旅は道連れ 世は情け



おねえは僕と目を合わせるのが嫌なのか、横を向いたままだ。
ゆるくカールした髪の向こうに、少しふくらんだ頬が見える。
春になったとはいえ、夕方になるとまだ肌寒いのに、外にどのくらいいたのだろう。
・・・・・・いやいや、同情してはいけない。
「おねえ」
僕はつとめて冷たい声を出した。
「コンジョウの別れって意味わかってる?」
「わ、わかってるよ。生きてる間はもう会えないって事でしょ。だからお別れを言いにきたんじゃない」
「そう、じゃあさようなら」
おねえを放置し、家に入ろうと門扉を開けた僕の腕をおねえは慌ててつかんだ。
「ちょ、ちょっと、冷たいんじゃないの?」
「そんなことないよ。今生の別れなんでしょ?もうさようならもしたし」
「普通、ひきとめたりするもんじゃないの?」
しなくたって、どうせ帰ってくるつもりじゃないか。
僕は旅行カバンをちらりとみた。そこまで大きな荷物ははじめてだ。
遠出でもするつもりなんだろうか。
「どこにいくの?」
「あら、知りたいの?」
おねえはにっこりと笑った。ひっかかったといわんばかりだ。
「・・・・・・やっぱり、いいや。僕今日は疲れたから早く寝たいし」
昨日飲み会があって、ほとんど徹夜したまま授業を受けてきたのだ。おかげで授業もほとんど聞いていた覚えがない。
おねえは手を離しよろよろとよろめいた(いや、ふりをしただ。ごまかされてはいけない)
「ユズルは小さい頃はもっとかわいかったのに。散々遊んであげて、手作りお菓子もたくさんあげたのに、なんでこんなに冷たい子になっちゃったのかしら。」
人が信じられなくなったのは、おねえのせいだと思うのだが。今まで僕にしてきたことを何だと思っているのだろう。
日暮れ前、公道に面した僕の家の前は、当然のように帰宅する人の姿が多い。
彼らは泣きまねをするおねえと僕を見比べ、僕のほうを見て、「ひどい奴だ」という顔をする。
誤解だ。
僕は断じて何もしていない。
それでも今おねえを振り切って家にはいったら、この辺りに変なうわさがたちかねない
家にさっさと入ってしまえばよかったのだが、もう今更入れなくなってしまった。
一度開けた門扉をガシャンと閉める。
「ユズル?」
上目遣いに僕を見る目は、案の定涙のかけらすらなかった。
「わかったよ、行けばいいんでしょうが。」
「やっぱりユズルはいい子ね。はい、これよろしく。」
どさりと旅行カバンを渡される。それなりに重い。何が入っているのだろう。
「何で僕が持つの。」
「じゃあずっと私に持たせるつもり?」
これ以上の抵抗は無理だ。僕はあきらめてカバンを持った。
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