1つめの大きなしずく
トントン
「はい?」
「玖柳様がいらっしゃったのですが…」
「あ、はい。お通ししてください。」
「お久しぶりです。躬侶さま。」
「では私はこれで、」
皐月は出て、扉を閉めた。
「どうしたの?前に来たのって、半月くらい前じゃなかった?」
「ああ、争いが…起こりそう…というか、起きたに近い。」
「なんですって!」
「だから、なかなか来れなかった。」
そこまで離すと、玖柳は躬侶を抱きしめた。
「あなたは…大丈夫なの?」
「ああ、だが……オレの…親友が…それを止めようとして、殺された。」
その言葉を言った時、玖柳が躬侶に回した腕の力が強くなった。つらいということが、見ている私からもわかる。
「!寡怜様は?」
「あいつは、元気。大丈夫…。」
「そう…でも…つらいわ。」
「ああ…」
玖柳は怒りと悲しみで、震えていた。
「だから躬侶も、気をつけてくれ。オレは…躬侶がいなくなってしまったら…」
「ええ…玖柳も…お願いだから…気をつけて……。」
「じゃあ…ごめんな。すぐに、戻らないといけないんだ。」
「その話が出たときから、わかっていたわ。気にしないで…ただ…本当に、さっきのお願い、守ってね。」
「わかってる…。」
玖柳は躬侶の額に口づけ、もう一度抱きしめる。そして離して、扉の向こうへ消えていった。
オレはなんとなくいやな気持ちになった。だが、なんなのか、わからない。
それは多分、オレの前世の記憶が戻っていないから。
戻っていれば、絶対に…オレはこの先の記憶を見なかっただろう。
「きゃああ!」
さっき玖柳が言ったとおり、躬侶たちの神殿に攻め込んできた者たちがいた。その者達はためらうことなく、神殿の人々を殺していった。
「姫様!無事ですか!」
「ええ、大丈夫。皐月!祈ります。」
「え…」
「私は祈ります…守りたいから…」
躬侶は立ったまま胸の前で腕を組み、目を閉じた。すると躬侶の体が光り始め、神殿を覆っていった。すると今まで人を殺すことをためらわなかった者達がためらい始めた。
その頃玖柳は、躬侶の神殿が攻められていると聞き、神殿に飛んで来て、躬侶の部屋へ向かっている最中だった。
バンッと躬侶の部屋の扉が開いた。
皐月は玖柳だと思って見たが、それは、攻め込んできた者達の主将だった。
「きゃあっ」
その者は、皐月をきりつけ、殺した。
灯季のほうをちらりと見ると、灯季は口を手で覆い、涙を浮かべていた。
オレは見ていて、本当に憎くなった。今すぐ、殺してやりたい。その男の顔を見たときから、オレはそう思った。
「皐月様!」
咲良の叫びで、躬侶は目を開けた。すると、神殿を覆っていた光が消えた。
「皐月?さつき…いやああ!」
躬侶は座り込み、うつむき、涙を流した。
見ているこっちも、胸が苦しくなってきた。
「見つけた。姫様。」
「…」
「私の名前は、叉丁(さちょう)。あなたをお慕い申し上げているものです。」
「慕ってる?わたしを…?」
「はい。」
人を一瞬前に殺したのに、叉長はポーカーフェイスだった。
「ならなぜ関係の無いものまで殺すの!しかもあなたは何も感じていない!どうしてよ!」
躬侶は泣き叫ぶ。叉丁はポーカーフェイスのまま、躬侶の腕をつかんで、立たせた。
「きゃぁ!」
叉丁は嫌がる躬侶のもう片方の手もつかんだ。
「やっと手に入れた…」
「いやぁっ離して!玖柳!!」
躬侶は泣きながら玖柳の名を呼んだ。
「玖柳?あなたは、私という者がいながらあんな奴のことを…!」
叉丁は怒り狂い、躬侶を離して、そこらじゅうを切り始めた。
叉丁は自信過剰で、必ず躬侶は自分を愛すると、思っていたようだった。
そこらじゅうをきり終わると、叉丁は躬侶のほうを向いた。
「あなたが…にくい…」
そう言うと叉丁は笑いながら、剣を振りかぶった。
「…や…いやぁ!」
躬侶が腹を刺されて、剣を抜くとき、俺はドアの向こうに玖柳を見た。
玖柳は赤く染まった躬侶を見て、目を見開いた。
「躬侶———!てめぇ!」
玖柳はもともと剣を扱うのがものすごく得意だったので、スキだらけの叉長を討つのは簡単だった。
叉長を討った後、玖柳は躬侶のほうへ駆け寄った。
「躬侶!躬侶!」
玖柳は必死で躬侶に呼びかけた。
「…く…りゅ…う」
躬侶はその時、虫の息だった。
助からないことは…オレでもわかるくらいに……。
「躬侶!ごめん!ごめん。オレがもっと早く!」
玖柳の目には、涙があふれていた。
「…玖柳…に…あえた……こと………すごく…うれし…かった………」
「躬侶!死ぬな!躬侶!躬侶!」
玖柳は何度も名を呼ぶ。躬侶にこのまま息を引き取って欲しくなかった。
「おねがぃ………キス……して…くださ…い」
玖柳はその願いにびっくりしていたが、すぐに唇を重ねた。
躬侶を見ると、幸せそうな顔で口を動かし……目を閉じた。
玖柳は躬侶の口がアイシテルと動いたのを見た。
「躬侶?躬侶…躬侶ぉ!!!」
玖柳は何度も名を呼び、何度も揺さぶった。だが、躬侶がおきることは無かった。
躬侶を抱きしめたまま、ずっとそこにいた。
躬侶が死んでしまった後でも、玖柳はきちんと意識を持っていた。だから、背後に立つ気配に気づいていた。だけど、躬侶をずっと抱いていた。
ズブリ
「っ」
玖柳の体に剣が刺さるのをしっかりと見てしまった。その間はスローモーションで時が流れていくようだった。
私はこらえきれず、岬人の胸に顔を押しつけて、声を押し殺して泣いた。岬人も、つらそうだったが、私を抱きしめてくれた。
玖柳は剣が抜けた後、振り返り、叉丁にトドメをさした。
そして、つらそうに呼吸しながら、咲良の名を呼んだ。
「咲良…」
「玖柳様…」
「オレ…躬侶…アイシテルから…来世で……会えるように、して欲しい……」
「わかりました。必ずかなえます。」
「サンキュ…オレも…寝るな…。」
玖柳は目を閉じた。呼吸はしていなかった…
咲良は涙を流しながら、目を閉じ、胸の前で手を組んだ。
「以上…です。」
