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ぽっかりと、水面に浮かぶように目が覚めた。
バスがとまっている。どうやらパーキングエリアで休憩中のようだ。皆眠っているのか、エンジン音だけが静かに響いている。
時間が知りたくなって、携帯を探す。空のポケットに手を当てたとたん、おねえに奪われたことを思い出した。
寝ている間に、返してもらおう。そう思って横を見ると、ぼんやりと青い光が見えた。
暗い車内のなか、おねえが携帯の画面を食い入るように眺めている。ちょっとしたホラーだ。
「おねえ、今何時?」
小さい声で声をかけると、おねえはびくりとふるえ、あわてて携帯をたたんだ。はずみで携帯を手からぽろりと落としてしまう。
ガツンという音が静かな車内に響いた。
「なななななにっ?」
声まで裏返っている。そこまで驚かなくてもいいのに。とがめるようなせきばらいが、バスの中で起こる。
慌てるおねえを抑えて、僕が手探りで足元を探った。これ以上物音を立てたらバスから追い出されかねない。
しばらく探すと手の先にコツンと固いものが触れた。
持ってみると、手にしっくりと慣れた形だ。
当たり前だ。これは僕の携帯だ。
「これ、僕のだよね?」
声をひそめておねえに聞く。さすがのおねえも気がとがめたのか、素直にこくりと頷いた。そのまま慌てたようにつけたす。
「で、でも何もしてないよ? ちょっと、そう、ちょっと時間を見てただけ。」
時間を見るだけなら、中を開ける必要はないと思う。
「本当に?」
「本当だってば。何もしてないし、何も見てない。」
ぷうっとおねえはふくれている。僕はため息をついた。とりあえず、見られて困るようなメールも相手も僕の携帯には入っていない。悲しいことに。
「とりあえず、これは返してもらうね。」
僕は自分のポケットに携帯をしまった。おねえは小さくもう寝る、とつぶやくと、僕に背中を向けた。やれやれ。
おかげですっかり目が覚めてしまった。休憩時間が終わったのか、バスがぶるんと震え、動き出した。カーテンを閉めている人がほとんどなので、外の景色は見えない。
なんとなく、携帯を出してパタンと開いてみる。壁紙は面倒なので初期状態のままだ。メールもきていない。時計は3時23分をさしていた。まだ富山に着くには早い。
おねえは何がしたかったんだろう。
その1。いたずら。かなりありえる。ただ、不特定多数を巻き込むようなことはしないはずだ。だから、僕の友達にへんなメールを送ったりはしないだろうな。・・・・・・多分。
その2。僕の素行調査。でも、僕の交友関係を調べたって意味がないんじゃないだろうか。
おねえが僕に気があるならともかく。
背中を向けたままのおねえをちらりと見る。
気があるようには・・・・・・見えないな。
いじめたおされてるし、いいように使われてるし。思いやりのかけらすら見かけないし。
いやでも、それって一緒にいて居心地いいとか思われてるってことだろうか。少なくとも嫌っている相手と一緒に旅行なんて考えないよな。
友人からのメールにあった『デート』の文字が頭の中でピカピカはねる。
これは、マズい。
僕は頭をふって、その考えを追い出すことにした。勝手な想像が一人歩きしそうだった。こういう時は寝るに限る。僕はジャケットのポケットに携帯を放り込むと目を閉じた。
けれどもそんな僕の脳裏に浮かんだのは、困ったことにおねえの顔だった。
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