和美たち3人はグラスゴー空港で搭乗手続きを済ませ、すでに飛行機の中にいた。
「すまないね、お二人さん。本当なら専用機を飛ばして直接大陸へ行きたかったんだが」
ジミーは片目をつぶっておどけて見せた。わけのわからない不安と恐怖心の中、和美の心にそのジミーの笑顔はゆがんで見えた。そしてジミーは続けて言う。
「なるべく目立たないように行きたいんだ。早くに見つかってしまえばそのぶん不利なことになる」
「そうだね、ジミー。おれたちはできるだけたくさん時間を稼いで、わからないことをわかるようにしていく必要がある。な、和美? もう安心だよ。この飛行機が飛び立てばもう大丈夫」
「いや、そうとも限らないんだがね… まだこれから何が起こるのか、それはきっと私にも想像すらできないことだろう… 何が起こっても不思議ではないし、また、何が起こらなくても不思議ではない。ただ、今の私たちが間違いなくすべきことは…ぐっすりと眠ることだよ」
やがて飛行機は低くうなり、滑走路へゆっくりと進んで行った。
「もうすっかり夜だね」
真ん中の隆次は、窓に映る和美の顔と、その向こうの遠ざかる街にむかってつぶやいた。
「あたし、夜って、嫌いだな…」
「そうだね、和美。君はずっとそう言っていたような気がするよ。それにしてもやけにあっさりと出発できたね」
「そうなんだ、リュウジくん。わたしもそれを少し気にしていたんだが…」
ジミーは自分のあごを軽くなでて言った。
「ひょっとしたらこの乗客の中にπのやつらが潜んでいるかもしれんのだが、いずれにしろ飛行機の中では手を出してはこないだろう。やつらだってばかではないはず。さあ、ゆっくりと休むんだ。小さな哀しみに涙を流さなくてもすむようにね」
和美は黙って、窓に映る自分の顔に額をくっつけた。和美の心には、小さな歌声が届いていた。
哀しいときにはめをとじりゃんせ そしてよあけを待ちやんせ
あしたのあんたがきっと出りゃんせ そしてゆめからさめりゃんせ
「なんだい、和美。その歌は?」
窓に額をつけたまま目を閉じていた和美はゆっくりと目をあけた。もう、英国を飛び立って永い時が経っている様だった。ましてやこの世に生を受けてからなど、永遠に近い時が流れてしまったように感じた。
「わたしのね、小さな頃にね、哀しいことがあっておばあちゃんのひざで泣いてた時、おばあちゃんがずっと歌っていてくれたんだ」
「でも、和美。君の小さな頃の記憶はどれが本当なのか…」
ジミーが黙って隆次の肩に手をかけ、制した。
「あたし、夜って、嫌いなの。なぜだかわからないけど、嫌いなの。哀しくなっちゃうの。だから目を閉じるのよ。そうすれば、きっと助けてくれるの」
ジミーの額に浅いしわが入ったように見えて、隆次は一瞬たじろいだ。
「なんか、とても眠くなってきたわ。あたまもなんだか痛んできたみたい…」
そういってまた目を閉じる和美の横顔を、隆次は見つめていた。
窓の外には何も見えはしなかったが、ここは母なる海の上の、神が住むという雲の上。
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