旅は道連れ 世は情け


 外はだんだんと明るくなり、駅へ向かう人の数も増えている。朝食を食べるのか、時折一人で入ってくるサラリーマンがいたけれど、混みあうほどではない。土曜日だからかもしれない。だからのんびりおねえを待つことができた。
 新しい紅茶を入れて戻ってくる。おねえはまだ帰ってくる気配がない。いろいろとすることがあるのだろう。カバンを持っていったから着替えをしてくるつもりなのかもしれない。
 紅茶に口をつけようとすると、ソファにおいてあったジャケットが震えだした。そういえば、ポケットに携帯を入れたままだった。慌ててジャケットを探る。思ったより手間取って、携帯を取り出した頃には着信アリの画面だけが残っていた。見たことのない番号だ。いたずらだろうか。しばらく考えて放置しておくことにした。下手にかけなおすのは危険だ。
 ところが、テーブルの上に置いたとたん、また携帯が騒ぎ出した。同じ番号からだ。通話ボタンを押すと同時に、慌てたような男の声が流れてきた。
「楓か? 何度かけても通じないと思ったら、携帯変えたのか。それならそれで教えておいてくれないと」
 誰だコイツは。僕は思わず携帯を離して眺めてしまった。カエデって言ったよな。てことはおねえあての電話だ。けれどもこの携帯は僕ので、おねえのじゃない。そもそもなんでこの携帯にかかってくるんだ。僕の沈黙をどう解釈したのか、その男は続けて話しかけてくる。
「昨日は、悪かったと思ってる。いや、昨日だけじゃないけど。でももう少しでこのプロジェクトも終わりなんだ。そうしたら、時間にも余裕ができる。それまでもう少し待ってもらえないだろうか」
 最後の方になると、声がだんだん弱弱しくなってきた。近くを通りかかったウェイトレスはあからさまに「ここで通話は駄目よ」という視線を投げてくる。僕は慌てて入り口へと向かった。
「駄目、か。そうだよな。じゃなきゃあんなメッセージ残さないよな。朝早くから悪かった。もう・・・・・・」
「あの!」
 僕の声に、相手はびっくりしたらしい。(そりゃそうだ)しばらく沈黙した後、ためらいがちに話しかけてきた。
「失礼ですが、これは宮下さんの電話ではないですか?」
「違います。けど・・・・・」
「失礼しました。番号を間違えたようです」
 どうやら彼は、人の話を最後まで聞かないで早合点するという悪いくせがある。しかも着信履歴からかけてきたんだろうに、どうやって番号を間違えるんだ。でも今はそんなことはどうでもいい。
「だから、違うんだけど、違うんです!」
 僕の言ってることもめちゃくちゃだ。彼は面食らったようにまた沈黙してしまった。
「少し落ち着いて、僕の話を聞いてもらえませんか」
 店の中をチラッと見てみる。まだおねえが出てくる気配はない。動揺から立ち直ったのか、彼の方から声をかけてきた。
「君は一体誰なんだ?」
 こっちも聞きたいよ。まあ、なんとなくはわかるけれども。僕が名乗ると、相手は意外にも知っていた。
「ああ、楓から聞いたことがある。弟みたいな子が隣に住んでるって。そうか、君だったのか」
 弟、ね。すこし痛む胸を自覚しながら、僕は昨日からの経緯を彼に話した。多分、夜中に僕の携帯から彼に電話をしたのだろう。履歴を消せば僕にはわからない。自分の携帯は怒りのあまり、電源を切ったまま家においてきたんじゃないだろうか。おねえならやりかねない。
「そうか。本当なら私がその、一緒に行くことになってたんだが、どうしても仕事の都合がつかなくてね、怒らせてしまったんだよ」
 さっきから言い訳の多い奴だ。僕はなんだか腹が立ってきた。いままでのおねえの行動もコイツが原因なんじゃないだろうか。
「今回がはじめてじゃないでしょう、ドタキャンは。なんで忙しいのに約束なんかするんですか」
 また、沈黙。僕の怒りが通じたのか、困ったような気配が携帯の向こうから伝わってくる。やっぱりそうか。コイツが約束をすっぽかすたびに、僕がかりだされていたわけだ。やがて彼はおずおずと切り出した。
「彼女のせいにするわけじゃないんだが、気がつくと約束させられているんだよ。富山は私の生まれ故郷でね。あちこちの話をしているうちに、一緒に行こうって話になった。そこまではいいんだが、気がついたら日程まで決まっていてね。私も最大限努力はしたんだがね・・・・・・」
 僕はため息をつくと、空をあおいだ。なんてことだ。結局おねえは自分で自分の首をしめている。
電話の向こうでアナウンスが聞こえる。出勤途中で電話をかけてきたのだろうか。ご苦労なことだ。
「そろそろ電車に乗らなければならないから失礼するよ。彼女に電話を待っていると伝えてくれないだろうか」
 正直言って、どっちの味方もしたくない。
「考えておきます」
 僕にできる返答はそれが精一杯だった。
 
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