■ Episode4: らすと すなっち ■
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ばっく
ねくすと
*
そこまで読み終え、おもむろに本を閉じる。
つまらなかった。
闇がどうだの、風がどうだの・・・。
正直、自分の好みのジャンルでないコトは明白だった。
これ以上読み進むことは苦痛でしかない。そう思わせる雰囲気を、本自体から、ムンムンと漂わせているように見える。
声を大にして叫びたかった。
「オレの578円(税込み)を返せっ!!」と。
なぜそうしないのかというと、実際には、お金を払っていないからである。
そう、これはオレの本ではない。従って、ノーマネーで読んでいる輩に、その様な暴言を吐く権利は許されていないのであった。
ではどうやって入手するに至ったのか。
至極、単純なことだ。
では、昨夜の出来事を思い返してみるとしよう。
*
夕食も食べ終わり、食後のまったりタイムを自室で堪能していた時である。
突然、机の上の携帯電話が鳴り出した。
しまった。
いつもこの時間は電源を落としているのに、何たる失態。
まったりムードが台無しである。
とにもかくにも、律儀に電話に出ることにする。
「もしもし?」
相手は友人の一人、河村耕平(17)であった。
彼の言葉はなぜか激しく訛っていて、非常に聞き取りづらかったが、
「今すぐ俺の家に来い」
という内容は理解できた。
そしてオレはヤツの家に向かった。
外は異様に冷え冷えとしていた。
そりゃそうだ。今は2月。地方によってはまだ雪が降ってもオカシクない時期である。
寒空の下、沸々と内から何かがこみ上げてきた。
怒りだ。
大切なまったりタイムを奪われた怒りを、この胸に秘めて・・・。
携帯の電源を切り忘れていた怒りを、この胸に秘めて・・・。
不躾な友人の訛り言葉への怒りを、この胸に秘めて・・・。
そうこうするうちにヤツの家が近づいてきた。
暗くてよくわからないが、家の前に人影が見えていた。
歩くたびに疑問が拡大していく。
あれは誰だ?
一歩踏み出すごとに、
あれは誰だ?
一歩踏み出すたびに、
あれは誰だ?
そしてその正面に立ったとき、『疑問』が『疑惑』へとクラスチェンジした。
見覚えのない人物がオレを見下ろしていた。
当然だ。まず顔つきが、日本人のそれではなかった。さらには着崩した、というより本当に着古された服を身にまとい、それがなぜか逆に、ワイルドさも演出していた。もちろん悪い意味でだ。
オレに異国の知り合いはいない。
「おまえは誰だ」
思わず言葉がついて出た。
見知らぬ外国人は、HAHAHAとは笑わず(←勝手な思い込み)無表情なまま、
「俺は河村耕平だ」
と訛りのたまった。
なんと、日本語が通じたっ!!
まさに異文化コミュニケーション。毎日、駅前にあるN〇VAの前を素通りしてきた甲斐があったというものだ。そう、オレはラヴリーなウサギごときで騙されはしない、強いココロの持ち主なのだ。これでオレも立派な現代人、21世紀を生きるニューエイジャーの仲間入りである。
・・いや、ちょっと待てよ。
なんと、見知らぬ外国人は河村耕平だったっ!!