咲良は涙を流していた。
咲良は目を閉じ、胸の前で手を組んだ。
そして私の目の前が真っ暗になった
1つめの雫
私が目を開けると同時に上のほうで声がする。あたりが真っ暗なので、周りがよく見えない。まだ続いているのかと思った。
「ん…」
その声は直に耳に入ってきた。
私の目の前は、何かが覆っていた。目を閉じるとコドウが聞こえた。
私はあまり身動きが取れなかったが、私は暖かいぬくもりを感じていた。
そのぬくもりは、とても心地よいものだった。
ガラッ
「灯季〜?…きゃ〜!」
「うわっ」
扉が開く音と同時に、誰かの声がした。今度は遠いところから、聞こえた。
「ん?…わぁっ」
「きゃっ」
私は急に何かによって後ろに引っ張られた。
「なによ〜…え…」
私は両腕をつかまれていた。その腕をたどっていくと、岬人がいた。岬人は下を向いているため、顔がよく見えない。
「ごめん」
「え?なにが?」
「え?」
岬人は私の問いかけに対して顔を上げた。そしてその顔は真っ赤だった。
「気づいてない?」
「なにが?」
「灯季!」
名前を呼ばれて声のしたほうを見ると、水津と佳久が顔を赤くして、私を見下ろして立っていた。
「あ。水津に佳久。おはよ…」
「灯季〜、甘すぎ!」
「なにが?」
「だって、一緒に寝たんでしょ?」
「寝た?」
私は岬人に腕をつかまれたまま、自分の服を見た。パジャマを着ている。
私は前世の記憶を見る前の記憶をたどる…岬人と向かい合って、手をつないだはず…。なのに、なぜ私は岬人に腕をつかまれているのだろう?
「なんで岬人が私の腕をつかんでるわけ?」
「俺たちが入ったら、おまえら抱き合って寝てるんだぜ?甘すぎ!なぁ、水津。」
「抱き合って!?」
私は思考回路を整理する。
抱き合う?誰が?私と…岬人?てことは、おきたときに間近で聞こえた声は岬人?てことは、身動きがとれなかったのは、岬人に抱きしめられたから?
「なっ!なんで!なんでそうなってんの!岬人!」
私は顔を真っ赤にして、叫ぶ。
「オレもわかんねぇよ!目を開けて、ぼーっとしてたら、佳久たちが入ってきて、そんで気づいたら灯季がオレのすぐ近くにいて…びっくりしたのはこっちも同じだ!」
私たちは二人で赤くなり、自分の知っている状況を話すことで精一杯だった。
「咲良?咲良!」
オレは思い当たり、咲良の名を呼んだ。
「…はい…。」
「おまえなら、どうしてか知ってるな!」
「……はい。私がしました…。というか、向こうでの最後の格好が、その状態だったので…。」
オレは顔がさっきより赤くなるのを感じた。
「と、とりあえず、手を離してよ。岬人。」
「あっ!ごっごめん。」
オレは急いで手を離す。すると灯季は起き上がり、水津とともに、部屋を出て行った。おおかた着替えにでもいったんだろう。
「で?どういうことだよ(^^)おまえも告ったのか?」
オレは“も”という言葉を聞き逃さなかった。おまえも、ということは、おれも、ということだから。
「おまえは昨日、告ったのか。」
「ああ、」
「なんて言ったんだ?」
オレは興味津々と言った状態で聞いた。
俺もいつかは灯季に告る。参考になるかと思ったので、聞いた。
水津の返事の仕方気になる。
「ん?抱きしめて、好きだ。君がすごく愛しい。一緒に入れて、幸せだ。って言った。」
「そしたら?」
「ん?ありがとう、私も幸せって言ってくれたよ。」
「そっか〜。」
オレは幸せそうに話す佳久を見ていたら、自分も幸せな気持ちになれた。
「なんだよ?もうちょっとびっくりしたっていいだろう?」
「だってオレ昨日灯季から、水津がおまえのことスキだって聞いたぜ?」
「えっ、そうなのか?じゃあ、少し前から好いていてくれたんだ。ぁ、で?おまえはどうなんだよ?」
オレはその言葉を一番聴きたくなかった。俺たちは、というと、昨日の夢の内容だけに、そんなムードにはならなかったし、あんなつらい場面だったら、なりたくもない。
オレが口を閉じると佳久はあわてた口調でオレに話しかけてきた。
「でっでもさ、おまえら、似合ってるよ。」
「は?」
オレはそんな言葉が出るとは思っていなかったので、すごくびっくりしていた。
佳久はオレが落ち込んだと思ったらしい。だが、オレは昨日の夢を思い出していただけだった。
「似合うって?」
「ん?俺ら、幼馴染だからかもしんないけど、灯季の隣には、岬人が一番。岬人の隣には灯季が一番。って話をしてたんだ。」
「は!まさかオレの気持ちを水津に話したのか!」
「いいや?離してないぜ?二人がくっついたらいいなぁって話はしたけど。」
「なら…いいや…。佳久、慰めてくれてありがとな。でも今は夢を思い出していただけなんだ。」
オレはそういうと、着替え始めた。
「なんだ〜、にしても、あんまりいい死に方ではないな〜、」
「そういやぁ、おまえらはなんで死んだんだ?」
「俺ら?俺らは…なんだっけ…。あれ?おっかしいな〜?」
「もしかしたら、記憶にプロテクトをかけてるのかもしれないな、」
「んーー。ぁ。なぁ岬人?」
「んぁ?」
「俺らがここにいるってことは…叉丁もここにいるのか…?」
「!」
オレは佳久の考えに唖然とした。そして昨日の灯季の夢の中の言葉を思い出した。
『気をつけてください。あなたを狙うものが近くにいます。そしてあなたのそばにいる3人を探してください。
そしてもう二度と…繰り返さぬよう…もうじきあなたのところに咲良がやってきます。咲良がすべてに答えてくれます。あなたの無事を心よりお祈り申し上げています。』
「あ!佳久!灯季の夢の中の言葉…、狙うものが近くにいるって言ってたよな?それって叉丁じゃないか?」
「ああ!」
「それに…あの言葉、あの時は分けわからなかったけど、今ならわかる気がする!あいつらと一緒に解読?してみようぜ!」
「そうだな…。」
オレらは、灯季の部屋のドアを開けた。
「灯季!」
「きゃぁ!」
扉を開けてすぐ、枕が飛んできた。
「なっ!」
バタン!
