Episode6: Crossed Destiny
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ばっく    ねくすと







「・・ここにも、誰もいない」

はずれかけている扉を、それ以上壊さないよう慎重に閉めて外に出た。

これで何件目だろうか。
歩き始めながら考える。
時間が経つにつれ、胸に畏怖と警戒の念が広がっていくのがわかった。

今のところ、どの家にも共通している。
それは誰もいないということだ。
そしてもう二点。
荒れている、というより壊れかけている外装と乱雑な内部、
それと、床や壁に散り染み付いている、たぶんヒトの・・血痕。

少女は当惑していた。
人のいない街。何も無い街。

(ビーストの集団にでも襲われたのだろうか?)

おかしい。
そんな筈は無い。
ここは小規模ながらも、要所の一つに数えられる街である。
だから当然、警備や防御策はもちろんのこと、反撃にでることも可能な戦力を常時保持しているはずである。
それに滞在しているであろう傭兵等の力も合わせれば、それこそちょっとした一個大隊と化す。
なのに、人の気配が・・人の存在というものが皆無なのだ。

—— そう、存在だ。
今更ながらに気づく。
仮に、考えられないほどのビーストの大群に攻め込まれたのだとしよう。
かつてない展開に、当然対応しきれない。
だから戦えるものが足止めをしつつ、住人を速やかに避難させた。
それならば、人がいない説明はつく。
でもじゃあ・・死体は?
家の内部の血痕。それは中で惨劇があった事実にほかならない。
だがどういうわけか、死体はただの一つも見かけなかった。
内にも、外にもだ。

「ありえない」

思わず呟く。
死傷者が一人もいないなんて考えられない。
ビーストと人間では個体の性能差が違いすぎる。
それが大量に押し寄せてきたのなら、なおのこと屍の山が築かれていても不思議ではない。
むしろ逆の、無いことが不思議なのだ。
ビーストが人間を食らうなんて話は聞いたことがない。
わざわざ死体を処理するなんてこともだ。
ビーストは殺すだけ。命を奪うだけ。
ただそれだけのはず。

・・・・いや。
そもそもホントにビーストが襲ってきたのだろうか。
いくらなんでも、そんな大量な数のビーストの行動を把握していなかったわけがない。
もしそうだったなら、事前に察知し、事前に対策を練っていたはずだ。
それこそ警戒態勢を敷くとか近隣に応援要請をするだとか、何とかしようと思えば出来たはずなのだ。
つまり、何の対策を講じる間もなく、突然トンデモナイ事態が起きた、と。

(・・・一体なにが——— )

その時、視界に何かが動いた。
(ビースト!?)
背筋に緊張が走る。
意識が集約され、構えを取る。
距離はある。
まずは対象の視認。
それを凝視する。
・・・・・。
・・・違う、あれは、

(・・あれは、人間・・?)

正面右手の建物の影から現われたその動くシルエットは、人間のそれであった。
でもなぜか、呼びかけることも、駆け寄ることも躊躇われた。
距離があるため詳しい風貌はわからないが、姿形は青年男子、に見える。
だが一目で、正常ではないことが理解できたのだ。
彼はフラフラとおぼつかない足取りで、どこかに行こうとしている。
そのまま反対側の建物の影に遮られ、ここからでは姿が見えなくなってしまった。
向こうはこちらに気づいていないようだ。

どうしようか。
このまま探索を続けても、大したことはわからないかもしれない。
それならば、生き残りかもしれないあの人に話を聞いた方が有益だし効率も良い。
それにやっぱり、・・ほおっておくわけにもいかないだろう。

少女は後を追うことにした。



一度見失ったとはいえ、姿はすぐに見つかった。

ここはちょうど、街の中心あたりだろうか。
すぐ先に噴水がある。
静寂に支配されたこの街において、勢いよく噴出しているその光景は、この街の最後の生命ではないかと思わされた。
その袂で、彼は噴水の淵を覗き込んでいた。

(水でも飲もうとしているのだろうか?)

意識が朦朧としているのならばありえる話だ。
だとしたら注意してあげた方がいい。
そう思い近寄ろうとした時、彼の様子がおかしいのに気付く。
体が小刻みに、だがここからでもわかるほど激しく震えていた。

(・・?・・)

近づくのが躊躇われる。
だがもしかしたら、酷い大けがを負っているのかもしれない。
先程は気付かなかったが、もしそうなら納得できる。
カラダがきっと、なにかしらの拒絶反応でも示しているのではなかろうか。
それならそれでノンビリ眺めている場合ではなかった。
彼の背後に歩み寄っていく。

後ろ正面に立った。
彼はなぜか、ずっと水面を覗いたままである。
意識はまだあるのだろうか。
声をかけてみる。

「・・あの——」

「放せぇぇぇっ!!」

「!?」

彼はいきなりそう叫んだかとおもうと、そのまま糸の切られたマリオネットのように崩れ落ちていった。
その時、崩れていく彼の身体がねじれて、
彼の眼と、
後ろにいた私の眼が、交差した。
一瞬なにかが彼のその眼をよぎったが、理解する間もなく瞼は閉じられ、気がつけば彼は地に伏していた。

・・・・・。
・・・・・。
あっけにとられていた。
今のはなんだったんだろうか。

彼は噴水の淵に倒れこんだまま、動く気配を見せなかった。





by Ita