気が付くと、日が暮れかかっていた。もう言葉も涙も出てこない。
水がキラキラと赤く輝いている。もう、終わりにしよう。今日ですべて、捨ててしまおう。僕は力なく立ち上がった。
ふと、背中に温もりを感じた。
「それでも、生きていかなきゃいけないんだと思う…」
トモミの体温が胸に届く。ずっとそばにいてくれたのかと思うと、冷えきった手足までがカッと熱くなってくる。
「なんのために」
「わからない」
「生き続けてどうするんだ」
「わからない」
トモミは僕の体を向き直らせた。僕の手を、彼女の手が包み込む。
「私がずっとそばにいるから」
胸の中で何かが音を立てて壊れた。
「ありがとう…」。それだけしか言えなかった。
トモミは僕の手を引っ張るように歩きだした。
「さあ、早く」
と、笑顔でせかすトモミに、僕はつい「どこへ行くんだ」と聞いた。愚にもつかない質問だ。この道は村へ続いているし、帰る所はそこしかない。
「明日へ…」
トモミは振り向かずに答えた。後ろ姿しか見えないが、弾んだ声にトモミの勝ち誇ったような笑顔が目に浮かぶ。「明日へ…」。いい言葉だな、と思った。
真正面に太陽が沈んでゆく。村が黒く浮かび上がる。トモミは駆け出した。影が飛び跳ねるように地面を躍る。
「急がなくてもいいじゃないか」
僕の言葉に、トモミは立ち止まった。
「だって、おなかすいてるんだもん」
まるで子供だ。思わず笑みがこぼれる。その場で立ち止まり、僕を待つトモミの影は長かった。
これから二人の生活が始まる。目的地が明日なら、ゆっくりと行けばいい。あせって未来を見ようとしなくとも、明日は必ず来るのだから。そんなことを考えながら、僕はトモミを抱きしめた。
THE END
|