Episode2: 
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ばっく    ねくすと







たとえばこれが現実ならば、忘れるなんて難しい。
たとえこれが夢だとしても、忘れることは叶わない。

そもそも現実と虚構の境界なんて、あってないようなものなのだ。
自分がそうだと思うのならば、それが現実。
自分がそうだと思うのならば、それが夢。

どちらにせよ重要なのは、どちらにも限界があるということ。

自己の認識で形成された世界は、やはり自己の認識によって崩壊する。
そのインパクトは凄まじく、そこからは両極端な結末しか生まれない。
きれいさっぱり消えて無くなるか。 ・・・未来永劫、存在し続けるか。

そして今回、幸か不幸か僕は、両方を選択させられたらしい。





ひとつ、そこに立ち尽くすモノがいた。
それは自分。
と同時に何故か、俯瞰の風景が広がっていた。
見ると足元には不細工な、そして生々しい肉の大塊が転がっている。
先程まで共に語らい、共に笑い、
平穏で、でも満ち足りていると思える時間。
それらを与えてくれるハズのヒト、だったもの。
視線の先に見つめるそれに対し僕は、この上ない悲しみをおぼえているものの、
その口からは、この上ない快楽の笑みが溢れだしていた。

突然の出来事、突然の衝動、突然の変貌、突然の惨劇、
突然の、突然ノ、とツぜんの、トツゼンの・・・・・・


その時、僕は何も出来なかった。
・・・何も。・・・何も。
唯一起こしている行動。笑っているんだ、さっきから。
笑いたくもないのに、笑うことなんかないのに。
オカシかった。そうとしか思えない。まるで自分なのに、自分でないような、そんな・・・
ふと右手の違和感に気づく。
そこには小さな、それでいてニブイ輝きを放つ何かの塊が握られていた。
何だろうか。
こんな物を手にしたおぼえはない。
しかし、すぐにそんなことはどうでもよくなってくる。
コレに触れていると、とても気分が良くなるのだ。
いや、いいなんてものじゃない。
これは、そう、エクスタシーの感覚に似ている。
とても心地よくて、
とても気持ちが良くて、
何も考えられなくなって、
なにも、かもがどうでもよく、なって、
せかいが、すべてが、しろく、とけ、て、い、——

ドンッッ!!

不意に強い衝撃が背中を襲った。
僕はなすすべもなく、そのまま地面に打ちつけられて倒れこんでしまった。
一瞬、息が詰まる。
そしてぶつかってきた何かが馬乗りになってくる。
それは見知らぬ子供だった。
その顔は苦痛に歪み、瞳からは信じられないほどの涙であふれかえっている。
「なんでっ!? どうしてだよ!!」
掴んだ胸倉を激しく揺さぶりながらその少年が叫ぶ。
「そんなにソレが大事なのかよ・・そんなにソレが必要なものなのかよっ!?なぁ!なあ!!」
——— ちょ、痛い、痛いよ、止めてくれ
「なんでだよ!!どうしてだよ!!」
なおも抗議が続く。
わからない。誰なんだ。なんでこんなに責められてるんだ。

その時、僕の二つの部分が動き出した。
「・・騒ぐなよ」
唇と、

「心配しなくてもまた逢える」
いつの間にそこにあったのか、逆手に握られた、刃身に凶々しい存在感を纏った細身のナイフ。
それを持つ左腕と、


「早く追いかければまだ間に合うさ」
少年の動きが止まっていた。
それは声に違和感を感じたからなのか。
それとも、本能的なものなのだろうか。
「・・あ、あのさ、・・冗談、なんだよね・・・」
掴まれていた力が弱まるのがわかる。
——— そう。離れるんだ、早く
「急がないとな」
自分の唇が、ゆっくりと、優しく、そう告げ、
——— やめ
その刹那、ナイフが走っていた。
少年の頭に、こめかみに向かって。

さしたる抵抗もなく、刃先はすんなり吸い込まれていき、
瞬く間にそのカラダのすべてをうめこんでいた。
ありえない速度だった。
だからだろうか。

ガコンッッッ!!!!

音があとから聞こえてきた。





視界が、世界がアカかった。

最後に映ったものは、驚愕に見開かれた、僕を見下ろす少年の瞳。
そしてその瞳に映った自分。
——— その顔は、
とても悲しいのに、とても辛いのに、
——— とても嬉しそうで、
僕は笑っていた。


悦楽感が、至福感が、僕を満たしていく。
何の迷いも感じず、何の咎もおぼえず。

自分の本質に触れた気がした。

黒く、深く、一条の明かりをも許さぬ、

圧倒的な

闇。





by Ita