旅は道連れ 世は情け


 ファミレスは開いていた。入った途端に暖かな空気にお出迎えされたのが何より嬉しい。眠そうな顔をしたウェイトレスが、愛想よく出迎えてくれる。ソファーのある窓際の禁煙席に案内されて、やっと一息つくことができた。 
「朝いちで着くバスってこれだから困るのよね。」
 暖まってきたのか、おねえがコートを脱ぎながら口を開く。
「いっとくけど、僕がバスを希望したわけじゃないぞ。おねえが選んだんじゃないか。」
 そもそもなんで深夜バスなんて選んだんだ。自宅で親と同居しているおねえは、それほど節約の必要はないはずだ。
「さて、何を食べようか。温かい物が欲しいなあ」
 分が悪いと思ったのか、おねえはさっさと話の方向を変えた。メニューを取って何を頼むか考え出している。いつもこれだ。僕はため息をついて、もうひとつあったメニューを開いた。
「ドリンクバーつきのモーニングセットかな。ユズルは?」
「僕も同じでいい」
 近くを通りかかったウェイトレスにオーダーを頼む。
「じゃあ、私コーヒーね。あったかいやつ」
 ここまで来ると、抵抗する気にもならない。立ち上がり、飲み物を取りに行く。僕はコーヒーは苦手なので、紅茶にすることにした。
 おねえはまた外を見ている。さっきまでの闇とは違って、少しずつ周りの輪郭が見えてきていた。時折通る車の数も増えてきている。あと30分もしたら、夜が明けて、街も動き出すのだろう。
「はい、これ」
 コーヒーのカップと念のため持ってきた砂糖とミルクをおねえの前において、自分も向かい側に座る
「ありがと」
 珍しいお礼の言葉だ。ミルクを手に取り、コーヒーの中に入れている。くるくるとかき回しているのを見ながら、僕も紅茶を口に運ぶ。
 その温かさになんだかほっとする。
 しばらくするとモーニングセットも運ばれてきた。トーストとサラダというありふれたメニューだ。
「で、これからの予定は? 雪の壁見に行くんでしょ?」
 おねえはきれいにマニキュアを塗ってある手で、パンをちぎって口に入れている。(ちなみに僕はそのままかじる方が好きだ。)その手を止めて僕を驚いたように見た。
「誰がそんなところに行くって言った? 寒いだけじゃないの」
 富山は見所いっぱいじゃなかったんだろうか。
「じゃあ何しにここに来たの?」
 僕のあまりにも素朴な問いかけに、おねえは口に入れたパンを食べながらまばたきをした。
 口に物が入ったまま話してはいけません。そんな子供向けのマナーを守るつもりか、しばらく沈黙が続いた。
「何しにって、観光よ、観光。でも寒いところは嫌」
 やっと口の中のパンを食べ終えたおねえが、無茶なことを口にする。
「だったら沖縄にでもすればよかったのに。絶対ここより暖かいじゃん」
 おねえは僕をにらむと、フォークを持ってサラダにぐさりと突き刺した。
「いいじゃないのよ。スポンサーに文句をいうとこのまま放り出すわよ」
「はい・・・・・・」
 スポンサー権限を出されると弱い。確かにこの旅行で僕はお金を使っていない。経済的にすっかりおねえに甘えている状態だ。
 おねえはそんな僕の様子をみて、満足したように頷くと、レタスをフォークにさしたまま小首をかしげる。
「でも、そうね。沖縄じゃないけど、海を見るっていうのはいいなあ。確かほたるいかの漁が綺麗だって言ってた・・・・・・」
「ほたるいかって、あれ夜の漁でしょうが。もう一泊するつもりなの?」
「何よ。帰らないって言ったじゃないの」
 睨まれた。どうやらまだ気が済んでいないらしい。おねえはいいけど、僕は着替えも持ってこなかった。どこかで調達することを考えておかなければ。
 それでも一応、抵抗を試みてみる。
「夜の海は寒いんじゃない?」
 案の定、おねえはまた考え込んでしまった。
 サラダをぱくつきながら沈黙している。
 その間に僕もすっかりモーニングセットを食べつくしてしまった。
「よし、じゃあこうしよう」
 おねえがフォークの先を上に持ち上げながら、勝ち誇ったように言った。
「寒いのはいやだから、電車の中から海を見る。これで寒くないでしょ」
「ほたるいかは?」
「寒いから中止」
 さっきから寒いをやたら連発している。よっぽど嫌いらしい。だからなんで富山なんだと、昨日の夜からの疑問が口からでそうになったけれど、我慢する。さっきと同じ繰り返しになるだけだ。
 予定がきまってすっきりしたのか、おねえは機嫌よく残りの朝食を食べ終えた。紙ナプキンで口をぬぐうと、満足したように、にこりと笑う。
 暇そうなウェイトレスがタイミングよく皿を下げにきた。テーブルの上には、カップがふたつだけ。
「さて、ちょっと席はずすわね」
コートだけ残して旅行カバンを持つと、おねえは店の奥にあるトイレへと消えていった。
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