ガルファリア暦345年、人類は魔術という力を自らの生活の中に取り入れていった。人々は夜の闇を魔術の光によって明るく照らす術を始め、さまざまな魔道技術を開発していった。
魔道技術の開発は主に魔術師によって行われていた。よって、魔術師は人々の間では尊敬、あるいは畏怖される存在と認識されていた。
しかし、魔道技術の発達は犯罪も発達させた。魔術師でなくても魔術を使う術を覚えた人間はそれを悪事に転用することも覚えた。
そして、人々は今の世の中を指してこう言う。『魔術迷走時代』と……。
この時代、犯罪で名を上げる犯罪者が最も多く、それに連れてそいつらを狩って名を上げる賞金稼ぎも最も多い時代だった。
エジストリア大陸に存在するダリルという町にその少年はいた。いずれ、この『魔術迷走時代』に一番名を上げる少年が……。
「ははは。今日も大儲けだな!レイト!」
ダリルの町の小さな酒場。この町は別名犯罪者と賞金稼ぎの町とも言われている。
だから、この町で賞金稼ぎと犯罪者の小競り合いはしょっちゅうあることで珍しくもなんともない。
「あんな小物達に勝っても嬉しくも何ともない」
俺は淡々と言った。俺の名前はレイト、鮮やかな黒髪と灰色の瞳が俺の特徴だった。
「俺は嬉しいぞ!とりあえず、今日生きるだけの金は稼げたんだからな!!」
相棒の男はそう言って大声で笑った。相棒の男は身長が190㎝近くあり、体格のがっしりした大男だった。左頬に深い切り傷の痕が残っているのが特徴的だった。
この酒場にいるのは賞金稼ぎだけと限ったわけではない。犯罪者も一緒の店で酒を楽しんでいる。
だが、何事にも暗黙の掟と言うものは存在して、酒場でだけは絶対に騒ぎを起こさないと言うことと、町の人間に手を出さないというのが、町での暗黙の掟だった。
「それにしても、相変わらずお前の手際は見事なものだぜ。本当に無駄な動き一つなく、次々と獲物を狩っていく姿には、思わず見とれちまったぜ」
「それはどうも」
俺はジョッキに残っていたラム酒を飲み干した。
「それにしても、お前みたいな子供が賞金稼ぎだなんて誰も気づかないだろうな。この町以外の人間じゃ」
「俺が賞金稼ぎだなんて気づかせる必要はない。仕事がしにくくなる」
「相変わらずクールだな。俺がお前ぐらいの時は、ただグレて毎日をつまらねえと思うだけのガキだったけどな」
「人間の生き方は人それぞれだ。いくら仲間でも俺の生き方には干渉させない」
「ははは!他人の生き方に干渉することほど暇なことはねえ!」
相棒の男はまた大声で笑い飛ばした。その様子を見て、無表情だった俺は一瞬の笑みを見せた。この男はかなり豪快で仕事でも時々しくじるが、それでもコンビを解消しようなどとは一度も思ったことはなかった。この男の性格を俺が気に入っているのが、コンビを続けている一番の理由だった。
「ま、生き方も事情も人それぞれだ!俺達はコンビを組んでいる、それが今の俺達の生き方だ!!」
「……そうだな、相棒」
俺はまた無表情に戻って一言そう呟いた。
「まあ、今夜は仕事の成功祝いだ!とことん飲もうぜ!!おい、ラム酒追加だ!!」
相棒の男は大声で注文した。酒場の中はいつも賑やかで、時には喧騒も起きる。客はそのやり取りを楽しむために、酒とわずかな料理しかない店に足を運ぶ。
そして、湯水のごとくに金を使っていく。酒場とはそういう場所なのだ。
今日もそんな一日が終わりを告げて、明日を迎えても人々は騒ぐ、酒場が閉まるまで。
「気をつけて帰れよ、相棒」
「ああ」
俺達は酒場が閉まるまで飲み続け、酒場が閉まってしまったので帰る家路につこうとしていた。
「酒の飲みすぎで寝小便たれるなよ!」
「俺はそこまでガキじゃない。お前こそ、酔っ払ってそこらで寝てると殺られるぞ!」
俺は相棒に憎まれ口を一つ叩いて分かれた。俺はこの町の貸家に住んでいた。家賃は賞金首の懸賞金の中から毎月工面している。
俺がこの町に来たのは四年前、四年前といえば俺はまだ十歳かそこらだったが、流れ流れてこの町に着いた。
そして、あの男に出会った。あの男は行き倒れている俺を見て、「死ぬのか?」と訊いた。俺は首を横に振った。
どうして、立つことも出来ない状態で死なないなんて意思表示をしたのかは今でもわからないが、その時はそれが必死だった。
すると、あの男は自分の食べかけのサンドイッチを俺に渡した。俺はそれを受け取ると餓鬼のように貪り食った。
それが、あの男との出会いだった。名前をジェスファと言っていたが、俺は一度も名前であの男を呼んだことはない。いつも相棒と呼ぶことにしている。