扉は閉まってしまった…。
オレは微妙に不機嫌になった。
「どういうことだよ!おいっ!」
「着替えてんのよ!エッチ!」
「…。」
私は急いで着替えながら、いままで何も感じなかった日常が、すごく嬉しくなった。
私は着替えを済ませると、水津とともにドアを開けて岬人を軽くにらんだ。
「ったくも〜!岬人!見なかったでしょうね!」
「見てない。ごめん!」
岬人は頭を下げた。少し不機嫌だったが、ここまでされたら、もういい、というしかない。
「もぅいいわよ。ところでご飯食べながら、話しましょう?」
「ああ。夢のあとの言葉、いまなら解読できるよな?だから、解読してみようって言ってたんだ。」
「あっそうね。」
なかなかいい案だ、そう思いながら、私は水津とともに昼食を作った。
2つめの雫
昼食ができると私たちは、テーブルにつき、ご飯を食べながら、話をして、まとめて、解読した。
灯季=躬侶 ---love--- 玖柳=岬人
水津=桐柚 ---love--- 寡怜=佳久
灯季—夢
*あなたを狙うもの=叉丁
*あなたのそばにいる3人=岬人、桐柚、佳久
*もう二度と繰り返さぬよう=叉丁から殺されないようにする。
水津、佳久—夢
*あの方=灯季
*変えられると思う=灯季をしなせないようにする。
岬人—夢
*灯季を守る、愛する、側にいる、幸せに生きる。
*悲しませない=死なない。
「結構わかるもんだな〜。」
「ああ、じゃあ、岬人、おまえはずっと灯季の家に泊まれ。」
「「は?」」
私と岬人が言ったのは、同時だった。
つねに岬人といられるのは嬉しいが、他人から言われると、ほんの少しだけいやな気分がする。
「だって灯季がらみの事しか夢で言われてないだろう?だったら、おまえが守るべきだ。」
「守る!けど…なんでおまえらは泊まらないんだ?」
私は岬人が守る!と言い切ったことがすごくうれしかった。
そして岬人の言葉にも一理あると思った。水津たちの夢にも、私を守ってくれ、という言葉があるから。
「そっか、じゃあ泊まる。じゃ、灯季、俺ら一緒の部屋でいいから、おまえらも一緒の部屋でいいだろ?」
私と岬人は口をぱくぱく言わせていた。
以前の佳久だったらここまでストレートにいろいろといわなかった。そして私は、人を好きになった人が強くなる、という話は本当だな、と思ったのだった。
「異議なし。だな?」
「異議ができないわよ。あなたのそのペース。」
「そおか?」
「そうよ!」
私がそう言うと、岬人と水津が笑った。私と佳久もつられて笑った。
この生活が愛しい。ずっと続いて欲しい。この平穏で退屈な日々が。そう思っているのが私だけじゃないことを願いながら、笑いあっていた。
「あの〜姫様?」
「どうしたの?咲良?」
「あの、姫様のご両親は?」
私は少し、口ごもった。すると隣にいた岬人が私の変わりに言ってくれた。
「灯季の両親は、灯季が小学の高学年のときに、亡くなったよ。」
「ぁ、すみません。」
咲良は私に向かって、すまなそうに言ってくれた。
「いいのよ。」
実際、もうほとんど記憶にはいない両親だ。写真が一枚もないから。
「どうして写真を残さなかったのかしら?」
水津はふとつぶやいた。
「「「え」」」
岬人、佳久、咲良は、聞き返した。
「確かにそうだなぁ。」
オレは写真を残さない理由が見当たらなかった。
「ちょい待ってて。」
オレは立ち上がり、家に電話をかけた。
≪もしもし。母さん?オレ、≫
≪どうしたの?灯季さんに何か失礼なことしてないでしょうね?≫
≪してない…。≫
したいけど、と心の中でつぶやいてみた。
≪それで?どうしたの?≫
≪灯季の両親のことなんだけどさ、あの人たちが写真を撮ってるの見たことある?≫
≪え?……ん〜。どうだったかしら……ぁ、うん。撮ったの見たことない。ていうか、よく分からないみたいだった。≫
≪よくわからない?≫
≪ええ。写真を撮るって習慣があんまりないみたいだったの。二人とも。≫
≪へぇ、灯季の小学校の入学式の写真は?≫
≪あれ?あの時ねぇ、彼女達はいたはずなのに、写真に写っていないのよ。≫
≪写真にうつらなかったのか?≫
≪ええ、そういえば灯季さんも、最初のほうは、もやがかかっていたわよ。≫
≪そっか、ありがとう。じゃあ、≫
≪あ、岬人?私たち旅行に行ってくるから。≫
≪は?≫
≪お父さんと一緒に言ってくるから。一ヶ月は帰らないわ。通帳とかの場所はわかるわね?鍵も持ってるわね?じゃ〜ね〜。≫
≪ちょっ母さん!≫
≪ツーツーツー≫
おかしい。灯季の両親…じゃなくて、うちの親。なんで急に決めるんだ?しかも旅行ならオレも連れてけ!ばか!
