■ Episode2: 闇 ■
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ばっく
ねくすと
*
たとえばこれが現実ならば、忘れるなんて難しい。
たとえこれが夢だとしても、忘れることは叶わない。
そもそも現実と虚構の境界なんて、あってないようなものなのだ。
自分がそうだと思うのならば、それが現実。
自分がそうだと思うのならば、それが夢。
どちらにせよ重要なのは、どちらにも限界があるということ。
自己の認識で形成された世界は、やはり自己の認識によって崩壊する。
そのインパクトは凄まじく、そこからは両極端な結末しか生まれない。
きれいさっぱり消えて無くなるか。 ・・・未来永劫、存在し続けるか。
そして今回、幸か不幸か僕は、両方を選択させられたらしい。
*
ひとつ、そこに立ち尽くすモノがいた。
それは自分。
と同時に何故か、俯瞰の風景が広がっていた。
見ると足元には不細工な、そして生々しい肉の大塊が転がっている。
先程まで共に語らい、共に笑い、
平穏で、でも満ち足りていると思える時間。
それらを与えてくれるハズのヒト、だったもの。
視線の先に見つめるそれに対し僕は、この上ない悲しみをおぼえているものの、
その口からは、この上ない快楽の笑みが溢れだしていた。
突然の出来事、突然の衝動、突然の変貌、突然の惨劇、
突然の、突然ノ、とツぜんの、トツゼンの・・・・・・
その時、僕は何も出来なかった。
・・・何も。・・・何も。
唯一起こしている行動。笑っているんだ、さっきから。
笑いたくもないのに、笑うことなんかないのに。
オカシかった。そうとしか思えない。まるで自分なのに、自分でないような、そんな・・・
ふと右手の違和感に気づく。
そこには小さな、それでいてニブイ輝きを放つ何かの塊が握られていた。
何だろうか。
こんな物を手にしたおぼえはない。
しかし、すぐにそんなことはどうでもよくなってくる。
コレに触れていると、とても気分が良くなるのだ。
いや、いいなんてものじゃない。
これは、そう、エクスタシーの感覚に似ている。
とても心地よくて、
とても気持ちが良くて、
何も考えられなくなって、
なにも、かもがどうでもよく、なって、
せかいが、すべてが、しろく、とけ、て、い、——
ドンッッ!!
不意に強い衝撃が背中を襲った。
僕はなすすべもなく、そのまま地面に打ちつけられて倒れこんでしまった。
一瞬、息が詰まる。
そしてぶつかってきた何かが馬乗りになってくる。
それは見知らぬ子供だった。
その顔は苦痛に歪み、瞳からは信じられないほどの涙であふれかえっている。
「なんでっ!? どうしてだよ!!」
掴んだ胸倉を激しく揺さぶりながらその少年が叫ぶ。
「そんなにソレが大事なのかよ・・そんなにソレが必要なものなのかよっ!?なぁ!なあ!!」
——— ちょ、痛い、痛いよ、止めてくれ
「なんでだよ!!どうしてだよ!!」
なおも抗議が続く。
わからない。誰なんだ。なんでこんなに責められてるんだ。
その時、僕の二つの部分が動き出した。
「・・騒ぐなよ」
唇と、
「心配しなくてもまた逢える」
いつの間にそこにあったのか、逆手に握られた、刃身に凶々しい存在感を纏った細身のナイフ。
それを持つ左腕と、
「早く追いかければまだ間に合うさ」
少年の動きが止まっていた。
それは声に違和感を感じたからなのか。
それとも、本能的なものなのだろうか。
「・・あ、あのさ、・・冗談、なんだよね・・・」
掴まれていた力が弱まるのがわかる。
——— そう。離れるんだ、早く
「急がないとな」
自分の唇が、ゆっくりと、優しく、そう告げ、
——— やめ
その刹那、ナイフが走っていた。
少年の頭に、こめかみに向かって。
さしたる抵抗もなく、刃先はすんなり吸い込まれていき、
瞬く間にそのカラダのすべてをうめこんでいた。
ありえない速度だった。
だからだろうか。
ガコンッッッ!!!!
音があとから聞こえてきた。
*
視界が、世界がアカかった。
最後に映ったものは、驚愕に見開かれた、僕を見下ろす少年の瞳。
そしてその瞳に映った自分。
——— その顔は、
とても悲しいのに、とても辛いのに、
——— とても嬉しそうで、
僕は笑っていた。
悦楽感が、至福感が、僕を満たしていく。
何の迷いも感じず、何の咎もおぼえず。
自分の本質に触れた気がした。
黒く、深く、一条の明かりをも許さぬ、
圧倒的な
闇。
by Ita