あっと驚くタメゴローとは、まさにこのこと。
知らず知らずのうちに、オレはインターナショナルな関係を築いていたのだった。
「・・って、んなワケないだろ」
「何をブツブツ言っているのだ」
早く入れ、と河村耕平〔自称〕はオレを促した。
同級生のはずなのに、その顔はどう控えめに見ても一回り老けていた。
誘い込まれるように歩き出すなか、『疑惑』が『疑阻』へとクラスチェンジを果たしていた。
だがオレには、なんと読むかわからなかった。
耕平の部屋は二階にある。
階段の途中で河村耕平〔自称〕は、
「飲み物を用意せねば」
と訛りながら、一階の台所へと引き返していった。
オレは一足先に部屋へ向かうことにした。
部屋の扉を開けたその先。
いわずもがな、新たなイリュージョンが鎮座していた。
間接照明によって照らされた室内。
そこに浮かび上がる、何百インチかも見当のつかない、とにかく巨大なスクリーン&プロジェクター。
正面には机があり、その上に広げられた二本のスティックが印象的な、ゴツく横長いコントローラー。
そして、とてつもなくドでかいスピーカー。
極めつけに、日本の住宅事情にゃお構いなしの、黒地に『ダメ』と書かれた箱。
「て、鉄〇部屋っっっ!!??」
しかもかなりのブルジョワである。
ふと足元に転がっている緑の空き箱に気づく。
そこには黄文字で、『〇騎』やら『P.R.〇.ARMY』やら書かれていた。
疑いようがなかった。
ファイナルアンサーでフィニッシュである。
とにかくここは、友人宅友人部屋である。
そして私はお客様、オモテナシされる側である。
用意されたブルジョワシステム。
そう、これは接待なのだ。鉄〇しゃぶしゃぶなのだ。
礼には礼を尽くすべし。
ならば受けよう、我が身を焦がし、
「いざっ!!、戦っ! 場っ! へっっ!!!」
机の端にあったソフトのパッケージに手をかけた。
「何をしている」
いきなり背後から声がかかる。
丸いお盆に一人分の飲み物をのせて、河村耕平〔自称〕がそこにいた。
「何をしている、と聞いている」
訛りのなかに、明らかな怒気が含まれていた。
加えて、仁王立ちしたその姿から、殺意の波動が滲み出ていた。
「・・いや、あの、・・〇騎を・・」
なぜかそのワケのわからない威圧感におされ、オレはドモリ答えた。
その言葉を聞いた瞬間、河村耕平〔自称〕は、壊れたように激しく、二度痙攣した。
バランスを崩し、飲み物の入ったコップがお盆から落ちていく。
ガラスの割れる音が響く。
重なるように、
「殺す」
わかりやすい単語が聞こえた気がした。
河村耕平〔自称〕の諸手が背後にまわされる。
と同時にオレは、本能的に駆け出し、ヤツの腹めがけタックルをかましていた。
たまらずヤツは転がされ、オレはその勢いのまま部屋を飛び出した。
そのとき見えてしまった。
ヤツの手に握られた、
黒く、
鈍い、
L字型の物体×弐を。
階段を駆け下り、鍵の掛けられた玄関をブチ破り、一直線に自分の家へとひた走る。
走ってきた背後で、妙に耳に残る奇声と、
ドガンッッ ドガンッッ
日本では聞いちゃいけない、というか聞けないはずの調べが奏でられていた。
ベッドに腰をおろす。
帰ってこれたという安堵感からか、そこでやっと、自分の手に握られていたモノに気づく。
デカデカと白字で書かれた二字。
なんと、鉄〇のソフトを手に入れたっっ!!
「・・って、ダメじゃんっ!!」
と、お約束なボケツッコミをしたところで、また気づく。
妙に重いのだ。
おそるおそる、開けてみる。
するとそこにはソフトではなく、なぜか一冊の文庫本が入っていたのだった・・。
*
以上、回想終了。
物理的に不可能じゃん、とか言うなかれ。
でないと話のつじつまが合わないのだ。
とにかくコレを、いかに返却するかを考えなければならない。
借りパクなど門前払いだ。
その様な、人の道を外れた不埒な行い、拙者に出来ようはずがない。
・・そもそも、『借りた』なんておぼえもなかった。
しかしながら、あのキ〇ガイ(←河村耕平〔自称〕)に、これ以上関わり合いたくないのも事実である。
さてどうしたものか。
・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・。
結局3分間、悩みに悩んだ末に出した結論は、
『朝イチでヤツの机の中に入れてしまい、あとは完全無視を決め込む』
という、当り障りのないものだった。
翌朝、朝日が昇り間もない頃、オレは家を出発した。
思い立ったが吉日生活。すでに吉でもなんでもないが、早起きは三文の得、である。
昔の人はどんな言葉の反論にもポジティブに対応できるよう、いろいろなコトワザを用意してくれていた。
学校に着く。
教室に入り、まず自分の机にカバンを置いた。
次に例のブツを取り出し、ヤツの席へと向かう。
これで、すべてが終わる・・・。
———— ブツを
長かった狂騒曲に・・・
———— 机の中に
今、終止符が・・・
「おい」
・・・・。
・・・・。
・・・・打たれることはなかった。
*
「何をしている」
振り返るとそこには、河村耕平〔自称〕が仁王立ちしていた。
昨夜との違いは、服装が学ランなのと、おぼんの有無だけである。
ところで、オレの知っている河村耕平には、もう、逢えないのだろうか。
ふとカナシミブルーに襲われた。
「何をしている、と聞いている」
いつのまにか、どこかで見たような展開になってしまっていた。
だが、ファ〇キンガイこと、河村耕平〔自称〕の様子がおかしい。
いや、ファッキ〇ガイだから、むしろ正常。
「お前は、その・・・」
歯切れの悪い河村耕平〔自称〕に、オレの方が不安になってくる。
「何」
「・・・・そう、・・なのか?」
白痴、ここに極まれり、である。
しかしオレは、あのマザー・テ〇サから直接教えを受けた、現存する唯一の聖人君子である。
どんな方々にでも慈愛のココロは忘れない。
「何が」
その一言だけに、ヤツに対するすべての慈愛を早々に費やした。
媚薬まがいな効果が即効的にあらわれたのか、
白痴こと河村耕平〔自称〕は、俯いたままそれ以上何も言わず、ただ、オレの背後へ指をさし示した。
つられるように、そちらを見る。
するとそこには黒板があり、さらにそこにデカデカと、
”はっぴ〜ばれんたいん! おーいえぇあ!”