オレはそれだけ考えると、みんなのところに戻った。
「どしたの?」
不思議そうな顔をして真っ先にオレに聞いたのは灯季だった。少し、なげやりな態度だった。
「なんでおまえ…」
オレは灯季の指先が佳久と水津に向いているのを見た。ようするに『こんな甘い二人と一緒に残された私の身にもなってよ。』と言いたいのだろう。
とりあえず、オレはテーブルについて、母親から仕入れた情報を話した。
「私たちの両親は違うんだろうけど、灯季の両親は、私たちがいた異世界の住人ってことなんでしょうね。」
「あ、そっか〜。ねぇ咲良、どういうこと?」
「あ、はい。私もその辺の記憶が無いものですから…。
多分、むこうで生き残った人が、灯季さまたちを赤ん坊の姿まで戻して、
敵が近くに来て、行動を起こしそうになったら、向こうでの記憶をよみがえらせやすいようにしたんだと思います。
そして皆様が今の世に転生したときに、代表で着いてこられた人がいたのだと思います。
そして、その人たちは、多分灯季さまを連れてきたのだと思います。」
「なんで私だけ?岬人たちはみんな今の親が産んだんでしょう?」
「ええ、まぁ。ですが、灯季さまは特別なお方です。巫女としての力も強いですし…。そういう方は、こちらの方では産めません。
だから、向こうで産むなりなんなりして、こちらに…。ということだと思います。」
「そっか…。なんか、夢を見てからいろいろわかっちゃったね。」
「え?」
突然今までの話から脱線した言葉を灯季が言ったので、聞き返す。
「だって、みんなとは幼馴染だって思ってきたけど、前世から一緒にいて、前世では恋人通しだったり、仲良しだったりさ…。
叉長がここに来なければ知らなかったこと、いっぱいわかって、うれしいな。」
灯季はにっこりと笑った。それにつられて、オレも笑う。
そして
灯季はオレが守る。
命に代えても、灯季はオレが守る。
そう決めた。
3つめの雫
その日の夜から灯季の家には俺たち4人がいた。
灯季が風呂に入っているとき、俺はすでに灯季の部屋に作られた布団の中にいた。
「あの…。岬人様?」
「ん?」
「お願いですから、姫様を守ってください。そして、あなた様も死なないで下さい。」
「なんで、オレが死なないように言うんだ?」
「自らのお命を犠牲にしてまでも姫様を助けそうに見えるからです。」
「よく見てるな。」
オレは苦笑する。
「ではやはり?」
「オレは灯季が愛しい。だから、灯季を守る。そう決めた。自分の命がなくなっても、俺は彼女を守る。」
「ですが!姫様が悲しみます!」
「オレは彼女が死ぬのを見るくらいなら、自分が死んだほうがましだと思っている。」
オレは素直にそういった。
「ですが…。」
「灯季を命に代えても守る。自分の命と灯季の命が天秤になったら迷わず自分の命を捨てる。それがオレの覚悟だ。」
「どして…。」
「えっ?」
オレが振り向くと、そこにはうつむいて廊下に座り込む灯季がいた。オレは少し前に灯季のことがスキだというような内容を言っている。
そこから聞かれていたらどうしよう。そう思ってオレは起き上がり、呆然と灯季を見つめていた。
私はお風呂の中で水津と佳久と。……そして、岬人と一緒にいれて本当に幸せだと思った。そして、叉丁が見つかって命の危険がなくなったら、岬人に告白しよう。そう決意した。
決意した後、私はお風呂から出て、かるく髪を乾かす。
いろいろと考えながら部屋の前まで来た。すると、咲良の声がした。
「ですが!姫様が悲しみます!」
『私が悲しむ?なんで?』
「オレは彼女が死ぬのを見るくらいなら、自分が死んだほうがましだと思っている。」
『岬人…。』
岬人の言葉にドキッとした。言い方が格好よかったし、そういってくれるのはうれしかった。
「ですが…。」
咲良は反論するが、岬人は動じず、言葉を続けた。
「灯季を命に代えても守る。自分の命と灯季の命が天秤になったら迷わず自分の命を捨てる。それがオレの覚悟だ。」
『うそ…。』
さっきの“死ぬ”は、たとえだと思っていた。死ぬくらい一生懸命に守ってくれる。
そう思っていた。
だけど明らかに今のは、本当に命を投げ出すということだ。しかもそれが覚悟だと言っている。岬人ならやりかねない。
だけど、私はわからない。
どうしてそこまでしてくれるのか…どうしてそこまで…私は聞かずにはいられなかった。
「どして…。」
言葉を発すると同時に私は廊下に座り込み、うつむいた。
死んで欲しくない。いつも笑っていて欲しい。
大好きだから、愛しいから、岬人には側にいて欲しい。ずっと側にいて欲しい。死んで欲しくない。
「えっ?」
廊下に座り込んだまま、もう一度問う。声が震えた。
岬人が死んでしまうかもしれない。考えただけで…。
「どして…?」
岬人は布団の中から出てきたらしく、私の目の前にいた。
「…。とりあえず部屋の中に入れよ。」
岬人に腕をつかまれる。
「灯季…」
岬人の声が止まる。
私の涙を見たから。
「っ…」
岬人は少しだけそのままでいたが、私の肩に手を回して部屋の中に入り、扉を閉める。
そして私をベッドに座らせてくれた。
私の目からは涙がとめどなくあふれてくる。それを止めることができなくて、どうしようもなくて、私は岬人の胸に顔を埋めた。
「っ…どうしてよっ!どうしてよ!どうして私のためなんかに、そんな…そんなこと言うの!」
叫ばずにはいられなかった。岬人のその意思が理解できない。
