も驚いた。

「どうしたんだよ?とうとう、臆病風にでも吹かれたか?」

「そうじゃねえよ。ただ、お前と一緒にこの町を出て旅をしてみたいと思っているだけだ」

「どうして、そんなことを?」

「お前……ずっとこの町で賞金稼ぎとして生きるつもりか?」

ジェスファのこの質問は俺の心臓にグサっと刺さった。ジェスファに言われるまで、賞金稼ぎ以外の生き方など考えたこともなかったからだ。

「俺もよ、最終的に賞金稼ぎなんて職業に落ち着いたけど、その前までは結構いろんなことをやってきたぜ。どれもいい思い出だ」

「…………」

「だけど、お前にはそういう思い出はないんだろ?」

人の生き方に触れること暇なことは無いと言っていたジェスファが珍しく俺の生き方に干渉してくることもそうだったが、ジェスファにもこの町に来る以前の俺の過去を明かしたことはない。あんまり答えたくはなかったが、俺は首を縦に振った。

「お前はまだ若い。こんな所で人生を終わらせるなんて勿体無い。だからよ、世界を見に行こうぜ」

「世界を……?」

「そうだ。世界はよ、思ったより広いぜ。それにこの町にあるものが他の町にないこともあるけど、ここにないことが他の町には当たり前のようにあったりして面白いぜ」

「そんなに……面白いものなのか?」

「俺が保証する……って言ったら、信じてくれるか?」

「……ああ」

俺が返事をするとジェスファは嬉しそうな表情を浮かべた。

「よし!そうと決まったら明日にでもこんな町をおさらばしようぜ。金は行く先々で賞金稼ぎしながらすれば問題はない」

「決まったら善は急げだ。明日にでも出発しようぜ」

「明日?早すぎるんじゃないか?」

「こういうのはな、早いほうがいいんだよ」

「ま、それでもいいけど」

「じゃあ、明日の朝一番に町の入り口前だ。早く寝ろよ」

ジェスファはそう言って、上機嫌で酒場を出て行った。しばらくはそれを見送っていた俺だが、あることに気がついた。

「あいつ……自分の酒代払わずに帰りやがった」

明日絶対に取り立ててやろうと心で決心して、俺は代金を払って酒場を出た。

しかし……現実はそんな俺達の世界を見るという夢を許してはくれなかった。

ドン…ドン……。

そのノックが聞こえたのは夜明け前だった。俺はベッドから起き上がり、ナイフを持ってドアを開けた。

「相棒!!?」

すると、そこには血まみれのジェスファが壁にもたれかかるようにして立っていた。

                  <BACK> <HOME> <NEXT>