旅は道連れ 世は情け |
11 運のいいことに、高校生たちは僕たちが乗るのと反対方向の電車に乗って先に行ってくれた。乗り換えの電車がゆっくりホームに入ってくる。 なるべく同じ駅から乗る人がいない車両を選んで、出発間際に乗り込んだ。 おねえが大きくため息をつく。 「なんだかめちゃめちゃ疲れた・・・・・・」 「僕も」 窓の外には、色とりどりに咲いたチューリップの花が時折見える。 トンネルをひとつくぐると、深い青い色が目に飛び込んできた。やっと海だ。春の陽射しにキラキラと光りながらも、そこにあるのは明るさではなく、静かさだった。この海の底にはきっといろいろなものや思いが眠っているのだろう。 かたんかたんと鳴る電車の音をききながら、しばらく黙って海を見ていた。 今なら、ちゃんと話せる。僕は口を開いた。 「電話、かかってきたよ。連絡くれってさ」 おねえはちょっと驚いた顔をこちらに向けたけれど、すぐに視線を前に戻した。 「そっか。それでユズルは怒ったわけだ」 「まあね」 なんであんなに怒ったのか、僕にもわからない。今となってはどうでもいいことだ。 窓の外では、ざわざわと白い山が動いている。聞こえるはずのない、波の音まで聞こえてくる気がする。 おねえがぽつりと言った。 「なんで、できもしない約束をするのかしらね。無理なら最初から言えばいいのに」 無理だと言ってもおねえの耳には入ってないからじゃないだろうか。心の中でそう思ったが口には出さなかった。 「いろいろ事情があるんじゃないの?オトナっていうのはさ」 「ユズルはちゃんと時間作ってくるじゃない。バイトあってもつきあってくれるでしょ?」 それは僕が責任のある立場にいないからだ。僕の代わりはいくらでもいる。最悪クビになったからって、生活に困るわけじゃない。新しいバイトを探せばいいだけだ。 「大学生と比べるなよ」 「立場の問題じゃないわ、熱意の問題よ」 おねえは握りこぶしを作ってきっぱり言い切った。そこまできっぱり言われたら、そうかなと納得しちゃうじゃないか。 「僕も断ったはずなんだけどなあ」 「それはほら、バイトより私が大事?みたいな?」 どうしてそういう話になるんだ。おねえを見るといたずらを見つけた子どものような顔をして、僕を見ている。 「さっきは何をしようとしたのかなあ、ユズルくん?」 「あれはだなあ・・・・・・」 僕は言葉に詰まった。 一時の気の迷いというか怒りのあまりというか。いやでもそういうことがしたくなかったのかと聞かれれば、そうともいえないわけであり。いやいや、何を考えてるんだ僕は。 「あれは、まあ、おねえに彼氏のことを思い出させようという僕の必死の演技なんだよ」 今のほうがかなり必死だ。 「ふうん。まあいいか」 おねえにしては素直に引き下がった。僕はおねえの気が変わる前に、慌てて話の方向を元に戻した。 「ところで、彼氏に連絡しないの?」 おねえは上を向いてしばらく考えた後、 「しない」 と静かに、けれどもきっぱり答えた。 「夜はわざわざ僕の携帯を使って連絡したのに?」 「あれは失敗だったわ。いくらなんでも携帯はもってくるべきだったわね。うん」 おねえは腕組みをして一人納得している。やっぱり置いてきてたのか。でも僕が聞きたいのはそういうことじゃない。 「連絡したってことは、何とかしたかったんじゃないの?」 おねえは小さくため息をついた。 「今日はしつこいのね」 「わざわざ電話もらっちゃったからね」 これ以上、はぐらかされるのはごめんだ。僕の気持ちが通じたのか、おねえもあきらめたように口を開いた。 「確かにね。途中から気が変わって、来てくれるんじゃないかって期待してた。『遅くなってゴメン』って。でも、もうやめるわ」 途中から、声がかすかに震えていた。僕はおねえの顔を見なくて済むように、上を向いた。 おねえはいつも待っていたのだ。彼氏が遅くなっても来てくれるんじゃないかと。ただ、一人で待つのは怖いから、たまたま近くにいた僕を誘った。でも、彼は一度も来てはくれなかった。まさか朝まで待ってるとは思ってなかっただろうし、おねえも言わなかったのだろう。 「・・・・・・ばかおねえ」 思わず本音が口から出てしまった。横から伸びてきた握りこぶしが僕を叩く。でもその力は弱かった。 「ユズルに、言われたくない、わ」 切れ切れの声。カールした髪に覆われて、顔は見えない。でも手は何かをこらえるようにぎゅっと握られたままだ。 僕は右手を上げかけ、そのまま止めてしまう。 この手を一体どうしたらいいんだ。髪をなでるとか肩を抱くとかすればいいんだろうか。僕はちらっと車内に視線を走らせた。まばらながらも、座っている乗客がいる。こういう状態でさりげなく肩を抱くなんて、僕にはできそうもない。 そっとおねえの頭に手を乗せてみる。さらさらしたやわらかい髪の感触が伝わってきた。 おねえは何も言わない。 髪の間に指を埋めて、そっと毛先へと滑らせた。するっと指先から髪がこぼれおちてしまうと、なんだか物足りなく思えて、僕は何度もそれを繰り返していた。 |