そんな岬人は私の背中に手を回した。そして私の気持ちにもセーブが聞かなくて、さらに叫ぶ。
「私はいやだよ!岬人にはずっと側にいて欲しい!岬人が死んじゃうなんて…やだよぉ!」
私は岬人の胸の中で泣き続ける。
涙がおさまった頃、岬人はようやく口を開いた。
「灯季が…死んでしまうのは、いやだから。」
「ぇ?」
「灯季には生きて欲しい。その隣で俺も、生きたい。」
それはすごく嬉しい言葉だった。だから今度は嬉しくて涙が出てきた。
「岬人…」
「だけど、もしも灯季を守ろうとした時、俺が殺されたとしても、俺はかまわない。」
「え…。そんなの!」
うれしくない。そう言おうとした私の言葉をさえぎって、岬人は続けた。
「灯季が嫌がってくれるのは嬉しい。だけどな、灯季。オレは君を守りたい。君を守れたら、俺は幸せなんだ。」
「だけど!」
「なるべく死なないようにする。だから、これは万が一の場合だ。」
「岬人…。」
あってほしくない。万が一にでも、おきてしまったら、、私は…。
「必ず守るから…。もしも、命を落とした場合は…ごめん。」
「そんなこと、、言わないでよ。」
「ごめんな。だけど、オレは言いたいことがあるから、絶対に死なないようにする。だから…オレのために泣くのはやめてくれ。」
「うん…。」
私は岬人から離れていった。
「岬人、お願い、聞いてくれる?」
「なに?」
「聞いてくれるの?じゃあ、目、閉じて?」
「目?閉じればいいのか?」
「うん。」
岬人は私の願いどおり、目を閉じてくれた。
私は岬人の頬に口付けた。すぐに放して、岬人に抱きつく。
ドキドキしてしまっているし、顔も真っ赤だから。
「死なないで。」
「ぇ」
「それが、私の願い。」
「……さっきの…は?」
「あれだけインパクトのあることしたら、忘れないでしょ?」
「…うん。忘れない。きっと君を守る。そして、オレも生きる。」
「絶対よ?」
「ああ。」
私は岬人から離れてにっこりと笑う。
岬人も飛びきりの笑顔をくれた。
この人が好き。この人と一緒にいたい。この人と生きたい。
私の中の岬人への思いは、強まった。
4つめの雫
灯季の家に全員が泊まり始めてから3日目のことだ。
その日俺達は、リビングに集まり、たわいのない事を話していた。
そのとき、咲良が声をかけてきた。
「あの〜灯季様、岬人様。お話があるので、灯季さまのお部屋まで来ていただけませんか?」
「?いいよ。」
「じゃあ、悪いな。」
「ううん。じゃーね。」
俺達は、灯季の部屋に入り、扉を閉める。
咲良は少し沈黙してから、口を開いた。
「お願いが…あります。」
「なんだよ?」
オレと灯季はわけがわからない。咲良の願う事を思いつかないから。
「玖柳様と、躬侶さまに、お体をお貸しください。」
「「え?」」
体を貸す?死ぬということだろうか?
「玖柳様と躬侶さまの心は、もう死んでしまっています。だけど、今の世で、躬侶様達が出会えたことを教えて差し上げたいのです。
躬侶様たちの意識が、灯季様達の体に入ると、お二人の記憶はそのときだけ途切れますが、躬侶様達が再び永久の眠りにつかれたとき、元に戻ります。」
「ようするに、記憶は無いけど、体だけ貸せ。ってこと?いいぜ?俺は。」
「私もかまわないよ。だって…あんな別れかた…かわいそうだもの。」
「ありがとうございます。では、いきます。」
咲良の嬉しそうな顔を見たあと、オレの意識は眠りについた。
『躬侶様っ!』
『ん……ぁ、咲良?咲良なの?』
躬侶はうっすらと目を開ける。
『はいっ。』
『あら…?私…どうして…死んだはずじゃ…?ここはどこ?』
躬侶は状況理解ができていないようだった。そんな躬侶に、咲良は説明する。
『ここは、躬侶様がいらっしゃった時代の数百年後です。生まれ変わった躬侶様…灯季様という名前の方に、お願いしました。』
『体を借りたの?なぜ?』
躬侶は力のある巫女だったから、体を借りた。という事実はすぐにわかったようだ。
だからこそ、躬侶は不思議そうな顔をする。そのときだった。
『躬侶?』
聞き覚えのある声を聞き、躬侶が振り返ると、そこには…
『玖柳?』
『躬侶?躬侶だよな?』
『玖柳!』
躬侶は涙を流しながら、玖柳に抱きつく。
玖柳もよろめきながらも受け止め、しっかりと抱きしめる。
『あなたに死んでからもう一度会えるなんて思わなかった…』
『俺もだ…。君に逢えるなんて………。にしても躬侶、説明してくれ。どうして俺達はここにいる?』
『咲良が、生まれ変わった私達に頼んでくれたの…多分、私とあなたを合わせるために』
『咲良…』
玖柳は喜びにあふれた表情で咲良を見る。
『ありがとう。』
玖柳は本当にうれしそうにそういった。
『いいえ…。ぁ、躬侶様の生まれ変わりの灯季様を、叉丁様が狙っています。』
『…。あいつもバカな奴だよ…。どうして…あんなことをしたんだ…。』
玖柳の表情はつらそうだ。
咲良は叉丁と躬侶たちの関係をまだ灯季たちに話していなかった。
『では…もし、私達の今の世の命が尽きそうな場合、あなたに知恵をたくします。時間がかかりますので、生きているほうの了承をとってください。』
『生き返る方法があるのですか?』
咲良が驚きに満ちた表情で見つめると、躬侶はうなづく。
『ええ。』
『ならなぜ…』
なぜあの時にそうしなかったのか。咲良が言いたいのはそういうことだ。
『あの時は…できませんでした。私達は、二人とも死んでしまいましたから。』
『では…』
