僕は説法の途中でその場を離れた。説法者は立ち去る僕の背中に向かって、「あのような愚か者は…」などとののしっていたようだったが、はっきりとは聞き取れなかった。なにせ、あちらこちらで同じように大声で説法している者がいるものだから、どれが誰の声か区別がつかない。 しばらく歩き、また何気なく別の宗教者のところで足を止めた。教団は違うようだが、話していることはまったく同じ。「あの男」に関する部分もまったく同じだった。 あてもなくぶらぶら歩いていると、後方から何か大声で怒鳴る声が聞こえてきた。宗教者たちのそれとは明らかに違うトーンだったので、僕は思わず振り返った。ガラスの割れる音が響き、一人の男が建物から何やら怒鳴りながら出てきたが、最初の男がそこにいないのを知ると、すごすごと建物の中に戻っていった。その建物の周囲に人が集まってゆく。僕も興味をそそられ、その場へ向かった。 野次馬の後ろから背伸びをして中を覗き込んだ。酒屋のようだ。床は濡れ、割れたビール瓶の破片が散らばっている。店主らしき中年の男は頭を抱え、レジカウンター奥のいすに座り込んでいる。頭にあてがわれたタオルには血がにじんでいた。レジはひきだしを開けたまま、カウンターの上に無造作に放置されている。 やがて警官が野次馬を押しのけながら店内に入っていった。店主らしき男は力なく何やら説明し、警官は腰に手をあてながら小さく何度もうなずいている。きっと強盗事件だろう。 これ以上その場にいても進展はなさそうだし、そろそろ腹も減ってきたので、とりあえず何か食べることにした。といっても、何が食べたいとか、どこで食べたいとか、そういった希望はなかったし、手っ取り早く済ませたいとも思ったので、近くのファーストフード店に入ることにした。 |
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