と、汚らしい字で書かれていた。
・・・・。
なんと、今日は2月14日だったっ!!!!
ということは・・・、
コワゴワと振り返る。
「やっぱりねー。前々から怪しいと思ってたのよねー」
「あ、俺も俺も」
「えー、ショックー。あたし、密かに狙ってたのにー」
なぜかクラスメイト全員がそろっていた。
さらに口々に言いたい放題である。
つまりはパーフェクト勘違いである。
そしてその中央に、頬を桃色に染め尽くした、一匹のエセ異邦人がいた。
なんと、すでにエセ異邦人はオレにホの字だったっっ!!!??
誰もが奇異のまなざしで、二人を見比べていた。
(やめてくれっ!!ヤツを見た目で、オレを見ないでくれっっ!!)
魂の叫びである。
「お前の気持ちは良くわかった」
何かを決心したかのように、異人が喋りだした。
「・・・・・わからんでいい」
「照れることはない」
「・・・・・照れてない」
「恥ずかしがることもないぞ」
「恥ずかしいことこの上ないわ、ボケっっ!!」
「だがな——」
なんと、ホモセクシュアリティが脱ぎだしたっっ!!!?
何を思ったのか、ホモは上半身裸になった。
「タダじゃあ受け取れないぜ」
そのガタイは素晴らしい肉付きをしていた。
見た目からして無駄な肉がなく引き締まっていて、そのシャープさが鋭利な刃物を連想させた。
男のオレから見ても惚れ惚れする、一種の美がそこに存在していた。
といっても、オレにその癖はないのであしからず。
「俺と戦え」
「は?」
思わず聞き返す。
「正々堂々と、タイマンだ」
どうやらもう末期症状らしい。いや、そうに違いない。手遅れだ。
「俺に勝てたら、潔く受け取ろう」
「・・いや、もう、・・受け取らんでええから」
「負けたら、・・・・残念だが、俺のことは諦めてくれ」
「・・いや、・・諦めるも何も」
「・・・・俺も、忘れる」
泣きながらそう呟いた末期患者を診ながら、先生はこう思っていたんだよ。
(・・聞いちゃいねぇ。・・・そうか、耳にキテルんだ。そうか、耳か・・・)
「それでは———」
「っ!! ちょ、ちょっと待て!! オレはやるなんて一言も——」
「なら死ね」
眉間に、冷たい金属の感触がつきつけられていた。
すぐ目の前に、ヤツの人差し指がトリガーに掛かっているのが見える。
用意は万端だ。
セーフティロックはちゃんと解除してあるのかなぁ〜、なんて、現実逃避している自分がそこにいた。
「選ばせてやろう」
ヤツは言う。
「今、死ぬか。・・後で、死ぬか」
どちみち殺されるらしい。
そもそも選択の余地など何もなかった。
「よろしい。では、約束の地へと向かうことにしよう」
黙ったまま答えないのを、どうやら勝手に後者を選択したと解釈したらしい。
ただ、オレは、もうどうでもよかった。
あとは、エンディングまで、突っ走るだけ。
・・早く。・・とにかく早く。
「キミ、こちらへ」
河村耕平〔自称〕がギャラリーに向かって声を掛ける。
すると、呼ばれて出てきた黒人の女の子、その手にはポットカバーが握られていた。
もはや、『なぜポットカバー!?』とか『なぜ黒人が!?』などとツッコむまい。
河村耕平〔自称〕はそれを受け取ると、いきなり勢いよくオレの頭に被せてきた。
視界が闇に閉ざされる。
そして腹部に強い衝撃。
うずくまるオレ。
「それでは皆様方、行きませう!!」
「はー! まい! おにぃーー!!」
河村耕平〔自称〕の呼びかけに、ワケのわからない呼応を返すギャラリーども。
ふっ、と足元から地面が消え失せた。
同時に、カラダに触れる無数の手、手、手の感触。
どうやら掲げ運ばれているらしい。・・その『約束の地』とやらへ。
しかし、オレには、もうどうでもよかった。
今は、この闇が、とても、心地よかった・・・。
*
気が付くと、リングに立っていた。
と言ってもそんな大層なものではなく、まわりをギャラリーに取り囲まれていて、その外側に見える壁面にバスケットゴールが見えている。
舞台もある。
約束の地とは体育館の特設リング、というだけだった。
リングの中心に誰かが立っている。
でももう誰でもかまわない。
「それではご紹介しましょうっっ!!!!」
そいつは小指を立てたマイクに向かって、あらん限りの声をぶつけていた。
チョイ役は、少ない出番に全力を注ぐものである。
まさに名脇役。縁の下のナントカである。
「ぅあくぁ くぅおうなあーーー!!