『そう。片方だけ生きていれば、大丈夫です。だから、あなたに知恵を託します。』
『なぜですか…?』
『再び玖柳とあえました。そのことに対する今の私たちへのお礼です。』
『…はい。』
躬侶は咲良にその方法を教えた。
『じゃあ、ありがとう。咲良。』
『はい…。』
咲良の目からは涙がこぼれた。
『本当にありがとう。咲良。オレは…もう悔いがない…。
今の世で一緒にいるならば、俺達は、今の世の俺たちを守護するものとなる。
見守ることしかできないけど…俺達はずっとこれからも一緒にいれる。君が…あわせてくれたからだ。』
『玖柳様…。』
『じゃあ。俺達に、ありがとう。こころから感謝していた。そう伝えてくれ。』
『はい。では…。』
『あ、最後に伝えて欲しい言葉がもうひとつある。一度だけ念じれば、瞬間的に移動さしてやる。そう言っておいてくれ。俺からの礼だ。』
『わかりました。』
『じゃあな。』
『咲良、私のお礼ももうひとつあるわ。だけど、そのことはいわないでいて。』
『はい』
『ありがとう。さよなら。』
咲良は精一杯の笑顔で二人を見送った。
「…え…うわぁっ」
「え?きゃあっ」
オレが目を覚ますと、オレ達は立っていた。そしてバランスを崩し、オレのほうに灯季が倒れてきた。
「ってぇ…」
オレは痛がりながら、目を開けると、灯季がオレの上にのっていた(上半身だけ)。
灯季はまだ目を開けていない。
「どうしたの?って…きゃっ」
そして運悪く、入ってきた水津に見られた。
「ったぁ……?」
灯季は目を開けて、オレの顔を凝視する。瞬時的に今の状況がわからなかったらしい。
「きゃあっ!!ごめん!」
灯季は急いで起き上がる。オレも灯季が起き上がってから、起き上がる。
「ごめん。」
オレは顔が赤いのを感じながらも灯季の身を案じた。
「平気。おまえ、怪我は?」
「ないよ…。大丈夫。」
「そっか。」
「岬人様?玖柳様から伝言です。一度だけ念じれば、瞬間的に移動さしてやる。とのことでした。」
「…。わかった。サンキュ。」
そしてオレたちはまたリビングで、話をした。
そして俺たちにとって、運命の4日目が訪れたのだった。
5つめの雫
灯季の家に泊まり始めてから4日目…
「灯季〜いくぞ〜。」
オレは一人だけ遅れている灯季を呼ぶ。
「あ〜待ってよ〜。」
…
「お待たせ。」
「じゃあ行くぞ。」
オレたちは夕食の買い物に出かけたのだった。
咲良は俺たち以外の奴らには見えないからといって、着いてきた。
オレたちは、ペアになり歩いていた。もちろん、オレの隣には灯季がいる。
そして俺たちの前には、水津と佳久がいる。
オレは家を出て少ししてから妙な違和感を感じていた。それは今も続いている。
後ろに神経を集中する。そして急に止まる。
「どうしたの?」
ふりむいた時の灯季はとてもかわいく、こんな状況じゃなかったら…赤くなっていた。
だけど、今はそういう状況じゃないことは、後ろの気配が証明してくれた。
「ごめん。オレやっぱり行けないや。用事ができた。」
「ええ?」
「悪い。だから、おまえらも付き合え。」
「え?」
オレは灯季の腕をつかんで広い空き地があり、なおかつ人に見られにくい穴場に灯季を引っ張っていく。そして、そんなオレに佳久たちもついてきてくれた。
これから何があっても…。その考えがオレの脳みそを支配していた。
だから、灯季の声がなかなか聞こえなかった。
「ちょっと!」
「え」
灯季の手が振り払われた。振り向くと、灯季は怒っている。
オレはポカンとした顔で灯季を見つめた。
振り向いた岬人はポカンとした顔だった。おおかた考えに夢中で私の言葉なんて聞いてなかったに違いない。怒っている理由もわからないだろう。
「痛いの!腕が!」
「ぇ…あっごめん!」
「ったく。どうしたのよ!急に。」
私の問いかけに一瞬考えて口を開いた。だけど私に対してではなく、咲良に対して。
「咲良…。」
「はい。」
「この先に空き地がある。すごく広い。そこに佳久たちと先に行ってくれ。」
「え?はい。」
咲良はわけがわからないなりに、了承していた。そしてこの場には私と岬人が残った。もう怒りは最高潮だ。
「どういうことよ!岬人!」
私はめいいっぱい叫ぶ。
「説明し…」
説明してよ!そういおうとした私を岬人は抱きしめる。
「ぇ」
「ごめん。嫌だろうけど、我慢してくれ。聞かれたくない奴がいる。」
「?」
「現れた。奴が。」
「え」
奴ということは、きっと叉丁の生まれ変わり。
「声をあまり出すなよ?」
「うん…。」
私はうなづくしかなかった。
「この先の空き地で決着をつける。」
「うん。」
「何も言わなくてごめん。オレに万が一のことがあったら…オレのこと、忘れてくれ。」
「え!」
岬人は私を離し、微笑んだ。
その笑顔に泣きそうになった。
「やだよ!忘れない…。」
私はそれだけ言うと岬人の手をとり、空き地へと急いだ。
岬人は小さくサンキュ。といってくれた。
『死んで欲しくないの…。あなたは言ったわ。君が死ぬくらいなら俺が死ぬと…。だけどね、私もあなたが死ぬのを見るくらいなら、私が死にたいの…。』
「何やってたの?」
私達に真っ先に声をかけたのは水津。
「説明しろ。」
灯季に説明を求めたのは佳久。
「おまえの後ろに水津と灯季をやってからだ。」
「は?」
私にはその意味がよく分かった。
そして涙をこらえることがつらくなってきた。
「どういうことなの?灯季?」