俺が賞金稼ぎを始めたのは、ジェスファと出会ってから間も無くだった。俺に出来ることは戦うことだけだったから、必然的にそれが生きる術になった。この町に流れ着く前、俺はある組織で戦う術を叩き込まれた。それが、ここに来て己を生かす術になった。
そんな時、俺はまたジェスファに出会った。ジェスファは俺を酒に誘ってコンビを組まないかと言ってきた。最初はサンドイッチ分の恩返しのつもりでコンビを組んだが、それが今まで続いてい る。
「さて……さっさと帰って……」
俺は足を止めた。
数は……五つ。
俺の家のほんのすぐ側まで来た時だった。明らかに殺意を抱いている気配を感じたのは……。
ったく……。
俺はナイフを抜いて何処から襲い掛かって来られてもいいように構えた。
「さすがだな。俺達に気づくなんて」
建物の影から五人の男達が出てきた。握斧(ハンドアックス)や剣など思い思いの武器を握っていた。
「何だ……お前達は?」
「悪いが、お前に恨みは無いがお前を殺せば俺達の名が上がるんだ。悪く思うな」
会話の内容から、どうやら賞金稼ぎとしてそこそこ有名になった俺を殺して、自分達の名を上げようという魂胆のようだった。
悪いが、お前達が有名になるために死ぬつもりなど毛頭ない。
「帰れ、小物。懸賞金もかけられていないような小悪党になんぞ用はない」
すると、小物の一言が頭に来たのか、男達は怒りを露にした。
「くそガキ!!死んでその言葉を後悔しやがれ!!!」
男達は俺目掛けて一斉に飛び掛ってきた。構えや足の運び方からそれなりにはデキる連中だというのはわかったが、小物は小物。少なくとも、俺の敵ではない。
「はああっ!!!」
俺はまず正面から突っ込んできた男の一撃をかわし、刃渡り30cmのナイフで心臓を一突きにした。
「ぐあああっ!!!!!」
短い悲鳴を上げてその男は息を引き取り、ナイフを引き抜き、他の男を迎え撃った。
「気をつけろ!!こいつはただのガキじゃないからな!!」
そこまでわかっているのなら、どうして戦う前に戦うことが愚かな選択だというのに気づかなかったのか?
俺の頭にそんな疑問が浮かんだが、戦っている今はすぐにそんな疑問は霧散した。
「くらいな!!くそガキ!!!」
すると、リーダー格の男の剣の刀身には炎が纏っていた。
「魔法剣か……」
「俺達を小物呼ばわりしたことを後悔するんだな!!」
リーダー格の男が剣を思いっきり振ると、刀身に纏っていた炎が球の形を作り、こっちへ向かって飛んできた。
「この程度で勝った気になるなんて……」
俺は連中にかなり呆れたが、とりあえず目の前の炎の球を何とかすることにした。
「さて……」
俺は懐から刃渡り15㎝のナイフを取り出し、炎の球に投げつけた。
どぉぉぉん!!!!!
静かな町に爆音が響き、爆発による煙が上がった。
「やったぜ!!」
煙の向こうから男達の歓喜の声が聞こえたが、俺は爆発前に確認したそれぞれの位置を思い出しながら、リーダー格の男のいた場所に向かって走り出した。
こういう小物は、えてしてリーダー格の奴を倒すと統率を失い、勝手に逃げていってくれるものなのだ。少なくとも、俺の人生経験ではそれが圧倒的に多かった。例外もあったが、例外は少ないから例外と言うのであって、大抵は例のとおりにいくものなのだ。
俺は煙の中をリーダー格の男に向かって走っていた。煙がだんだん晴れてくると自分の走っている位置が間違っていないことを確信して、更に加速した。
「なにっ!?」
煙が晴れてきた頃に、男達は俺がまだ生きていることにようやく気づいた。
でも、気づいたころには俺はリーダー格の男の目の前まで来ていた。
そして、有無を言わさずにナイフをその心臓に突き立てた。男は一瞬大きく体を揺らして、そのまま悲鳴を上げることなく息を引き取った。
「……次は誰だ?」
俺はリーダー格の男の死体を生き残っている連中の目の前に放り投げて、静かにそういった。こういう場合、大声で怒鳴るより、ただ語りかけるように行ったほうが相手によりいっそうの恐怖心を与えられて効果的なのだ。
「う…うわあああああ!!!!!」
生き残った三人の男達は例のとおりにその場から文字通り逃げるようにして立ち去った。俺は死体をそのままにして家に戻っていった。この町では、必ず何処かで死体が転がっていて、その死体を拾って商売にする連中もいるので後始末には困らなかった。
家に戻った俺はそのままベッドに倒れこむようにして眠りについた。さっきの戦いが酒場で飲んだラム酒の酔いを回すのを早めたようだ。
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