骨をも砕く、鉄の拳、パンチマシンガンの異名をとるスーパーパイキー、
・・・ミッチィィィ・オニィィィィィィィルッッ!!!!!」
ギャラリーが歓声をあげる。
そしてオレの対角コーナーに座していた男が立ち上がり、右手を高々と突き出した。
河村耕平〔自称〕である。
相変わらずイイ体つきをしていた。
はやくも王者の貫禄を魅せつけられている。
あえて名前がオカシイことには踏み込むまい。きっとリングネームだ。気にしたら負けなのだ。
「対しまして、ぅあお くぅおうなあーーー!!
デビューを飾る若きファイター、
・・・いのせぇぇぇ、どぅわいすけぇぇぇぇぇっっ!!!!!」
話が始まって初めて名前が出た。
猪瀬大輔です。以後よろしく。
ギャラリーの歓声が響く。
「レッツ、ゲット、レディィィィ・・・」
———もう始めるらしい。
「トゥゥゥ、ランブルゥゥゥゥーーー!!!」
———オレのセコンドはどこだ。
カンカンカン
王者が、一気に間合いを詰めてきた。
「お前の力、みせてもらうぜ!」
そんなつもりは毛頭なかった。
すべて流されるままである。
なにせ書き手も、もうやる気がなかった。
どうまとめるかでイッパイイッパイなのだ。
「最後に言い残すことはあるかい」
王者が、粋な計らいをしてくれた。
オレは、使いたかったが、一身上の都合のより使用できなかったセリフを、今ここで使うことにした。
「・・お前はビョーキだ。・・オレは、マトモな世界にかえりたい・・・」
「帰さねえぞ、肉ダンゴ」
予想通りの返答がかえってきた。
そう、これでいい。
———— あとは
チャンプは首から下げていたペンダントに口付けし、
———— 一撃をくらうだけ
強烈な右フックをねじ叩き込んできた。
*
意識が吹き飛ぶ瞬間、すべてがまぶしいほどに白かった。
あまりの白さと柔らかさに、『柔軟剤を使ってるだろ』と問い掛けたくなる。
そこでオレは目を閉じ、思いのたけを口にした。
「このまま安らかに・・話は終わるのでしょうか?」
再びうすく目を開く。
・・・そこには、
そこには、先程の白世界と違う、真の光に満ち溢れていた。
そしてその中心に、なぜかサンタクロースのおじさんがいた。
「・・このまま終われるのでしょうか?」
とりあえず聞いてみた。
・・・・・。
おじさんはしゃがみ込み、傍らに置いてあった大きな袋に手を突っ込んで、ごそごそやり始めた。
ごそごそごそ。
・・・・。
俺を見る。
ごそごそごそ。
・・・・。
俺を見る。
ごそごそごそ。
・・・・。
俺を見るな。
・・・・・。
・・・・・。
しばし見つめあう、少年と老人。
なんと素晴らしき、異文化+異世代コミュニケーションっっ!!!
スックと立ち上がり、サンタのおじさんはオレの正面にきた。
そしておじさんは、神にも似た慈愛に満ちた表情をたたえたまま、両の腕を広げる。
・・・・・。
そしてそれは、おじさんの頭上で、ゆっくりとバッテンを描いた。
その時の、
おじさんが舌を出して「やっちゃったっ」、とでも言いそうな顔を見ながら、
オレは素直に、かわいい、と、そう思うのだった。
by Ita