佳久の後ろに行ってから、水津が私に話しかけてくる。私は水津に抱きつくことしかできなかった。
水津はわからないなりに私を慰めてくれた。
「これでいいな?説明しろ。」
「見ろ。」
岬人は佳久の斜め前に立ち、今私たちが通ってきた道にいる男を顔でさした。
「叉長の生まれ変わりだ。」
「なっ!」
そして叉長の生まれ変わりは、私たちのほうにやってきた。
「俺の今の名は亨(とおる)。はじめまして。ではないな(笑)隠れる必要はなくなった。やっぱりおまえはすごい奴だよ。岬人。」
「オレの名は知ってるんだな。俺たちはおまえの今の名を知らないのに。」
「そんなことは、どうでもいい。おまえは昔の俺たちの関係を知ってるか?」
「?知らない。」
私も知らない。咲良からは何も聞いてない。
「咲良…説明しろ。」
「はい。」
咲良は叉長の言うことを聞いた。
「どういうことなの?咲良。あなたはあの人に言われて私たちをだましたの?」
私は信じられなくて咲良に問う。否定して欲しかった。
オレは咲良がうらぎるはずがないので、なにかあると思った。
「違うさ。説明しなかったらしいな。おまえ。」
「今します。……言えなかったのです。姫様、聞いてください。叉丁は……姫様のお兄様です。」
「なんだって!」
オレは予想以上の事実に声を上げる。ふと灯季を見ると、ぽかんとしていた。
多分、思考回路がついていっていないのだと思う。
オレはそれだけでも驚いていたが、咲良はさらに続けた。
「そして…桐柚様の…お父様です。」
「え…?」
水津は首をかしげる。
オレは唖然として言葉が出てこなかった。
「桐柚様のお父様は…おかしくなってしまいました…。
そして、親友であった玖柳様のお父様が…叉丁さまを…滅ぼしました。
だけど…滅びてはいませんでした。そして…あの日…。姫様を殺し、玖柳様も殺しました。」
「うそ…。」
灯季はやっと言葉を発した。
事実を受け止め、灯季を守る。それがオレの役目だと思ったから叫んだ。
「そうであっても関係ない!……オレは、灯季を守る…。灯季は、オレが守る!」
「玖柳であった者。岬人…君は現代でもオレの邪魔をするんだな。」
「灯季に害をなす者。おまえを倒す。」
オレは少しだけ前世の記憶が戻る。戦い方がいつも以上によく分かる。なぜだかは分からない。ただ、少しだけ玖柳が力を貸してくれているのだろう。
そしてオレはかまえる。
「行くぞ!」
オレは亨と戦い始めた。オレは拳法や空手をやっていて、普通の奴らよりも強い。だからこいつとも、やりあえる。
「っ!やるなぁ。おまえ。」
「ま〜な。」
「でもオレは卑怯な手を使うことが得意でな。」
「ぇ…きゃー!」
「うわっ」
「きゃぁっ」
見ると、3人は何かの力に吹き飛ばされ、後ろにあった建物にたたきつけられる。
「っ。」
「灯季!佳久!水津!」
オレはとっさに叫ぶ。灯季たちに神経が集中する。
「スキありっ」
「っ!っと、あっぶねぇ。」
灯季達に気をとられた瞬間、亨は間合いに入りオレの腕に殴りかかる。だがオレは一瞬のところで交わした、かに思えた。
「っ!」
オレの右腕から血が流れた。あまり深くないにしろ、オレの右腕には一本の線が入っている。
「岬人!」
「平気平気。大丈夫。」
灯季に平気だということを伝えた。実際大丈夫なのだが、このままどうすればいいのかわからない。
こいつを殺すことはできない。咲良なら知ってるかもしれないと思い、咲良に声をかける。
「咲良!どうすりゃこいつを倒せる?」
「このno returnで殴ってください!」
オレは咲良からグローブをもらった(軍手みたいだった。)
「それで殴れば、前世の海の中で永遠に生き返ることはありません!」
「サンキュ〜。」
オレは真剣な表情で、かまえる。この一発で決めるつもりだった。
「行くぜ!」
オレは殴りかかる。あと一瞬で交わされ、攻撃をかわした亨はオレの背中を思いっきり殴りつけた。
「うわあっ」
俺は地面に倒れる。
「ふぅっ危なかった。さてと…姫様を殺しに行かないと…。」
「なっんだって…。」
おれはその言葉に反応し、顔を上げる。常人ならば、死んでいた殴りだったが、ショックは和らいだ。多分玖柳のおかげで。
「お〜すごい。まだ息、できるんだ。」
「岬人?」
「まだ死んでねぇよ。結構つらいけど。」
オレはよろめきながら立ち上がった。
「だけど、その格好でもうダッシュで走れるかな?」
「なっ!」
亨は短剣をとりだす。そして灯季のほうを向いて少し笑った。
「っ!灯季!!」
「ぇ…。」
オレは最悪の事態を予想した。まさか、灯季を刺そうとしているのではないか。という。
そうならないためにオレは亨に向かって攻撃を仕掛けようとした。
「つっ!」
オレはさっき殴られて、一歩も動けない。
「やっぱりな。普通の人間なら死んでるんだ。無事なだけで、動けるとは思えない。」
それだけ言うと亨は俺の予想した最悪の事態どおりに灯季に向かって走り出した。しかも、ものすごい速さで。
灯季に向かって短剣をかまえて走っていく。
オレは心に決めた。
『玖柳!頼む!俺を灯季と亨の間に!』
『いいのか?』
『いいからはやく!』
『ああ、いくぞ!』
オレは一瞬後、灯季の前に立っていた。そして目の前には亨が…。
「ぇ。岬人?」
ズブリ
オレの腹に短剣が刺さる。だがオレはそのまま短剣を左で押さえ、亨を殴った。もちろんno returnをつけた拳で。
「つっ…。」
オレの拳は亨の腹に見事に命中した。そして倒れ、光を帯びていった。
「これでもう…おまえらには……会わないな…。だけど、おまえも道連れだ。」
亨は消えた。あとかたもなく。きっと前世の海に帰ったのだろう。
そして…オレは………
6つめの雫
オレは立っていることが、もうできなくて…倒れてしまった。
「岬人?…」
灯季はオレが刺されたのを見ていないから、俺の腹に短剣が刺さっているとは思わなかったらしく、俺を覗き込む。
「さ…きと……ぃやぁ!」
「「岬人!」」
向こうのほうから佳久たちが走ってくるらしい。
オレは最後の気力を振り絞って、短剣を抜く。
「っ!!」
痛くて痛くて仕方がない。そしてオレは自分の命があまり長くないことを悟る。
「岬人?岬人ぉ!」
灯季はオレの上半身を起こし、抱きしめてくれた。
「灯季…怪我は?さっきの…痛くなかったか?」
「痛かった…けど、大丈夫だよ。岬人!死んじゃ、やだよ…。」
灯季の体が震え始める。きっと泣いているのだろう。
オレは苦笑して灯季の背中に手を回た。
「泣くなよ。灯季。」
「泣かないでいられるわけないでしょ!」
灯季は叫ぶ。確かにそうは思うが、俺は泣いて欲しくなかった。
「泣くな…。灯季……泣かないでくれ…。」
「無理だよ!」
オレの体の感覚が失われていく。
もう…もたない……。
「灯季…。頼む。一瞬でいい。笑ってくれ。」
「岬人?」
「頼む。」
灯季はオレの顔ををひざの上に乗せて、涙でぬれた目を拭いて、にっこりと笑ってくれた。
そしてオレも、笑顔をつくって眺めた。
オレはもう死ぬ。そのことがわかった。
好きだとは告げられない。これから死ぬのに…そんなことはいえない。
スキだとは告げられないけれど、後悔はなかった。それどころか、灯季を守れて嬉しかった。
「灯季は……笑った顔が…………1番……。君に合えて………よか……た。」
オレはもう一度気力で微笑み…目を閉じた。
・・・
岬人は、目を閉じて…目を開けない。
「岬人?岬人!岬人!!!!」
私がいくら叫んでも、ゆすっても…岬人は目覚めない。
「岬人!死なないって言ったじゃない!!!!死んでないんでしょ!おきてよ!!」
私は叫ぶ。夢であって欲しい。起きて欲しい。ただ寝てるだけ。そうであって欲しい。
「岬人!岬人!……」
岬人は目を覚まさない。事実だと…認めるときが…来た。
「岬人!岬人!!…岬人———————!!!」
私は心から岬人の名を呼んだ。
そのとき…
私の周りに光ができて、光は私と岬人を包んだ。
でも私はその非現実的なことは、どうでもよかった。
岬人に生き返って欲しい。無理な願いであることはわかっている。
だけど…、願わずにはいられない。
「灯季。」
「…。」
私は名を呼ばれ、無言で顔をあげる。
「あ…あなた……」
私は少なからず驚いた。目の前にいたのは、躬侶だったから。
「私があなたに力を貸します。咲良にも知恵を託しました。咲良?」
躬侶が呼ぶと、咲良が現れる。
「灯季さま…。あなたが岬人様を忘れなければ、岬人様は生き返ります。」
「え…………本当に?」
躬侶を見ると微笑んでいる。
「ええ。だけど、時間が5年ほどかかるわ。そして、この世界に生きていた岬人の記憶は、あなた以外の全員から消えます。」
「ぇ…水津と佳久の記憶からも?おばさまの記憶からも?」
「ええ…。だから…あなたの記憶だけ今のままです。
あなたはもしかしたら5年後、岬人のことを忘れてしまうかもしれない。
そしたら、岬人に逢ってもわかりません。そのときに傷つくのは、誰だがわかるわね?」
岬人だ。間違いなく…。
「はい。でも…私が忘れなくて、岬人が帰ってきたら、そのとき、みんなの記憶は?」
「元に戻ります。間の記憶は、適当に入ります。」
私が忘れてしまったら…岬人は知り合いにあっても…なにもわからず、誰からも説明を得られない。ということだ。
「本当に、逢えるのね?」
再度確認する。岬人にあえるなら、なんだっていい。
「ええ。写真も何もなくなるけど…。逢えるわ。」
「ありがとう。躬侶。」
「頑張って…。あと、これをあげる。」
「?」
差し出されたもの、それはペンダントだった。
ロケットです。開けてみて。
ロケットを開けると、片方に私の写真があった。
「忘れなければ、もう片方に岬人の写真が入ります。」
「ありがとう…。」
「では、私は行きます。」
「咲良…行くのね?」
「はい。私が岬人様を向こうの世界へ連れて行って、蘇生させます。」
「お願い…どうしても、あいたいの。」
「はい。」
「あなたと話ができて、よかったわ。さよなら」
躬侶がそういうと、私の周りを覆っていた光も、岬人も、躬侶も、咲良もいなかった。
「あっれ〜?なんで俺たち、こんなところにいるんだ?」
「なんでだろう??」
「いいじゃない。どうでも。ねぇ、一緒にご飯食べようよ。うちで。」
「?うん。」
本当に忘れてしまっているようだ。だけど、私は忘れない。
絶対に…逢うんだ。
その日、水津たちが帰ったあと、私は何気なく時計を見た。
「あれ?」
その時計に描かれていた妖精がいなくなっている。
そういえば、咲良が現れる前に、妖精の絵が少し大きくなっていた。
「てことは、時計が直ったのも、あのとき、ダメっていったのも、咲良だったんだ。」
私の抱いていた疑問すべては解決した。
「みんな…いなくなっちゃった…。だけど、忘れないから…岬人。」
私は岬人の名を呼んで、空に浮かぶ星を眺めた。
Next(視点:灯季)
Next(視点:岬人)
ばっく